2012年12月25日掲載 【「出ておいで」 卵の中の子を呼ぶお母さんカメムシ】

卵塊から一斉に孵化する幼虫たち。彼らはどのようにして、自身の孵化のタイミングを知るのでしょうか。昆虫の親のなかには、産卵後に卵を保護し、孵化を様々な方法で手助けするものがいます。ここでは、お母さんカメムシの一斉孵化を呼びかける振動シグナルについて紹介します。

はじめに

砂浜からウミガメの子が、あるいは卵嚢からカマキリの幼虫が、一斉に出てくる様子をどこかでご覧になったことがあるかもしれません。このように複数の卵を一度に産む動物のなかには、ブルード(親が一度に産む子の集団)全体が一斉に孵化するものがいます。しかし、卵の中に存在しながら、胚(子)はどのようにして同時に孵化するタイミングを知ることができるのでしょうか。

この謎を解き明かすために、多くの研究者が動物の一斉孵化の仕組みについて研究してきました。親が卵を産みっ放しにする単独性の種では、同じブルードの兄弟が孵化した時や捕食者が近づいた時に発生する接触刺激や、温度や光環境などの急激な変化による刺激により、一斉孵化が導かれます。その一方で、親が卵に付き添い世話をする社会性の種では、一斉孵化の仕組みはさらに複雑です。例えば、親鳥が卵を嘴で優しくつついて殻を取り除く行動やクモが卵嚢を破る行動など、一斉孵化に関係があると思われる親の行動は数多く知られていますが、孵化を制御する刺激が何であるのかを実際に特定した研究例は数えるほどしかありません。

フタボシツチカメムシの一斉孵化

図1: フタボシツチカメムシの卵保護および孵化
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亜社会性ツチカメムシ類は、栄養卵の産生、卵の保護、幼虫の保護、随時給餌といった極めて複雑な社会性を獲得したグループのひとつです。ツチカメムシ科に属するフタボシツチカメムシは、体長5ミリメートルほどの小さなカメムシですが、近縁種とよく似た繁殖生態を私たちに見せてくれます。雌親は、草原の地表面の窪みなどに営巣し、巣内で75個ほどの卵からなる球状の卵塊を作ります(図1a)。卵が孵化するまでのおよそ1週間、雌親は卵塊を抱きかかえるようにしてアリなどの捕食者から保護します。受精卵がピンクに色づき、卵の中に胚の眼をはっきりと確認することができるようになると、孵化はもう目前です。

フタボシツチカメムシの孵化の瞬間を目の当たりにした私たちは、ブルード全体が驚くほど斉一に孵化することを発見しました。ブルード内のほぼ全ての胚は、一斉に卵殻を破って頭を出し(図1b)、15分以内には体全体が卵殻から脱出しました(図1c)。それから5分後、歩行できるようになった幼虫は、雌親や空になった卵殻に群がりました(図1d)。孵化開始から30分後には、雌親が幼虫の餌として産み落とした栄養卵を吸汁する様子が見られました(図1e,赤色の矢印が栄養卵)。

これまでのいくつかの研究例によると、一斉孵化を示す社会性の節足動物の親は、孵化を誘導する刺激を胚に与えているようです。この刺激は、化学的刺激と物理的刺激の2タイプに分類することができます。化学刺激による孵化の代表例は、イワガニ科の仲間などで報告されています。雌親は、孵化の直前に孵化活性物質と呼ばれる物質を分泌し、胚の孵化を誘導します。それに対して、スナガニ科の仲間やイワガニ科の別の種では、雌親の腹部のポンピングによる物理刺激が重要な役割を果たしています。ポンピング行動により発生した気泡が卵に衝突することで胚は一斉に孵化します。フタボシツチカメムシでは、どのような刺激が一斉孵化を誘導しているのでしょうか? 他の社会性の節足動物のように、雌親が何らかの刺激を与えているのでしょうか?

