2010年12月13日掲載 【兵隊を持つ寄生蜂】

兵隊カーストは防衛に専念するように特殊化した階級で、アリやシロアリなど社会性昆虫でよく知られていますが、「多胚性寄生蜂」といって、1つの卵から多数の成虫を発達させる寄生蜂のなかにも兵隊カーストを持つものが明らかになっています。今回は、「多胚性寄生蜂」が同じ寄主に侵入してきた別の寄生蜂に対して、兵隊カーストを増員して攻撃し、多数の仲間を守る現象を紹介します。

はじめに

兵隊カーストはコロニーのなかで防衛に専念するように特殊化した階級です。アリやシロアリなど社会性昆虫で古くから知られていますが、社会性のアブラムシやアザミウマ、さらには寄生蜂のなかにも兵隊を持つものが知られるようになっています。寄生蜂とは他の昆虫に寄生してその体内で栄養を搾取して発育をおこなうハチのことで、寄生者(パラサイト)という点では人や動物の寄生虫と同じです。けれども寄生蜂の場合には最終的に寄主を食いつくしてしまいますので、一般的な寄生者とは様子が少し違います。兵隊を持つ寄生蜂は、「多胚性寄生蜂」といって1つの卵から多数の成虫を発達させるトビコバチ科の寄生蜂のなかにいます。

多胚性寄生蜂とは

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図1: キンウワバトビコバチの発生様式
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一つの卵から2個以上の胚が生じ、それぞれが個体として発達するものを「多胚生殖」といいます。身近なところではヒトの一卵性双生児がそうです。この場合には双子発生率はわずか0.3%程度で、しかも胚が2個になる時期も一定ではないため、ヒトを多胚性とはいいません。哺乳類で多胚性なのはココノオビアルマジロただ1種で、常に一卵性の四つ子を産みます。昆虫では、膜翅目(ハチ目)のコマユバチ科、トビコバチ科、ハラビロクロバチ科、カマバチ科に多胚生殖をするものがいるほか、ネジレバネ目でも1種見つかっています。いずれも寄生性の昆虫です。1卵から作られる胚子の数は20から40程度のものが多いのですが、例外として私たちが研究しているキンウワバトビコバチCopidosoma floridanumは、1卵から2,000頭以上の成虫が誕生します(岩淵、1993)。この寄生蜂は、寄主となるキンウワバ類のガの卵に産卵した1個の卵が発生の過程で多胚となり、寄主が終齢幼虫になった時にそれぞれの胚は幼虫となります(図1)。この時、寄主の体内がおびただしい数のハチの幼虫で充満し、そのため寄主は死に至ります。ハチはその後、寄主の中で蛹となり、やがて成虫となってミイラ化した寄主から一斉に羽化してきます。モンシロチョウの寄生蜂アオムシコマユバチなどでも一匹の寄主から多数のハチ幼虫が出現しますが、この場合には最初から多数の卵が産卵されていて、各卵からは1匹の幼虫しか発達しないので多胚性とはいいません。

多胚性寄生蜂の兵隊幼虫

写真1: キンウワバトビコバチの繁殖型幼虫(左)と兵隊幼虫(右)
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トビコバチ科の多胚性寄生蜂に2タイプの形態の異なる幼虫がいることは、およそ1世紀前から知られていました。これらのハチでは、胚子の増殖は寄主幼虫が終齢の一つ前の齢になるまで続いていて、終齢になって一斉に幼虫になります。ところが寄主が若齢のころから出現する、形態的に明らかに普通とは異なる細長い幼虫が存在します。この幼虫は早熟幼虫(precocious larva)と呼ばれ、当初から蛹にならずに幼虫までで生涯を閉じることはわかっていました。1981年にCruzが他の寄生蜂幼虫に対する攻撃を観察したことで、これが兵隊幼虫であることが初めて明らかとなりました(写真1)。

キンウワバトビコバチの雌の兵隊幼虫と雄の兵隊幼虫

多くの寄生蜂と同様に、このハチも半倍数性の性決定様式をとります。すなわち、交尾した雌は雌になる卵を産み、未交尾の雌は雄になる卵(半数体)を産みます。多胚性ですから、寄主の体内では、前者は雌の集団、後者は雄の集団となります。本種の兵隊幼虫は、雌雄とも、早いものでは寄生4日目には現れ、その後寄主の発育とともに数が増え、途中で死ぬものがあるため正確な数字ではありませんが、全幼虫数のおよそ10%が兵隊幼虫になります。成虫まで発育する繁殖型幼虫と兵隊幼虫とは形態も発育のしかたも異なりますが、両方とも1個の同じ卵からできるので、遺伝的には全く同一のものです。どちらの幼虫になるか、その運命決定は卵割の初期に起こり、細胞質に生殖質を持つ細胞が生殖細胞に運命決定され、その細胞を含む胚子が繁殖型幼虫、含まない胚子が兵隊幼虫になります。

