2013年06月10日掲載 【サイカチマメゾウムシ幼虫がもつ新規抗酸化脂質】

活性酸素種(ROS)の過剰発生によって、生体を構成するタンパク、核酸および脂質などが多大な損傷を受ける恐れがあります。酸素呼吸を行う生物は、常にこのような酸化ストレスにさらされる危険性を有していることから、生体防御のためにSODやチオレドキシンなどの抗酸化性酵素、あるいはビタミンCおよびE、カロテノイド類、ポリフェノール類などの有機物質を利用していることが知られています。最近、マメ科の種子中で成長するマメゾウムシ幼虫がこれまで知られていない抗酸化脂質を作り出していることがわかりました。この新規抗酸化脂質の化学構造を特定した研究について紹介します。

マメゾウムシ類は、世界中に1,000種以上生息しているとされ、その幼虫は寄主特異的にマメ科植物の種子を栄養源として成長します。日本最大級のマメゾウムシの一種サイカチマメゾウムシ(Bruchidius dorsalis)(図1)は、マメ科サイカチ(Gleditsia japonica)の豆果に卵を産みつけます。孵化した幼虫はサイカチ種子に穿孔して侵入し、種子成分を栄養源として成長し成虫になり脱出してきます(Kurota et al. 2001)。

図1: サイカチマメゾウムシ成虫(左: 体長約6mm)、幼虫(中: 体長約6mm)およびサイカチ種子を摂食中の幼虫(右)。
(クリックで拡大します)

サイカチ種子に潜り込んで成長したサイカチマメゾウムシの幼虫を採取し、幼虫のクロロホルム(CHCl3)抽出物をシリカゲル薄層クロマトグラフィー(TLC)で調べてみますと、2種の成分スポットがみられました(図2上)。別のシリカゲルTLC上で2,2'-アジノビス(3-エチルベンゾチアゾリン-6-スルフォン酸(ABTS)ラジカル溶液を噴霧すると、片方の成分スポットがラジカル消去活性を示すことがわかりました(図2下)。この成分は、UV吸収(波長302nm照射)を有するとともに、ニンヒドリン反応に陽性であったことから、共役系構造ならびにアミノ基を持つ成分であることが示され、この成分をドルサミンAと命名しました。CHCl3抽出物をシリカゲルカラムクロマトグラフィーならびに逆相HPLCで分取・精製することにより、抗酸化成分ドルサミンAを単離しました。

図2

図2: サイカチマメゾウムシ幼虫のCHCl3抽出物のシリカゲルTLC。いずれも酢酸エチル-ヘキサン混合溶媒で展開した。上はバニリン硫酸液を噴霧し140℃で加熱処理して脂質類を発色させたTLC、下はABTSラジカル溶液を噴霧してラジカル消去作用成分を検出したTLC。
(クリックで拡大します)

ドルサミンAは、質量スペクトルから分子量が765分子式C48H79NO6と決定されました。UV、IRおよびNMRスペクトルに基づいて、構造解析を行いました。その結果、通常の脂肪として存在しているトリアシルグリセロールではグリセロールに脂肪酸が3個エステル結合しているのに対して、ドルサミンAではその1つがデヒドロアミノ酸エステル構造に置き換わったものであることがわかり、その化学構造を図3左のように解明しました。

ドルサミンAは、ビタミンE誘導体であるTroloxよりも強いABTSラジカル消去活性を示すことがわかりました。デヒドロフェニルアラニンメチルエステルを調製して活性を調べた結果、ドルサミンAとほぼ同じABTSラジカル消去活性を示したことから、ドルサミンAのラジカル消去活性は、デヒドロフェニルアラニン構造に起因することがわかりました。

抗酸化性を示すグリセロ脂質は大変珍しいものですが、内在性の抗酸化脂質として古くから知られているものにプラズマローゲンがあります。プラズマローゲンは、ビニルエーテル結合を有するリン脂質(図3右)で、哺乳動物の脳や心臓の脂質として含まれているほか、ニセアメリカタバコガ(Heliothis virescens)(Lambremont, 1972)、チャイロコメノゴミムシダマシ(Tenebrio molitor)(Kamienski et al. 1965)、カイコ(Bombyx mori)(Aboshi et al. 2012)などの幼虫に含まれていることが報告されています。

図2

図3: 新規抗酸化脂質ドルサミンA(左)および従来より知られる抗酸化脂質プラズマローゲン(右)の化学構造(RおよびR'は脂肪酸の炭化水素鎖を表す)
(クリックで拡大します)

今回、サイカチマメゾウムシの幼虫から見出されたドルサミンAはデヒドロアミノ酸を構成成分に含むグリセロール誘導体であり、上記のプラズマローゲンとは全く異なる抗酸化脂質でありました。天然由来のデヒドロアミノ酸含有物質はたいへん稀なものですが、AM-toxin (Okuno et al. 1974) やKahalalide F (Lopez-Macia et al. 2001)などの一部のペプチド類がデヒドロアミノ酸を含むことが報告されています。これらペプチド類では、デヒドロアミノ酸構造がその立体配座を決定づけるとともに抗菌作用などの特異な生理活性発現に重要な役割を果たしていることが報告されています(Humphrey et al. 1997)。一方、デヒドロアミノ酸を構成成分とする脂質類はこれまで前例がなく、今回のドルサミンAが初めての例でありました。サイカチマメゾウムシの幼虫は、酸化ストレスからの生体防御のため、このようなデヒドロアミノ酸を構成成分とする新規なグリセロール誘導体を利用しているのではないかと考えられます。今後、新規脂質ドルサミンAの詳細な生理活性ならびに生合成機構の解明に興味がもたれます。

参考文献

著者: 太田伸二 (広島大学大学院生物圏科学研究科)

« ショウジョウバエは空腹状態で記憶力があがることを発見 | トピック一覧 | 冬の寒さが冬尺蛾の種分化を引き起こす »

応用動物学/昆虫学最新トピック

プロの研究者でもまだ知らないような、出来たてホヤホヤの最新研究成果を分かりやすくお伝えします。

日本応用動物昆虫学会(応動昆)

「むしむしコラム・おーどーこん」は、日本応用動物昆虫学会電子広報委員会が管理・運営しています。