2014年01月01日掲載 【農耕地の周辺環境: 露地栽培で土着天敵を利用するときに考慮すべきこと】

国土面積の多くを占める中山間地では農林業が重要な産業です。中山間地の農耕地周辺には森林や草地などの自然もしくは半自然植生(以下、周辺林野)が広大に広がります。こうした周辺林野は、隠れ家や餌を提供することにより害虫の天敵を維持しています。そうすることで、天敵を一時的に農耕地へ供給し、結果として農耕地で発生する害虫の抑制に役立っていることが、これまでの研究から明らかになっています。このような土着天敵による病害虫被害の軽減は、われわれ人間が知らないうちに多様な生物から受けている恩恵でもあります(生態系サービスとよばれる自然の恵みのひとつ:病害虫制御サービス)。周辺林野が持つこうした機能を上手に活用することで、環境に負荷の少ない農業を持続的に行うことができるかもしれません。

しかし一方、全ての天敵昆虫が周辺林野から供給されているとも限りませんし、害虫も天敵昆虫と同様に農耕地や周辺林野を隠れ家や餌場として利用する場合があります。例えば日本では、針葉樹の単一植林や雑草地となる耕作放棄地の増加など、土地の利用方法の変化が原因で、果樹や水稲におけるカメムシ類の被害が顕在化しており、現在も大きな被害が発生しています。つまり、周辺林野は農耕地へ病害虫そのものの供給・維持に寄与してしまうことすらあります。このように、土着天敵を利用した総合的病害虫管理(IPM)では、周辺林野は天敵と病害虫の双方を供給するというジレンマが存在するかもしれません。ところが、先行研究では欧米のように農耕地が広大に広がる場所を中心に「周辺林野と天敵や病害虫との関係」が報告されてきており、日本の中山間地のように周辺林野が豊富な小規模経営の農耕地においてこうした関係が検証されることはありませんでした。

図1

図1: 調査地の空中写真。調査した17あるソバ畑のうちの2つ。赤色の線は調査地の中心から半径200m圏内、黄色の線は調査地の中心から半径250m圏内を示しています。
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図2

図2: ソバ栽培地におけるワタアブラムシ被害株率と周辺林野の面積との関係。明瞭な関係は認められません。
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図3

図3: ソバ栽培地におけるテントウムシ類(ヒメカメノコテントウとナナホシテントウ)個体数と周辺林野の面積との関係。正の関係性が認められます。
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そこで、国内の中山間地で比較的よく栽培されるソバを例として、ソバ畑の害虫(ワタアブラムシ)被害株の割合とその天敵昆虫(テントウムシ類とクサカゲロウ類)の個体数を調べ、周辺林野の面積との関係を調査しました。調査は茨城県の奨励品種「常陸秋そば」の発祥地として知られる常陸太田市金砂郷地区で行いました(図1)。その結果、ワタアブラムシ被害株率では周辺林野の面積に明らかな関係はみられず(図2)、天敵の個体数では一部(テントウムシ類)で周辺林野の面積と個体数に正の関係がみられました(図3)が、周辺林野との関係が認められないものもありました。

以上の結果は、中山間地域のような小規模な農耕地では、周辺林野の面積が大きくなっても、農耕地内の天敵は増える種とそうでない種がいることや、増えた天敵による病害虫の被害軽減効果が表れない可能性(すでに効果が発揮されている場合や効果そのものがない場合)があることを示しています。土着天敵を利用した総合病害虫管理を考える上で、土着天敵が利用できるかどうかは農作物生産の成否に関わるため、こうした現象を認識することはとても重要です。また今回の結果は、日本の中山間地域のみならず、発展途上国などで広く行われている小規模経営農業にも当てはまる可能性があります。

参考文献

著者: 滝 久智 (森林総合研究所 森林昆虫研究領域)

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