2007年11月01日掲載 【昆虫を扱う職業: ある昆虫担当学芸員の話】

博物館などで研究や展示などの専門的な仕事をする人がいます。主に学芸員と呼ばれている職種の人たちで、昆虫を扱っている博物館には昆虫担当の学芸員がいます。私がこの職業を知ったのは高校2年生の時のことです。隣町にある倉敷市立自然史博物館を訪れて、たくさんの昆虫標本の展示を見たり、昆虫担当の先生のお話を聞いたりしているうちに、昆虫が好きだった私は、「昆虫に囲まれて仕事ができるなんて素敵な職業だなあ」とあこがれのようなものを感じていました。そして、6年後、奇遇にも私はその倉敷市立自然史博物館で昆虫担当の学芸員として働くことになったのです。それまでのいきさつと博物館での仕事の概要をご紹介させていただきます。

(2010年2月3日 一部改訂)

学生のころ

高校生のころまでの私は、カブトムシ・クワガタムシをはじめ、ヘビ、カメ、ヤモリ、カナヘビ、ナマズなどありとあらゆる生き物を捕まえて来ては飼っていました。動物が全部好きだったので、大学選びは生物系の理学・農学・水産学・獣医学関係を考えていました。目標を昆虫学研究室のある農学部に絞ったのは、自然史博物館に行ってみて「やっぱり昆虫が一番好き」と感じたからです。あらゆる動物の中でもそれまでにもっとも触れ合った時間が長かったことも理由のひとつだと思います(農学部以外の学部に昆虫を扱う研究室がある大学もあります)。

希望していた東京農業大学に合格することができた私は、入学式の後、さっそく昆虫学研究室を訪ねてみました。簡単な面接の後、先生が研究室や標本室を案内してくださいました。巨大なコーカサスオオカブトムシが張り付けにされて乾燥中で、先輩方がマレーシアへ行って採って来たと伺って度肝を抜かれたのを覚えています。本でしか見たことがなかった外国のカブトムシ(当時はペットとしての輸入はできなかった)を自分で採りに行くなんて、それまでは夢のまた夢でしたから。

研究室では、週に1、2回、昆虫学のゼミに参加していましたが、それ以外の時間でも採集旅行や個別にテーマを決めて行う卒業研究などで研究室の先生方や先輩方からは語りつくせないほどの知識をいただきました。特に虫好き同士で出かける採集旅行は私にとって刺激的なものでした。学生時代に国内は北海道から沖縄まで、海外は東南アジアのいくつかの国へ長期休暇を利用して出かけた経験は、昆虫の分類や生態に関してだけでなく、旅先の文化や人とのコミュニケーションに関することなど実にさまざまな知識を与えてくれました。また、同じ研究室で学んだ仲間の多くは今でも連絡を取り合っており、仕事上のことで助けてもらうことも数多くあります。

学芸員希望でこれから大学(または大学院)選びを考えている方は、特に次のような点について調べておくとよいでしょう。ひとつは、昆虫を扱う博物館で最も求められている昆虫分類学が得意な先生、先輩方が研究室にいらっしゃること、もうひとつは、博物館で専門的な仕事をする人の国家資格である学芸員資格を取得できるコースが大学にあることです。大学以外で学芸員資格を取得するためには国家試験を受けるなどの方法がありますが、難関のようです(学芸員資格については取得方法など、将来変更されるかもしれません)。

学芸員の採用試験

私にとって、最大の幸運は就職探しをしているときに昆虫担当の学芸員の募集があったことです。自分の専門分野が活かせる学芸員の募集が自分の求職中にあれば幸運ですが、残念ながらこの世界での求人数は決して多いとは言えません。例えば、私の勤務する博物館では昆虫担当の学芸員の定数は今のところ1名だけですから、このままの状況で博物館が存続するとして、次に昆虫担当の学芸員募集があるのは、私が定年退職する予定の2030年です。それでも大学の研究室に送られてくる募集案内や各施設のウェブサイト、各種メーリングリストなどで情報を収集すれば、国内でもわずかながら昆虫担当学芸員の募集を見つけることができるでしょう。自分でできる大切なことは、広い情報網を張って、いつどこで募集があっても応募できるように受験の準備を整えておくことです。

