2013年06月10日掲載 【冬の寒さが冬尺蛾の種分化を引き起こす】

新しい生物種が誕生するプロセスを種分化と言います。種分化の過程で重要なことは、それまで互いに繁殖できていたもの同士が「空間的」に出会わなくなることだとされてきました。しかし、理論的には「時間的」に出会わなくなることによっても種分化は生じるはずです。私たちはクロテンフユシャクという蛾において冬の寒さによって繁殖時期が分離し、時間的な種分化が起こっていることを明らかにしました。

クロテンフユシャクの初冬型の成虫と晩冬型の成虫は異なる集団

図1: クロテンフユシャクの交尾。上がメスで下がオス。メスは羽根を持たないので、一見すると蛾には見えない。クロテンフユシャクだけでなく、冬尺蛾は全ての種類でメスは羽根を持たない。
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クロテンフユシャクという蛾(図1)は、一般的な昆虫と違って、冬に成虫になって繁殖します。例えば、京都のような平地では、12月下旬から3月上旬の真冬の季節に冬尺蛾の成虫を見ることができます。一方、長野県や東北、北海道の真冬は著しい低温や積雪など過酷な環境になるため、いくら冬に強いクロテンフユシャクでも活動できません。このような寒冷地では、クロテンフユシャクは、最も寒い厳冬期を避けて、環境が比較的穏やかな初冬と晩冬に活動するように進化しています(図2)。つまり、寒冷地には、初冬に繁殖する初冬型成虫と晩冬に繁殖する晩冬型成虫の2つのタイプが生息しているわけです。

図2

図2: クロテンフユシャクの成虫が観察された日と、その場所の冬の気温の関係。冬の気温が高い場所では1~2月を中心に真冬に成虫が観察される。一方、気温の低い場所では、真冬に成虫は現れず、初冬と晩冬にだけ現れる。
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初冬型成虫と晩冬型成虫の繁殖時期は重複しないので、それらの間で交尾が起こることはほとんどありません。初冬型成虫は初冬に繁殖を行い、メスが卵を産みます。その後、初冬型成虫は真冬の厳冬期が訪れるころに皆死んでしまうので、晩冬型成虫と出会うことはありません。本当に出会いが無いかどうか(もしくは少なくなっているか)遺伝子を使って調べたところ、実際に初冬型と晩冬型が出会わなくなっていることわかりました(Yamamoto & Sota, 2009)。

このように、クロテンフユシャクでは冬の寒さが障害物となって、初冬型と晩冬型は種分化が起こっていると考えられました。

初冬型と晩冬型の分離が生じた場所は、やっぱり寒い場所だった

クロテンフユシャクは寒冷地において種分化の途上にあることが分かりました。では、初冬型と晩冬型はどこで誕生したのでしょうか?これまでの話の流れから考えると、おそらく寒い場所で初冬型と晩冬型が分化したに違いありません。

その仮説を検証するために、日本全国から初冬型と晩冬型を集め、地域間と季節型(初冬型・晩冬型)間の類縁関係を調べました。その結果、初冬型の蛾は、晩冬型の蛾から少なくとも2回繰り返し進化したことが分かりました。1回目の進化は東北から北海道あたりの北日本で、2回目は九州地方の標高の高い地域で進化したことが分かってきました。それらの地域はいずれも、冬には積雪や著しい低温といった厳しい環境をむかえる寒冷地です。以上の結果から、私たちは、季節型の分化は寒冷地で生じたと結論付けました(Yamamoto & Sota, 2012)。

今後の展開

クロテンフユシャクの初冬型と晩冬型が寒さによって進化してきたことが明らかになってきましたが、まだまだ分からないことが多く残されています。例えば、初冬型と晩冬型の生活スタイルの違いはどのような遺伝子によって決められているのでしょうか? また、他の冬尺蛾は2タイプに分化していませんが、なぜ、クロテンフユシャクだけは初冬型と晩冬型に分化したのでしょうか?今後はそのような疑問点を明らかにしたいと考えています。

引用文献

著者: 山本哲史 (京都大学)

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