2012年08月09日掲載 【森と川をつなぐ細い糸】

森が育む陸生昆虫類は、渓流に棲むサケ科魚類の重要な餌資源となり、ひいては河川生態系全体に大きな影響を及ぼします。これまで、多くの研究が陸生昆虫類は川に「落下する」という暗黙の仮定をしてきました。様々な形態や行動様式をもつ陸生昆虫類は本当に、単純に川に落下しているのでしょうか? 私たちの研究から、寄生虫による宿主の行動操作が、森と川の生態系をつなぐ重要な役割を果たしていることが明らかになってきました。

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図1: ハリガネムシ(Gordionus sp.)に寄生されていたカマドウマ(Diestrammena sp.)
水域で生まれるハリガネムシ類は、水生昆虫類の幼生を待機宿主として利用し、水生昆虫類の羽化に伴って陸域に移動する。水生昆虫の成虫がカマドウマ類等の陸生昆虫類に補食されることで宿主を変え、終宿主の体内で成長した後、水域で産卵するために、宿主の行動を操作して水に飛び込ませる
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私は、サケ科魚類が夏から秋にかけて、カマドウマやキリギリス類を大量に捕食していることに着想を得て、ハリガネムシ(類線形虫類)という寄生虫(図1)が、宿主であるカマドウマ・キリギリス類の行動を操作して河川に飛び込ませることで、渓流魚に大きな餌資源をもたらしていることを発見しました(Sato et al. 2008)。この現象は、少なくとも紀伊半島周辺の渓流域に広くみられ(Sato et al. 2011a)、カマドウマ・キリギリス類がイワナ個体群の年間総摂取エネルギー量の6割を占める河川もありました(Sato et al. 2011b)。

そこで、京都大学フィールド科学教育研究センター和歌山研究林の小河川において、河川に飛び込むカマドウマ類(Diestrammena spp.)の量を人為的に操作する大規模な野外操作実験を行いました。具体的には、既存のデータをもとに、(1) 毎晩カマドウマ類を河川に投入する試験区、(2) 川岸に張り巡らせた防虫ネットと水盤トラップによって、カマドウマ類の河川への流入のみを抑制する試験区、および(3) ビニールハウスによって、すべての陸生昆虫類の河川への流入を抑制する試験区をそれぞれ4繰り返しずつ、2つの河川にランダムに設定しました(図2)。1と2、および2と3の試験区を比較することで、カマドウマ類が河川に飛び込むこと(寄生者の生態学的役割)の重要性を、他の陸生昆虫類の流入から分離して検証しました。

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図2: 野外操作実験の試験地 (Sato et al., 2012 Ecology Letters より改訂・引用)
a: カマドウマの流入を抑制するための防虫ネット
b: 防虫ネットの周辺に設置した水盤トラップ
c: 水盤トラップに飛び込んだカマドウマとそこから脱出中のハリガネムシ。カマドウマ類には翅がないため、行動操作により河川に誘導された個体は防虫ネットに移動を妨げられ、付近にある水盤トラップに飛び込んでいた
d: すべての陸生昆虫類の流入を抑制するためのビニールハウス
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その結果、カマドウマの飛び込み量が抑制されただけでも、アマゴ(Oncorhynchus masou ishikawae)は河川の底生動物類への捕食圧を増大させました。ヒラタカゲロウ科(Heptageniidae)やコカゲロウ科(Baetidae)といった藻類食者が減少することで、付着藻類の現存量は増大しました(図3参照)。一方、ヨコエビ科(Gammaridae)やカクツツトビケラ科(Lepidostomatidae)といった落葉破砕者も減少し、落葉破砕速度が低下する傾向がみられました(図3参照)。すなわち本研究は、ハリガネムシ類によるカマドウマ類の河川への誘導が間接的に、その時期における河川の生物群集やさらには生態系の機能にまで影響することを実証しました(Sato et al. 2012)。

ハリガネムシ類は世界中に生息しており、その種数は2,000種を超えるとも言われています(Poinar 2008)。今後は、ハリガネムシ類の多様性がどのように維持されているのか?寄生虫の多様性は宿主との関係を通して、森と川をつなぐエネルギー流の量や期間、タイミングなどと関係しているのか?近年問題になっている日本の森林管理はハリガネムシ類を含む複雑な生物間相互作用にどのような影響を及ぼすのか?といったことを紐解いていければと考えています。

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図3: 寄生者が繋ぐ森林-河川生態系
ハリガネムシ類が引き起こす森から川へのエネルギー流は、渓流魚の年間総エネルギー消費量の60%を占める場合のある(Sato et al., 2011a)。本研究では、このような寄生者介在型のエネルギー流を人為的に抑制すると、渓流魚による水生昆虫類への捕食圧が増大し、その影響が河川生態系全体に波及することを実証した(Sato et al., 2012 Ecology Letters より改訂・引用)
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寄生者は自然界に普遍的に存在し、地球上の全生物種の半数以上を占めるとも言われています。一方、昆虫類は節足動物の中でも最大の多様性をほこる分類群であり、様々なやり方で他の生物に寄生したり、されたりしています(Libersat et al. 2009)。そのような昆虫類もまた、生態系の中でひそかに、しかし重要な役割を担っているかもしれません。

引用文献

  • Libersat, F., Delago, A., Gal, R. (2009) Manipulation of host behavior by parasitic insects and insect parasites. Annual Review of Entomology 54: 189-207.
  • Poinar, G.O. (2008) Global diversity of hairworms (Nematomorpha: Gordiaceae) in freshwater. Hydrobiologia 595: 79-83
  • Sato, T., Arizono, M., Sone, R., Harada, Y. (2008) Parasite-mediated allochthonous input: Do hairworms enhance subsidized predation of stream salmonids on crickets? Canadian Journal of Zoology 86: 231-235
  • Sato, T., Watanabe, K., Tokuchi, N., Kamauchi, H., Harada, Y., Lafferty, K.D. (2011a) A nematomorph parasite explains variation in terrestrial subsidies to trout streams in Japan. Oikos 120: 1595-1599
  • Sato, T., Watanabe, K., Kanaiwa, M., Niizuma, Y., Harada, Y., Lafferty, K.D. (2011b) Nematomorph parasites drive energy flow through a riparian ecosystem. Ecology 92: 201-207
  • Sato, T., Egusa, T., Fukushima, K., Oda, T., Ohte, N., Tokuchi, N., Watanabe, K., Kanaiwa, M., Murakami, I., Lafferty, K.D. (2012) Nematomorph parasites indirectly alter the food web and ecosystem function of streams through behavioural manipulation of their cricket hosts. Ecology Letters 15: 786-793

著者: 佐藤拓哉 (京都大学白眉センター)

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