2013年03月02日掲載 【ショウジョウバエは空腹状態で記憶力があがることを発見】

さまざまな記憶障害を改善することは、QOLの向上に重要です。記憶研究が進んだ結果、記憶メカニズムについて解明されつつありますが、記憶障害を効果的に改善する方法はこれまで確立されていません。今回私たちは、ハエを空腹状態にすると長期的な記憶が促進されること、さらにその分子メカニズムを明らかにしました。

(絵: 久保田珠美)

動物は、経験した事柄を記憶情報として保存します。記憶を長期的に保存するため、脳では転写因子CREBが新たな遺伝子発現を誘導します。この長期記憶のメカニズムは、ショウジョウバエから哺乳類まで共通しています1)。ショウジョウバエではスクリーニングにより数多くの記憶変異体が同定され、ハエは記憶研究における優れたモデル動物として認識されています。今回私たちは、記憶は促進されうるのか、もし促進されるとしたらどのような生理的条件下で、どのようなメカニズムで促進されるのか、この問いにチャレンジしました2)

空腹状態がCREB依存的長期記憶を促進する

ハエに1つの匂いと電気ショックを同時に与えると、その匂いを電気ショックと関連付けて学習し、嫌いになります(嫌悪学習)。しかし、嫌悪性記憶が長期記憶として保存されるためには、1回だけの学習では不十分で、何度も復習させることが必要です3)。一方、ハエに1つの匂いと砂糖水を同時に与えると、ハエはその匂いが好きになります(報酬記憶)。不思議なことに、報酬記憶は1回の学習でも長期記憶になることがわかっていました4)。報酬学習前には、効率的に砂糖水を飲ませるために、ハエを空腹状態にします。私たちは、この空腹状態こそが1回だけの学習でも長期記憶が作られる要因なのではないかと考えました。もし空腹状態が長期記憶を作るために重要なら、空腹状態にしたハエに嫌悪学習をさせれば、1回の学習でも長期記憶ができるはずです。ハエを9時間から16時間絶食させたのちに1回だけ嫌悪学習させ、1日後に記憶を確かめてみると、見事に長期記憶として保存されていることを発見しました。この長期記憶はCREBを阻害するとみられないことから、空腹はCREB依存的長期記憶を促進することがわかりました。

空腹時の長期記憶促進のメカニズム

図1

図1: (左) 満腹時は、複数回の学習により脳内でCBPが活性化し、CREB依存的遺伝子発現が誘導され、長期記憶が作られる(CRTCはインスリンにより活性が抑制されている)。(右) 空腹時は、インスリン分泌低下によりCRTCが活性化する。このため、CREBによる遺伝子発現が誘導され、1回の学習でも長期記憶が作られる。
(クリックで拡大します)

CREBは、CBPあるいはCRTCと結合することにより活性化します。CBPとCRTCの機能を阻害する実験を行った結果、満腹時の複数回の学習による長期記憶にはCBPが重要である一方、空腹時の1回の学習で作られる長期記憶にはCRTCが重要であることをつきとめました(図1)。空腹時には血液中の糖濃度(血糖値)が低下し、その結果、インスリンの分泌が低下します。これまでの代謝組織における研究で、CRTCはこのインスリン低下により活性化することが分かっていました5)。従って、空腹時のインスリン低下がCREB/CRTCを活性化させ、長期記憶を促進するのではないかと考えました。そこで、遺伝的にインスリン活性が低下している変異体を解析してみると、このハエは、空腹にしなくてもCRTCが活性化しており、満腹状態でも1回の学習で長期記憶が作られることが分かりました。 以上のことから、1回の学習で長期記憶が作られる機序として、空腹状態のインスリン低下によりCREB/CRTCが活性化するという分子メカニズムを明らかにしました(図1)。

今後の展開

本研究から、空腹状態が長期記憶を促進することがわかりました。しかし過度の空腹により飢餓状態に陥ると、食べ物の報酬記憶だけが長期記憶になり、嫌悪性記憶は長期記憶になりません2,6)。従って、空腹状態なしでCRTCを活性化させることが記憶改善につながると考えられます。今後は、脳神経細胞でのCRTC活性化のメカニズムをより詳細に解明し、記憶改善の薬理標的の同定を目指します。

参考文献

著者: 平野恭敬 (東京都医学総合研究所・科学技術振興機構さきがけ)・齊藤 実 (東京都医学総合研究所)

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