2012年12月28日掲載 【ショウジョウバエは栄養のことを考えて食べる】

生物は、エネルギー源としての炭水化物や脂質、体を構成するタンパク質など、様々な栄養物質を外界から摂取して生きていかなければなりません。しかも、暴飲暴食が体に良くないように、おいしいものを好きなだけ食べていてはだめで、各種栄養素を正しいバランスで摂食することが健康的な生活を送るには重要です。人間は栄養学の知識を学んで食事バランスを考えます。つまり、本能的に適切な食生活を送ることができないのです。だからこそ、「○○が健康に良い」という誤った情報にも踊らされるのでしょう。では、野生動物はどうでしょうか。私たちは、ショウジョウバエが不足した栄養素を補うように食の好みを変化させる能力を持っていることを明らかにしました(Toshima and Tanimura, 2012)。

体内で合成できない必須アミノ酸

アミノ酸はタンパク源として重要な栄養素であり、特に生体で生合成できない必須アミノ酸は外界から摂取する必要があります。人間では9種類の必須アミノ酸がありますが、ショウジョウバエはそれらに一つを加えて10種類と言われています(Sang and King, 1961)。研究室では、アミノ酸源としてのイーストやエネルギー源となる糖などを寒天で固めた培地でショウジョウバエを飼育しています。ショウジョウバエの成虫はアミノ酸がなくても生きることができます(例えばサーカディアンリズムの測定のために、1匹のハエをチャンバーに閉じ込めて活動度を測定する時には、エサとしてグルコースだけを与えますが、暗闇で何週間も正確なリズムをもって活動します)。しかし、糖だけの食事ではメスはほとんど卵が産めなくなってしまいます。体の割に大きな卵を一日に数十個も産むメスにとって、タンパク源を補給することは必須です。

図1

図1: A) 2者選択嗜好実験: ろ紙に溶液を染み込ませてシャーレに並べ、そこにハエを入れて溶液を摂食させる。溶液は食用色素で色をつけてある。B) 溶液を摂食して腹部に色がついたハエ。ショウジョウバエは体色が薄いため、体内の溶液の色が透けて見える。アミノ酸を食べたハエ、グルコースを食べたハエ、両方食べたハエ、食べていないハエに分類できる。
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糖かアミノ酸、どちらを食べるか?

では、アミノ酸を欠乏したハエはアミノ酸を探して食べるようになるのでしょうか。そのことを知るために私たちは、2者選択嗜好実験を用いて、ハエにグルコース溶液とアミノ酸混合溶液を提示したときに、どちらの溶液を選んで摂食するかを赤青の食用色素を用いて調べました(図1)。このような摂食実験を行うときには、事前に絶食させて空腹状態のハエを用いることが普通ですが、私たちは絶食を行わずにテストしました。通常の培地で育てられたハエはあらゆる栄養素に満足しているため、グルコースに対してもアミノ酸に対しても、ほとんど摂食行動を示しませんでした。ところが、羽化後からグルコースしか食べずに飼育されたハエは、アミノ酸を選ぶ割合が有意に上昇しました。グルコースを選ぶハエの割合には差が見られなかったことから、グルコース培地で育ったハエが、単に空腹で摂食量を増やしているわけではなく、不足している栄養素であるアミノ酸を選んで摂食していることがわかります。糖で満腹状態のハエが、自らが不足している栄養素に対しては摂食行動を起こすということは大きな発見でした。

今後の課題

ところで、人間は"うま味"受容体でアミノ酸の一種であるグルタミン酸を受容していますが、ショウジョウバエがアミノ酸の受容体を持っているのかはわかっていません。上記の実験でショウジョウバエがアミノ酸混合溶液を摂食することはわかりましたが、では20種類のアミノ酸のうちどれを感じているのでしょうか。ひとつひとつのアミノ酸について2者選択嗜好実験を行ったところ、フェニルアラニンやシステインなどいくつかのアミノ酸に対して、不足状態で大きく好みを変えることがわかりました。しかし、ハエが好むアミノ酸が必ずしも必須アミノ酸ではなく、アミノ酸の構造や化学的性質などの共通点も見られませんでした。今後の研究で、アミノ酸の受容体分子がわかればハエが好むアミノ酸の謎が明らかになるかもしれません。

おわりに

ショウジョウバエのアミノ酸摂食行動はこれまでほとんど研究されてきませんでしたが、今回私たちは、ショウジョウバエが体内のアミノ酸レベルに応じてアミノ酸を選択的に摂食していることを明らかにしました。今後はアミノ酸の受容機構を解明するとともに、ショウジョウバエがいかにして体内の栄養不足を感知し、摂食行動の調節へとつなげているのかを研究する必要があります。ショウジョウバエのような昆虫でも、小さな脳を使って考えて食べ、生きているのです。人間が持っていない特殊な能力を、ハエがどのようにして発揮しているのか。それを研究して明らかにするのがとても楽しみです。

引用文献

著者: 利嶋奈緒子・谷村禎一 (九州大学大学院・理学研究院)

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