兵隊幼虫の攻撃行動

写真2: コマユバチ幼虫にかみついている兵隊幼虫
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キンウワバトビコバチの兵隊幼虫が確かに兵隊であると確認できたのは比較的最近のことです。確認が遅れたのには理由があります。他種の寄生蜂との競争関係が生じるのは寄主の体内、すなわち無菌の血液の中です。そのため、細胞培養用の液体培地の中で調べることになるのですが、条件設定に時間がかかるのです。種々の寄生蜂について調べたところ、どの寄生蜂に対しても兵隊幼虫は攻撃をしかけますが、開始までには数十分かかりました。攻撃行動は、相手に瞬間的に噛みつくことで始まります。そして一旦噛み付くと、相手の動きはすぐに止まり体は萎縮しますが、10分間以上執拗にかみ続けます(写真2)。この行動は寄生蜂の種類には関係なく幼虫に対して行なわれますが、卵には攻撃しません。また、兵隊幼虫の雌雄では行動に違いがあり、雄の兵隊幼虫はなかなか攻撃しようとせず、しかし一旦始まると、いつまでもかみ続け、次の競争相手に向かおうとはしません。すなわち、雌の兵隊幼虫と雄の兵隊幼虫とでは行動に差異があることになります。このような差異は米国のキンウワバトビコバチでも報告され、雄はほとんど攻撃しないそうです。

兵隊幼虫の増員

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図2: コマユバチとの競争時における兵隊幼虫の増員と繁殖型幼虫の減少
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同一の宿主にコマユバチ科寄生蜂が後から寄生してきた場合、そのハチとの間には資源をめぐる種間競争が生じることが予想されます。実際、キンウワバトビコバチには寄主を同じくする数種の寄生蜂がいます。そこでそれの寄生蜂を使って調べてみると、どの組み合わせでもキンウワバトビコバチが勝ちます。そして競争者排除には兵隊幼虫が使われます。さらに、コマユバチが寄生すると、兵隊幼虫の数を数日間で2倍に増員して対抗することがわかりました(図2上)。興味深いことにこの現象は雌に限られ、雄では兵隊幼虫の増員は起こりません。一方、兵隊幼虫が増員されれば、それに伴う影響を考える必要があります。実際に調べてみますと、兵隊幼虫の増員によって繁殖型幼虫の数が半減することがわかります(図2下)。防御の増強は繁殖の一部を犠牲にして行なわれたものといえます。現在、この現象についてメカニズムと行動生態学の両面から調べています。

雌と雄における兵隊幼虫の発達

兵隊幼虫は、仲間の集団を競争相手から守り、自らは子を残さずに死にます。1匹の寄主体内の各幼虫は1つの卵から生じたものであり、遺伝子型は全く同じなので血縁度は1になります。兵隊幼虫の利他性は、こうした高い血縁度のもとで防御による利益が存在したために進化したものと想像されます。兵隊個体は多くの社会性昆虫で見られますが、アリの兵隊個体はワーカーと同じく雌であり、シロアリやアブラムシ、アザミウマの兵隊個体は成虫になれない特殊化した幼虫で雌雄両方がいます。キンウワバトビコバチはアリと同じ膜翅目昆虫ですが、兵隊個体は特殊化した幼虫で、雌雄両方に存在することからも後者に似ています。しかし、キンウワバトビコバチの兵隊幼虫には、雌と雄とで競争相手に対する行動や増員に大きな差異があるという特徴があります。このような兵隊個体の性差がなぜ本種で発達したのか、この謎解きに日夜挑戦しています。

むすび

今回はキンウワバトビコバチの兵隊幼虫が競争相手に対して増員して撃退するという現象をご紹介しました。寄生蜂で兵隊幼虫をもつものは少なく、雌雄で兵隊幼虫の性質に違いがあることも珍しい現象です。そもそも、その前提となる多胚生殖そのものがこのハチの奇妙なところともいえます。さらにこのハチでは寄主体内への侵入においても例外的な様式をとります。はたしてこれらの現象はそれぞれ独立に発達してきたのでしょうか。いずれにしてもここには生物学上重要な課題が含まれています。昆虫は最も多様性のある動物ですから、このハチに限らず生命現象の解明に役立つものがまだまだ隠されているのではないかと思います。

引用文献

  • 岩淵喜久男 (1993) 多胚性寄生蜂の胚子発生. 遺伝 47(10): 71-76, 口絵.

著者: 岩淵喜久男・宇賀大祐 (東京農工大学大学院農学府応用昆虫学研究室)

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