2013年02月01日掲載 【ドーパミンが覚醒を誘導する回路を同定 ~睡眠と記憶の回路の分離~】

睡眠と記憶には、密接な関係があります。覚醒時に学習したことは、その後の睡眠で記憶されるので、学習後に眠らないと、記憶の定着が悪くなります。ドーパミンという神経伝達物質は、睡眠と記憶の両方の制御に使われます。ショウジョウバエでは、特定のドーパミン神経を刺激することで、学習・記憶が成立することがわかっていました。今回、私たちは、覚醒を誘導するドーパミン神経回路を特定した結果、学習・記憶の回路と別であることがわかりました。

ショウジョウバエの睡眠研究

睡眠の研究は哺乳類で行われてきましたが、21世紀に入ってからは、昆虫であるショウジョウバエが睡眠の研究の最前線に躍り出ました。昆虫の睡眠と、私たち哺乳類の睡眠は、さまざまな点で似ています。まず、私たちと同じように、ハエも日中活動して、夜間に眠ります(概日周期による制御)。次に、本来は眠っているはずの夜間に刺激を与えて眠れないようにすると、睡眠不足が貯まって、翌日は、いつもより、たくさん寝てしまいます(睡眠量の恒常性維持機構)。また、単に目を閉じている時と、眠ってしまっている時の違いは、外部の刺激に対して反応をしなくなることです。つまり、私たちは本当に眠っていれば、そばで誰かが悪口を言っても、気がつきません。それと同じように、ハエも眠っていると考えられるときには、刺激に対する反応性が弱まっています(覚醒閾値の上昇)。このように、ハエにも、私たちの睡眠と同じような状態があったのです。

さらに、私たちが見つけた眠らない変異(眠らないのでfumin=不眠と呼びます)は、哺乳類でも覚醒制御に使われているドーパミンのシグナルが強まっているために不眠になっていることがわかりました。物質レベルでも、ショウジョウバエの睡眠は、私たちの睡眠と似ていたのです。

モザイク個体を使った覚醒を誘導するドーパミン神経の同定

図1: 覚醒を誘導するドーパミン神経(モザイク個体)
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そこで、私たちは、どのドーパミン回路が覚醒に働くのかを調べました。ショウジョウバエの脳には200個程度のドーパミン神経細胞があります。その中のたった1個か2個だけに組み替えを起こして、GFPという蛍光タンパク質と、温度が高くなると神経細胞を活性化できるTrpA1という遺伝子を発現させるようにしました。そのようなハエを、たくさん作って、温度を高めて睡眠の量を調べたところ、PPM3という部位にあるドーパミン神経が組み替えを起こしたハエ(図1)だけが、睡眠時間が短くなりました。このことは、たくさんあるドーパミン神経の中でも、この場所のものだけが、睡眠制御に関係していることを示します。また、たった一個の神経細胞の活性化だけで、一匹のハエの行動が大きく変わってしまうというのも、興味深い結果です。

受容体欠損株の部位特異的修復を用いたドーパミンの標的部位の同定

図2

図2: ドーパミン受容体欠失の部位特異的修復
受容体がないハエの脳の特定の部位にだけ受容体を復元して、ドーパミンの効果を調べたところ、扇状体に復元した時のみ、ドーパミンの効果が復活した。
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ドーパミンが作用するためには、ドーパミンを特異的に認識する受容体が必要です。ハエには5種類のドーパミン受容体がありますが、そのうちの一つ(dDA1)が、睡眠覚醒制御に重要なことがわかりました。この受容体がないハエでは、ドーパミンの目を覚ます効果がなくなってしまうのです。さらに受容体がないハエの脳の一部にだけ、再度、受容体を復活させる実験を行ったところ、扇状体という脳の中心付近にある場所に、受容体を復活させたハエでのみ、ドーパミンの目を覚ます効果も、復元することができました。ところが、記憶学習に重要とされているキノコ体という場所に受容体を復活させても、効果がありませんでした(図2)。

今後の課題

これらの結果に加えて、モザイク個体の実験で見つけたPPM3のドーパミン神経が、扇状体という部位と実際につながっていることや、脳を取り出してドーパミンをかけると、扇状体が反応することなど、他の証拠と合わせて、ドーパミンは扇状体に働いて覚醒を制御すること、その回路が記憶学習の回路とは異なることがわかりました。

この結果、覚醒と学習を別々に制御できる可能性や、これらの回路の上流・下流を調べることで、昆虫の行動の制御機構を詳細に解明できることが期待されます。

参考文献

著者: 粂 和彦・上野太郎 (熊本大学発生医学研究所)

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