2012年06月27日掲載 【腸内細菌で殺虫剤に強くなる!?】

これまでに500種類以上の害虫において殺虫剤抵抗性が報告されており、世界的にも大きな問題となっています。このような殺虫剤抵抗性は、従来「昆虫自身の遺伝子によって決まるもの」とごく当たり前のように考えられてきました。しかし、どうやらそうとも限らないようです。筆者らの最近の研究から、昆虫の体の中に棲む腸内共生細菌が殺虫剤抵抗性に大きく関わることが明らかになってきました。

図1: ホソヘリカメムシの消化管と共生器官の拡大像

図1: ホソヘリカメムシの消化管と共生器官の拡大像。共生器官には多数の盲嚢(△で示す)が発達する。Kikuchi et al., 2012を改変。
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ダイズの害虫として知られるホソヘリカメムシ(Riptortus pedestris)は消化管に盲嚢(もうのう)と呼ばれる袋状組織を多数発達させており、その中にバークホルデリア(Burkholderia)属の細菌を共生させています(図1)。共生細菌がいないとカメムシの体サイズや産卵数が低下することから、共生細菌はカメムシにとって重要なパートナーであると考えられます。筆者らのこれまでの研究から、このカメムシは共生細菌の母子間伝達を行わず、代わりに孵化幼虫が環境土壌中に生息するバークホルデリアを獲得して消化管内に共生させることが分かってきました(詳しくはコラム「ホソヘリカメムシのプロバイオティクス」参照)。

図2: フェニトロチオン含有培地上におけるバークホルデリアの分解活性

図2: フェニトロチオン含有培地上におけるバークホルデリアの分解活性。分解菌のコロニー周辺はフェニトロチオンが分解されることで透明化する。Kikuchi et al., 2012を改変。
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ホソヘリカメムシの共生細菌は土壌細菌の一種で、農耕地にも普通に見られます。筆者らは農耕地土壌中のバークホルデリア共生細菌を調査する過程で、単離されたバークホルデリア系統の中に有機リン系殺虫剤であるフェニトロチオンを分解するものが多数含まれることを発見しました(図2)。驚くべきことに、このフェニトロチオン分解菌を感染させたカメムシは非分解性の共生細菌を感染させたカメムシに比べて殺虫剤抵抗性が大幅に上昇していました(図3)。つまり、殺虫剤分解菌を取り込んだだけでホソヘリカメムシが殺虫剤抵抗性になってしまったのです。

図3: フェニトロチオン処理した場合のホソヘリカメムシの生存率

図3: フェニトロチオン処理した場合のホソヘリカメムシの生存率。フェニトロチオン分解菌を感染させた場合(赤)と非分解菌を感染させた場合(青)で生存率が大きく異なる。Kikuchi et al., 2012を改変。
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フェニトロチオン分解菌はフェニトロチオンを餌にして増殖することができます。実験室内で畑の土にフェニトロチオンを連続散布してみたところ、そこから単離された土壌細菌の実に80%以上がフェニトロチオン分解菌で占められていました。試しにこの土の上でカメムシを飼育したところ、なんと90%以上の個体が分解菌を保持していました。コントロールとして蒸留水を散布した土壌ではフェニトロチオン分解菌は検出限界値以下の密度であり、そのような土でカメムシを飼育しても分解菌の感染はまったく見られませんでした。これらの結果は、農耕地における殺虫剤散布は害虫自身のみならず土壌中の殺虫剤分解菌にも影響を及ぼし、これによって共生細菌を介した害虫の殺虫剤抵抗性発達が促進される可能性を示唆しています。

ひと掬いの土の中にどれほどの微生物が棲んでいるのか、正確に答えられる研究者はまだいません。土壌微生物はそれほど複雑で、その生態についてもまだまだ謎だらけです。実際の農耕地ではどのような微生物動態が見られ、それがどのように害虫の殺虫剤抵抗性に影響するのか?微生物の生き様と昆虫の生き様を交互に眺めながら、今後明らかにしていきたいと思います。

参考文献・サイト

著者: 菊池義智 (産総研北海道センター)

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