2013年12月24日掲載 【近親交配を好む虫と避ける虫】

近親者と交尾すること(近親交配)は避けるべきだと一般に考えられています。これは近親交配によって生まれてきた子にはしばしば有害な影響(近交弱勢)が見られるためです。しかし、近親者は自分と同じ遺伝子を持っている可能性が高いため、遺伝子の伝搬効率という観点からはむしろ近親交配は有利となり得ます。ここでは、近親交配を避けるか受け入れるかという観点から、昆虫の行動を紹介します。

近親交配した方が得な時

近親交配を避けるべきか否かは近交弱勢の強さと遺伝子の伝搬効率の兼ね合いで決まります。ある程度近交弱勢が強い時は近親交配を避け、弱い時は受け入れることが適応的な行動となるわけです。では、実際にはどの程度適応度が低下するなら近親交配を避けるべきなのでしょうか? 単純なモデルによると父親と母親が同じ兄弟同士のペア(以下Full-sib)の場合、適応度が1/3以上低下するまではメスは近親交配した方が有利になると予測されています。この値は今まで報告されてきた近交弱勢の中でもかなり大きな値です。これはごく単純な条件下であり、実際には雌雄の出会い頻度が高くなると、この値よりも弱い悪影響でも近親交配の回避が有利となります。しかし、いずれにせよ近親交配が有利になる条件は従来思われていた程は厳しくないようです(Kokko and Ots 2006)。

予測の検証

写真1: (上)交尾中のアリモドキゾウムシ。マウントしているのがオスで、下がメス。雌雄は触角の形と目の大きさで区別できる。(下)交尾中のイモゾウムシ。マウントしているのがオスで、下がメス。肉眼では雌雄が判別できない。撮影: 熊野了州
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この予測を検証するには、近交弱勢の強さが異なる系統を持つ同一種で比較すれば、より直接的でしょう。そんな都合の良い種がいるでしょうか。実は沖縄県や鹿児島県でサツマイモの大害虫として猛威を振るっているアリモドキゾウムシこそがその都合の良い種だったのです(写真1上: 栗和田 2013)。アリモドキゾウムシは不妊虫放飼法による根絶事業がおこなわれており、とうとう今年1月には沖縄県久米島での根絶が達成されました。不妊虫放飼法とは、大量に増殖させた害虫を放射線や化学物質で不妊化し野外に放すことで、野生のメスに不妊精子を送り込み害虫の密度を減らすという手法です。そのために沖縄県ではアリモドキゾウムシを大量に累代飼育しています。

私は別の目的もあって、この大量増殖虫と野生虫とで近交弱勢の強さを比較してみたことがあります(Kuriwada et al. 2010)。大量増殖虫ではfull-sibペアの子は他人同士(以下non-kin)のペアの子に比べて適応度が約36%も低下するのに対して、野生虫では15%程度しか低下しなかったのです。この結果から考えると増殖虫は近親交配を避け、野生虫は受け入れることが予測できます。

図1

図1: 交尾率と近親交配との関係(平均値±標準偏差で図示)。
交尾率はペアを同居させてから1時間以内に交尾したかどうかで評価した。Full-sibは両親とも同じ子どうしのペア、Half-sibは父親が同じで母親が違う子同士のペア、Non-kinは他人同士の子のペアを示す。野生虫では相手が近親者だと交尾率が低下したが、増殖虫は1ペアを除いて全てのペアが交尾した。Kuriwada et al. 2011aから改変。
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そこで、full-sibペアとnon-kinペア、父親が同じで母親が違う(以下half-sib)ペアを用いて、1時間以内の交尾率を比較してみました(Kuriwada et al. 2011a)。その結果、野生虫は近親者とペアになると交尾率が低下するのに対して、増殖虫は1ペアを除いて全ての実験個体が交尾しました(図1)。つまり、近交弱勢の弱い野生虫が近親交配を回避し、近交弱勢の強い増殖虫は近親交配を受け入れたという予想外の結果になりました。

この結果をどう解釈すれば良いのでしょうか? アリモドキゾウムシのメスは性フェロモンで雄を誘引し、雄は飛翔できるためそれなりの移動能力があります。そのため雌雄の出会い頻度がかなり高く、近交弱勢が少々弱くても近親交配を避けた方が有利だった可能性が考えられます。そう考えると野生虫が近親交配を避けたこととモデルの予測とは辻褄が合います。しかし増殖虫の方はどうでしょうか。増殖環境では野外とは比べものにならないくらい雌雄の出会い頻度が高いわけです(30cm四方程度のタッパーに2,000頭が飼育されています)。したがって観察されたよりもさらに弱い近交弱勢であっても近親交配は避けた方が有利とモデルは予測するのです。つまりモデルでは考慮されていない影響があると考えられます。増殖虫の行動をよく観察してみると、オスが交尾を迫るために頻繁にメスを追い掛け回しています。このオスの求愛から逃げてばかりいると、メスの採餌や産卵のための時間が減ってしまうし、逃げまわることによるエネルギーも馬鹿にならないでしょう。おそらく、そのコストを避けるために増殖虫のメスは交尾相手を選り好むことなく交尾しているのではないかと今は考えています。このようにモデルには無かった雌雄間の利害対立という観点を新たに考慮すると上手く説明できるかも知れません。

雌雄の出会いが少ない虫では?

図2

図2: 交尾率と近親交配との関係(平均値±標準偏差)。
交尾率はペアを同居させてから2時間以内に交尾したかどうかで評価した。Full-sibは両親とも同じ子どうしのペア、Non-kinは他人同士の子のペアを示す。Kuriwada et al. 2011bから改変。
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では、もう一方のサツマイモの大害虫であるイモゾウムシではどうでしょうか(写真1下: Kuriwada et al. 2011b)? イモゾウムシは飛翔能力がなく遠距離から他個体を誘引するフェロモンも知られていません。実際に野外でどうやって異性が出会っているのかがわかっていないのです。もしかすると、きょうだいや親子で交尾して子孫を残しているのかもしれません。そこでまず、野生虫の近交弱勢の強さを測ってみました。すると、子の生存率や体サイズには明確な近交弱勢が見られず、息子の交尾能力のみに近交弱勢が見られました。とはいっても6%程度しか低下していません。これなら近親交配を好んでいる可能性が高いと考えられます。そこでFull-sibペアとNon-kinペアの交尾率を比較したところ、Full-sibペアの方が有意に高い交尾率でした(図2)。またイモゾウムシの場合、オスがメスにマウントしてもメスが交尾を受け入れない限りオスは交尾器が挿入できません。マウントしたペアの内でメスが交尾器を受け入れた割合を調べると、これもFull-sibペアの方が高い傾向が見られたのです。これらの結果から、イモゾウムシは近親交配を好むことがわかりました。したがって、野外のイモゾウムシは身近にいる親子やきょうだい同士で交尾して増えている可能性が支持されます。これはどういった意味を持つでしょうか?防除が上手くいき、ある地域のイモゾウムシを絶滅寸前まで追い詰めても、わずかに残った個体からまたじわじわと復活する可能性があるのです。野外のどういった場所にイモゾウムシが棲んでいるのか、野外での交尾行動はどういったものなのかといった基礎的な生態を解明していくことが今後の根絶事業には必要となるでしょう。

最後に

これまで見てきたように、近親交配という避けることが当たり前とされてきた現象でも、まだまだ未解決の課題が数多く残されていることがわかりました。こういった身近でよく知られた現象でありながら未だ解明されていない問題を解くことも楽しいことだと考えています。

引用文献

著者: 栗和田 隆 (鹿児島大学教育学部)

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