2013年02月01日掲載 【ゴールで生活するアブラムシの快適な住まいづくり】

「自分の住まいを快適で機能性のあるものに」。こう考えるのは、人間も昆虫も同じです。ある種の昆虫類は、ゴール(または虫こぶ)とよばれる、植物組織を異常に増殖または変形させた、巧妙な形をした巣をつくります。ゴールは、そのゴール形成者にとっての巣であるばかりではなく、豊富な栄養供給源でもあります。今回の研究では、ゴールのそれらの役割に加えて、昆虫が出す排泄物を除去する仕組み、つまりトイレ機能を備えたゴールが存在することを、アブラムシにおいて発見しました。

アブラムシは餌として植物篩管液を吸い、排泄物として甘露を出します。甘露は糖分を豊富に含む液体で、アリとの共生関係において重要な役割を果たすことで知られていますが、ゴールという閉鎖空間で生活するアブラムシにとっては厄介な存在といえます。アブラムシが自ら排出した甘露の蓄積でおぼれ死ぬような危険性がないか、またどのような仕組みでこれが回避されているかなどについては、これまでわかっていませんでした。

図1: 様々なアブラムシのゴール
(a) モンゼンイスアブラムシのゴール。(b) ハクウンボクハナフシアブラムシのゴール。(c) エゴノネコアシアブラムシのゴール。(d) ササコナフキツノアブラムシのゴール。(a)と(c)は完全閉鎖型、(b)と(d)は開放型。
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ゴールの形は、それをつくるアブラムシの種によって大きく異なるため(図1)、アブラムシによる何らかの刺激が、植物の特殊な形態形成を引き起こしているのではないかと推測されています。モンゼンイスアブラムシNipponaphis monzeniは、イスノキという常緑樹に中空のゴールを形成して、時には2,000匹を超える個体が集団生活を営んでいます(図1a, 2a)。このゴールは開口部のない完全閉鎖型であり、ゴールが成熟して開口部が形成され、有翅型のアブラムシが飛行分散を始めるまで、少なくとも2年以上にわたり完全閉鎖のまま外部の環境から隔離されています。ところが、モンゼンイスアブラムシのゴールを調べても、死骸、脱皮殻、分泌ワックスなどの固形のゴミは存在しましたが、甘露が蓄積しているゴールはありませんでした(図2a)。ゴール内のアブラムシを人工飼料飼育系に移したところ、翌日にはアブラムシの周囲に多数の甘露滴が観察されたことから(図2b)、このアブラムシは甘露を排出するにもかかわらず、ゴール内には甘露が蓄積しないということがわかりました。

図2

図2: ゴールで生活するアブラムシ
(a) 完全閉鎖型ゴール内のモンゼンイスアブラムシ。矢印は成虫、矢じりは幼虫を示す。綿状の物質はアブラムシの固形老廃物である分泌ワックス。(b) 人工飼料飼育系に移したモンゼンイスアブラムシ。矢印は甘露。(c) 開放型ゴールをつくるハクウンボクハナフシアブラムシ。中央は甘露(矢印)を清掃する幼虫。
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そこで、排出されたアブラムシの甘露がゴール組織によって吸収されているのではないかと考え、これを確かめるために野外での操作実験をおこないました。ゴールに小さな穴をあけ、そこから蒸留水またはショ糖水を1ml注入し、穴を木工用接着剤でふさぎ、20時間後に回収して内部に残っている溶液の量を調べました。その結果、ほぼすべてのゴールで蒸留水は完全になくなり、ゴール組織に吸収されていました。また、ショ糖水も吸収されましたが、ショ糖濃度が高くなるにしたがって吸収効率が悪くなる傾向が見られました。モンゼンイスアブラムシの甘露の糖濃度を分析したところ、糖濃度は0.5%より低く、ゴールに十分吸収されるレベルでした。

一方、他種アブラムシのゴールの多くは、開口部がひとつまたは複数存在し、そこから幼虫が頭部を使って甘露球を開口部まで転がし外に捨てて、ゴール内の清潔を保っています(図2c)。ハクウンボクハナフシアブラムシTuberaphis styraciは、ハクウンボクという落葉樹に開放型ゴールをつくりますが(図1b)、同様の吸水実験を行ったところ、ゴールは水をまったく吸収しませんでした。

図3

図3: 様々なアブラムシのゴール内壁の特徴
(a), (b) ハクウンボクハナフシアブラムシのゴール(開放型)
(c), (d) モンゼンイスアブラムシのゴール(完全閉鎖型)
(e), (f) ササコナフキノツノアブラムシのゴール(開放型)
(g), (h) エゴノネコアシアブラムシのゴール(完全閉鎖型)
(a), (c), (e), (g) はゴール内壁に液をのせた時の様子(液体の色の違いに意味はない)
(b), (d), (f), (h) はゴール内壁の断面を電子顕微鏡で観察した像
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両種のゴール内壁に着目して調べたところ、開放型のハクウンボクハナフシアブラムシのゴール内壁は厚いワックス層に覆われて水をはじく性質(撥水性)を示しました(図3a、3b)。一方、完全閉鎖型のモンゼンイスアブラムシのゴール内壁表層はスポンジ状の組織構造であって水になじむ性質(親水性)を示しました(図3c、3d)。このような内壁構造の違いが、ゴールが吸水するか否かを決定しているという可能性が考えられました。

さらに、同じ植物上に形成される異なるアブラムシゴールの比較検討をおこないました。エゴノネコアシアブラムシCeratovacuna nekoashiとササコナフキツノアブラムシCeratovacuna japonicaは、いずれもエゴノキという落葉樹にゴールをつくり(図1c、1d)、同じコナフキツノアブラムシ属に分類されるなど系統的に近縁で、生態もよく似ています。重要な違いは、ササコナフキツノアブラムシのゴールは開放型なのに対して、エゴノネコアシアブラムシのゴールは完全閉鎖型という点です。また、ササコナフキツノアブラムシでは幼虫による甘露の清掃行動が見られますが、エゴノネコアシアブラムシでは見られません。

これら2種類のゴールについて同様に調べたところ、開放型のササコナフキツノアブラムシのゴールでは、内部に多くの甘露が蓄積しており、内壁は撥水性で、厚いワックス層で覆われていました(図3e、3f)。一方、完全閉鎖型のエゴノネコアシアブラムシのゴールでは、内部に甘露が蓄積せず、内壁は親水性で、スポンジ状の表層構造でした(図3g、3h)。さらに、エゴノネコアシアブラムシの完全閉鎖型ゴールに水を注入したところ、すみやかに吸収されました。これらの結果より、ゴールの吸水性は、植物の種によって決まっているのではなく、ゴールをつくるアブラムシの種によって決定されると考えられます。しかも、完全閉鎖型ゴールは吸水し、開放型ゴールは吸水しないというパターンが明らかになりました。

生態学的な観点からいうと、開放型ゴールは外敵の侵入を受けやすいという欠点がある一方で、甘露を外に捨てることでゴール内部の衛生状態を保つことができる利点があります。それに対して、完全閉鎖型ゴールは外敵に侵入されにくいという利点がある一方で、甘露を外に捨てることができないという衛生的な欠点があります。そこで完全閉鎖型ゴールをつくるアブラムシは、ゴール内壁に吸水性をもたせることにより、この衛生的な問題を解決したと考えられます。今回調べた範囲では、完全閉鎖型ゴールはすべて吸水性を示したことから、おそらく両者は切り離すことができない形質であり、これにより、長期にわたる閉鎖空間での「巣ごもり」生活が可能になったと考えられます。

参考文献

著者: 沓掛磨也子 (産業技術総合研究所)

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