一般的には公立博物館の場合は、採用試験(一般的な公務員試験と専門分野に関する試験)にパスして正規職員になりますが、嘱託などの期限付き職員の場合は面接や書類選考だけでなれる場合もあります。私の場合は最初の1年間は嘱託として勤務し、その間に採用試験を受けて、その結果、翌年から正規職員となりました。受験資格は各館で異なり、学芸員資格を必ずしも要しない場合もあります。修士号や博士号を持っていることや取得見込みであることが条件にあることもあります。専門の内容では、比較的規模の大きな博物館では昆虫学の中でもさらに特定の専門分野を指定して募集する場合もありますし、規模の小さい地方博物館や教育普及に力を入れている館では、逆に昆虫のみならず、無脊椎動物全般、あるいは動物全般、さらには自然全般に関する知識を要求されることもあります。採用試験の合否決定に当たっては、一般教養と専門分野の学力検査のほか、書類審査や面接が重視されます。博物館の目的にあった研究活動ができる人材であるか、野外調査などの経験は十分か、展示・行事や博物館運営などに関する企画力・行動力があるか、人前で話すことや接客が得意であるか、などが評価されます。

昆虫担当学芸員の仕事 (倉敷市立自然史博物館の場合)

学芸員という職種は専門家といっても実にさまざまな仕事内容をこなしていますし、また、同じ昆虫担当でも各館の事情によって仕事内容は少しずつ違っています。ここでは私が勤務する博物館でのことを中心にご紹介させていただきます。

(1) 資料の収集・保管

図1: 収蔵庫に保管されている整理された昆虫標本
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個人でも自分の趣味または研究のために昆虫標本を集めている方は大勢いますが、博物館での標本収集は自分のためではなく、その博物館を利用する大勢の方々のために行われます。よって、担当学芸員が好きな分類群ばかりを集めていたのではいけません。当館の場合は、岡山県内で唯一の自然史博物館として、特に県内を中心とした地域から、できるだけ広い分類群を対象として積極的に収集するよう心がけています。さらに生物相の比較研究のためや利用者の教養を高めるため、近隣県、日本全国、さらには世界各地から集められた標本を収集保管しています。また、好きなものばかりを集めていたのではダメ、と書きましたが、担当学芸員の得意な分類群に力を入れるのも大切なことです。このことは次の項で説明します。

標本収集の方法は、大部分が個人からの寄贈によるもので、残りが館員の仕事時間内での採集によるものです(時間外にプライベートで採集したものは寄贈扱い)。当館では購入や交換による受け入れ標本はごくわずかです。

受け入れが決まった昆虫標本は、資料受け入れ手続きの後、同定、登録、紹介展示という一連の流れを経て、標本専用の収蔵庫の各分類群の所定の場所に整理されて保管されます。登録された標本は個別の番号が記された当館の収蔵品であることを示す館蔵ラベルが1個体ずつに付けられ、同時に種名や採集データなどがコンピュータに入力されてデータベース管理されます。

現在、倉敷市立自然史博物館には約30万点の昆虫標本が保管されています。これらの標本はこのあと説明する研究や展示、教育普及活動に活用されると同時に、未来へ引き継ぐ人類全体の学術的財産として大切に保管されています(図1)。

標本類のほか、図書・雑誌などの文献類や写真なども研究や展示・教育普及を行う上で必要ですので、博物館資料として収集しています。

(2) 調査・研究

図2: 著者が新種記載した台湾のジョウカイ(甲虫) Lycocerus satoi Okushima, 2007
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博物館に就職を希望する方の多くは仕事として研究をしたいという夢があるようです。私もその一人でした。しかし、各博物館にはそれぞれの使命があり、何でも自由に研究できるわけではありません。