雌親の振動が一斉孵化を誘導する

図2

図2: 雌親による振動行動の経時的変化
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孵化直前の卵塊を抱えた雌親の行動を、さらに詳しく観察してみます。すると、なんと観察したすべての雌親が、ある瞬間から突然体を激しく振動させることがわかりました(動画)。雌親は、卵保護時の姿勢を維持したまま、前脚と中脚で卵塊を支えながら繰り返し振動を行います。振動が開始されてから徐々にその頻度は増加していき、ピークに達するおよそ8分後には1分間に50回近くもの振動が観察されました(図2)。そして、まるで雌親の激しい振動に呼応するかのように、振動ピーク前後に胚が一斉に孵化し始めたのです。

図3

図3: 雌親の存在が孵化パターンに及ぼす影響
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雌親が卵塊に与えるこの振動が、一斉孵化の刺激となっているのかどうかを明らかにするため、私たちはまず、雌親に抱かせた卵塊(対照区)と、孵化直前に雌親を除去して振動を受けることができない卵塊(雌親除去区)において孵化のパターンに違いが見られるか調べました。1匹目の幼虫が孵化してから5分毎に孵化幼虫数を数えていくと、対照区では、孵化率が15分後に既に90%以上に達するという、極めて斉一な孵化がみられます。その一方で、雌親除去区では、孵化は著しくばらつくことが明らかになりました(図3)。さらに私たちは、振動そのものの効果を検証するために、雌親を除去した卵塊に人工的な振動を与え、その孵化パターンを調査する実験を行いました(人工振動処理区)。コードレスモーターを使用して、カメムシの雌の標本を卵塊に付着させて15分間振動させました。その結果、人工振動処理区では、孵化開始から30分後に胚の孵化率は70%以上に達し、雌親除去区に比べて顕著な一斉孵化が観察されました(図3)。これらの結果は、雌親が発する振動による物理的刺激が、幼虫の一斉孵化を誘導することを示しています。フタボシツチカメムシの雌親は、卵の中に存在する胚に、「もう出ておいで」と振動を使って呼びかけているのです。

おわりに

こうして私たちは、昆虫の親が一斉孵化のために胚を振動させるという事実を明らかにしました。フタボシツチカメムシのように、卵塊を直接的に振動して孵化タイミングを調節する動物は、これまでに全く報告されていません。振動をシグナルとして用いる独特な仕組みを、カメムシはどのようにして獲得したのでしょうか。近年、同じ亜社会性ツチカメムシ類に属するベニツチカメムシにおいても、極めて斉一な孵化が確認されています。これら近縁種も含めて、様々な昆虫について孵化を制御する刺激を明らかにし、その刺激が孵化を誘導する仕組みを解明することで、ある特定の刺激が利用されるまでの進化プロセスを明らかにできるのではないかと考えています。

また、なぜ一斉に孵化しなければならないのかという点も残る大きな謎です。実は、一斉に孵化する動物が存在する一方で、ほぼ同時に卵を複数産みながらも孵化が著しくばらつく動物も多く存在します。例えば、晩成性と呼ばれる性質をもつ鳥類や一部の亜社会性昆虫では、孵化が非斉一であり、これは親が意図的に孵化をばらつかせていると考えられています。これらの種では、非斉一的な孵化様式の適応的意義について詳しく研究がなされてきました。しかし、その一方で、社会性の種が示す一斉孵化がどのような適応的意義をもつのかについてはほとんどわかっていません。今後、フタボシツチカメムシのように顕著な一斉孵化を示す動物の孵化様式の適応的意義を明らかにしていくことで、孵化を斉一化させるか、非斉一化させるか、という動物の孵化戦略の進化の全貌が明らかになっていくことでしょう。

「孵化」の瞬間は唐突に訪れます。であるがゆえに、孵化という現象はこれまで、見過ごされがちであったかもしれません。しかし、その瞬間に改めて目を向けてみると、そこでは、小さくて地味なカメムシの姿からは想像し得ない、驚きと感動に満ちた親の世話が存在することが明らかになりました。フタボシツチカメムシの親と胚の間の振動シグナルによるやり取りの発見は、そんな一瞬にも、虫たちの巧みなコミュニケーションがあることを、お母さんの愛情がみられることを、私たちに教えてくれるのです。

参考文献

著者: 向井裕美 (鹿児島大学大学院連合農学研究科)・弘中満太郎 (浜松医科大学医学部)

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