2013年03月01日掲載 【子供とおばあちゃんが戦って巣を守るアブラムシ】

昆虫の社会においては、生存に必要な仕事を仲間同士で分担して行っています。今回私たちは、産まれたばかりの幼虫と年老いた成虫が防衛し、その他の個体は繁殖に専念するという役割分担を発見しました。「子供とお年寄りが防衛する」というと変に聞こえますが、実際は集団を維持するための合理的な戦略なのです。

ヨシノミヤアブラムシの生活史

図1

図1: (a) ヨシノミヤアブラムシの虫こぶ。(b) ヨシノミヤアブラムシの生活史。繁殖を終えた無翅成虫と、有翅成虫になる予定の1齢幼虫とが、虫こぶ内に侵入する天敵(テントウムシ幼虫・ガの幼虫など)に対して防衛行動を示す。
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私たちは、常緑樹のイスノキに虫こぶという巣を形成し、集団生活を営む社会性アブラムシであるヨシノミヤアブラムシの生態を研究しています。このアブラムシでは、1匹のアブラムシがイスノキの植物組織を変形させて、虫を包み込むようにして完全に閉鎖された空間を作ります。その中でアブラムシは単為生殖で子を産み、やがて数千匹を収容する巣のような構造になります(図1a)。単為生殖を行うため、虫こぶの中の個体は全て同じ遺伝子情報を持ったクローンです。成熟した虫こぶは直径4センチほどになり、春に裂開して脱出用の穴が生じ、そこから翅を生やしたアブラムシ(有翅成虫)が飛び立っていきます(図1b)。その後虫こぶは枯れてしまいます。子孫を次世代に残すためには虫こぶの裂開が必要不可欠なのですが、一方で穴が出来ると、テントウムシ幼虫などの天敵が侵入する可能性が高まります。そこで、敵の侵入に対する防衛行動が進化しています。

若い幼虫と年老いた成虫が示す防衛行動

図2

図2: (a) ガの幼虫に口吻を突き刺す1齢幼虫。(b) 腹部から液体を分泌する無翅成虫。(c) 分泌液で針に付着した無翅成虫。(d)(e) 無翅成虫腹部の横断面。繁殖を終了した個体の腹部は分泌液(赤色で染まった部分)で満たされている。スケールバーは200µm。
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私たちのこれまでの研究から、ヨシノミヤアブラムシには自らを犠牲にして防衛を行う2種類の「兵隊」が存在することが明らかになっていました。まず最初に、産まれたばかりの子供である1齢幼虫が敵の皮膚に口吻を突き刺して攻撃することを示しました(図2a, Uematsu et al. 2007)。1齢幼虫が攻撃することは虫こぶを作るアブラムシでは珍しくないのですが、ヨシノミヤアブラムシではそれに加えて、翅をもたない無翅成虫も自己犠牲的な防衛を行っていました(Uematsu et al. 2010)。

無翅成虫をつつくなどして刺激を与えると、腹部から液体を分泌します(図2b)。この液体は敵に触れると瞬間接着剤のように固まり(図2c)、自らの体ごと敵の脚や口にくっついて、捨て身で敵の侵入を食い止めます。驚くべきことに、これらの成虫は虫こぶに穴が開く前に子供を産み終えており、その後も長生きして腹部を分泌液で満たすことで兵隊へと自らの役割を変化させています(図2d, 2e)。ヒトやクジラでは繁殖を終えた雌が孫などの育児を手伝う「おばあちゃんの知恵袋」の重要性が知られていますが、ヨシノミヤアブラムシの場合、無翅成虫は身を挺して子孫を守る「戦うおばあちゃん」です。

虫こぶ内での役割に応じたフォーメーション

図3

図3: 虫こぶ内のアブラムシの分布。敵に捕食されるリスクの高い侵入口付近では、兵隊である無翅成虫(黒色の棒グラフ)と1齢幼虫(黄色の棒グラフ)の個体数の割合が高くなっている。
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これら行動も形も異なる2種類の兵隊はどのように機能しているのでしょうか?そこで虫こぶ内部での各個体の動きに注目し調べたところ、両者が協力して防衛の役割を果たしていました(Uematsu et al. 2013)。

まず、穴がすでに開いている虫こぶを捕食されやすさにもとづいて3つの区域に分割して、それぞれに含まれるアブラムシの個体数の割合を調べたところ、1齢幼虫と無翅成虫は敵が侵入してくる虫こぶ裂開部に多く分布していました。一方,その他の個体は安全な虫こぶの奥の方に多く分布していました(図3)。さらに、虫こぶに人為的に穴を開けたところ、穴の周りに1齢幼虫と無翅成虫が集まるのに対して、その他の個体は穴から遠ざかることがわかりました。このようにして、集団の中で最も若い個体と年寄りの個体が防衛の最前線に赴き、中間の齢期の個体は危険を避けて安全な場所で繁殖をするという、役割に応じた最適なフォーメーションをとることがわかりました。

なぜ、ヨシノミヤアブラムシでは一番年下と年上の個体が防衛を担うのでしょうか?その意義として、将来の子孫の数をより多くするための戦略が考えられます。虫こぶは裂開した後に枯れてしまうため、栄養の質が悪化します。よって若い幼虫は成長して成虫になるためにより多くの資源と長い時間を必要とします。また、年老いた無翅成虫も子を産み終えているため、将来の繁殖には寄与しません。繁殖の期待値が少ないこれらの個体を防衛に回し、繁殖の期待値が高い残りの個体は安全な所に逃すことで、子孫の数を最大化していると考えられます。

おわりに

一寸の虫にも五分の魂といいますが、一ミリに満たないアブラムシでも様々なやり方で集団を維持しています。肉眼で観察しづらいアブラムシの社会性研究は未解明なことばかりで、今後さらなる面白い現象が期待されます。

引用文献

著者: 植松圭吾 (ケンブリッジ大学)・柴尾晴信 (東京大学大学院総合文化研究科)

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