当館では、資料収集に対する理念と同様、調査・研究事業でも岡山県を主な対象地域としており、岡山県内における現地調査や分布記録の整理に特に力を入れています。

一方、分野別個人研究では、私の担当する昆虫分野としては学生時代から手がけてきた「ジョウカイボン科の分類学的研究」を博物館に着任してからもずっと継続しています(図2)。かつては、「地方博物館が全国レベル、世界レベルの研究をする必要はない」という意見もありましたが、では、国立のあるいは国際的な研究機関にすべての分類群に対応できる研究者が十分に配置されているかというとそうではないのです。学芸員は地方で求められる研究に加えて、学界に貢献できる専門分野での資料収集と研究をも行うのが理想的です。実際、私の場合はジョウカイボン科に関する依頼(標本同定・文献調査など)については、日本全国のみならず国外の博物館や大学関係者からの依頼にも可能な範囲で対応しています。その代わり、自分の専門以外の分類群については、必要な場合にはほかの博物館などの研究者にお願いして調べていただくことがあります。持ちつ持たれつというわけです。

(3) 展示

図3: リニューアルされた昆虫の展示室
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昆虫館と博物館の大きな違いは展示物にあります。前者は生きているものが中心ですが、後者は標本が中心です。おそらく多くの方が博物館の顔として認識している業務でしょう。常設展示には各館の個性が出ます。基本的には、資料の収集や調査・研究を踏まえた結果を展示公表する場ですから、それぞれの地域性を表す展示が多かれ少なかれあります。当館では平成16年に昆虫の展示室を全面リニューアルしました。分類展示として岡山県内に生息する昆虫を約4,000種類紹介したほか、より多くの方に昆虫に興味を持っていただけるよう、世界64か国から収集されたコレクションを活用して昆虫の多様性を表現しています(図3)。展示更新の苦労と裏話は奥島(2004a, b)に解説しています。

図4: 自作したトリケラトプスの実物大頭骨模型
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当館では、常設展示のほかに年数回の特別陳列や特別展を開催しています。昆虫関係では、収蔵庫内の標本を紹介する「収蔵資料展」、虫好きの子どもたちによる「むしむし探検隊報告」(「むしむし探検隊」については後述)、キリギリス・コオロギの生態展示をする「秋の鳴く虫展」が毎年恒例となっています。平成18年の夏には、特別展「体感! 恐竜ワールド」を開催し、好評を得ましたが、当館には恐竜担当の学芸員はいませんので、昆虫担当であってもこのような場合には協力して展示を作り上げます。私は工作が好き、という理由だけで恐竜の実物大頭骨模型を作成しました(図4)(奥島, 2008)。

(4) 教育普及

図5: 自然観察会「ちっちゃな甲虫の世界」の様子
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人員規模の大きい博物館では教育普及活動専門の職員を配置している館もありますが、多くの博物館では同じ学芸員が担当します。主な行事としては、自然観察会や講座があります。

当館では昆虫関係の観察会を年間5回開催しています(図5)。各観察会の準備としては、まず、最初の現地下見では企画担当者が、交通の便、危険箇所のチェックや歩くコースの設定、立ち入りの許可申請などを調べて開催場所を決定し、参加者募集案内を出します。2回目の下見を開催日より1~2週間前に行い、当日の講師が中心となって当日見られそうな昆虫や観察のポイントをチェックします。そして本番では講師のほか、受付、進行、誘導案内、救急、写真記録などの係員が必要ですが、当館の場合はこれらの役割は博物館友の会の方が中心となって分担してくださっています。ですから、1回の観察会を開催するために担当者は最低3回現地を訪れることになります。いつも最も苦労するのは場所の選定で、目的である昆虫の観察に適しているかどうかに加えて、公共の交通機関があるか、あるいは参加者の駐車場が確保できるかなどが問題となります。さらに、昆虫の場合は基本的には採集して観察し、持ち帰って飼育や標本作成することも奨励していますので、法律などで採集が規制されていないことなども開催場所の条件となります。

図6: 博物館講座「昆虫の採集方法と標本の作り方」の様子
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博物館内で開催する昆虫関係の講座では夏休みの「昆虫の採集方法と標本の作り方」(図6)が大人気で毎年定員60名の講義室がほぼ満員になります。もうひとつ、「学芸員研究発表会」という講座では、博物館の調査・研究事業として学芸員が行っていることを一般の方にわかりやすく解説します。そのほかにも、特に昆虫好きの子どもたちだけを集めて学芸員と同じように調査・研究から展示・発表までを体験させる「むしむし探検隊」(事業の詳細は奥島(2005)を参照)や夏休み恒例の「標本の名前を調べる会」、館内でさまざまなイベントを行う「自然史博物館まつり」などの人気行事を開催しています。

学芸員の教育普及活動は、博物館が企画・主催する行事だけではありません。館外の団体から観察会や講座の講師を依頼されることもありますし、大学生の博物館実習や中学生の職場体験などの指導も行います。さらに個人あるいはグループでの質問にお答えしたり、マスコミからの問い合わせに対応したりするレファレンス業務(昆虫分野で年間約400件ある)や、来館者に配布する読み物や新聞・雑誌等へ掲載する解説文の執筆業務なども教育普及活動の一環と捉えています。

(5) 庶務・その他

以上が専門性を特に要求される仕事内容ですが、学芸員にはほかにも実に雑多な業務が課せられます。皮肉っぽく「雑芸員」と呼ばれるゆえんですね。

当館の場合、組織上は市の教育委員会に属するひとつの課の扱いとなっています。ですから、専門の学芸業務のほかに、予算関係・経理事務や他課との連絡・協力、文書処理など市役所が行う一般的な事務業務もほかの課と同様に行っています。そのほかにも、展示や行事の案内を行う広報業務や、図書・雑誌の登録管理、博物館友の会の事務局として、会員の管理(入会・退会・変更の受付)、会計の管理、雑誌の編集や会議への出席なども学芸員が中心となって分担しています。実際にはこのような大量の庶務業務を優先的にこなさないといけない場合が多く、個人で計画している調査・研究にかかる時間を確保しにくいのが現状です。

以上、大きく分けて五つの仕事内容をご紹介しましたが、これらの仕事は実際にははっきりと区別することはできず、お互いが深い繋がりを持って博物館事業が成り立っています。野外調査や寄贈によって収集された資料をもとに調査研究を行い、その成果を展示や教育普及に反映させて利用者の方々に情報提供しているのです。ですから、ひとりひとりの学芸員の仕事内容は非常に多岐に渡り、仕事量も多くなるわけですが、一方、これらの一連の博物館業務を同じ担当者が行っているからこそ、各館独自の研究成果を反映した展示や教育普及事業がいち早く実施され、利用者はその内容について直接研究者に尋ねることができるメリットがあります。

学芸員になる人の条件と適性

まず、専門の仕事が好きで楽しく積極的にできることが必須条件であると思います。そして、専門分野の仕事はもちろんのこと、それ以外のことも速やかにこなす能力が望まれます。なぜなら、専門外の義務的な仕事に時間をとられていては、自主的に行う研究などは後回しになってする時間がなくなってしまうからです。また、万人に受け入れられるような展示をプロデュースする美的センスや人前で話をする際のユーモアも大切です。昆虫担当の場合は特に子どもたちと触れ合う機会が多く、専門的な内容の話をわかりやすく説明するテクニックも求められます。

このように書くと学芸員はとても優秀な人でないとなれないと思われるかもしれませんが、私自身は決してこのような素質を十分備えているとはとうてい言えません。未だに苦労の連続で、学生のころ、もっと幅広く勉強しておけばよかったなあと後悔しつつ、大勢の方に助けてもらって仕事をこなしています。

引用文献

  • 奥島雄一 (2004a) 新「昆虫の世界」展示解説詳細版(1). しぜんしくらしき(49): 15-18.
  • 奥島雄一 (2004b) 新「昆虫の世界」展示解説詳細版(2). しぜんしくらしき(50): 7-12.
  • 奥島雄一 (2005)「むしむし探検隊」実践報告書. 平成16年度 野依科学奨励賞 小論文・実践報告書集 pp.264-284. 国立科学博物館, 東京.
  • 奥島雄一 (2008) 手作り恐竜模型の作り方. しぜんしくらしき(64): 7-10.

※ 引用文献のコピーをご希望の方は著者までご連絡下さい。

著者: 奥島雄一 (倉敷市立自然史博物館)
URI: http://www2.city.kurashiki.okayama.jp/musnat/

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