2012年03月08日掲載 【ヤマトアシナガバチの社会(1) 慎み深い女王】

アシナガバチ亜科 (Polistinae) のコロニーのほとんどは、分封によって新コロニーを作る熱帯に生息するグループを除いて、1頭の女王と多くても100頭前後(多くは数十以下)の働き蜂からなる。コロニー構成メンバーの間には、噛みつき、突進、翅振動などの優位行動と呼ばれる攻撃あるいは威圧行動によって決まる社会的優劣順位が存在する。また、多くの種において、優劣順位の上位個体ほど、あるいは、女王のみが、歩行しながら腹部を左右に振ること(尻振り行動)が知られている。これまでの研究によって、その優劣順位の最上位に女王がいること、そして、女王は、産卵を独占するだけでなく、コロニーが必要なそのときどきの餌量に応じて働き蜂に外役を促すと考えられてきた。後者については、最近必ずしもそうでないという報告が出てきたが、前者については1種の例外(Ropalidia marginata)を除いてそれを否定する報告はない。しかし、アシナガバチ亜科には現在1,000種近くが含まれるが、優劣順位が調べられたのは、わずか19種で、果たして、これまで考えられてきた社会構造が全てのアシナガバチに当てはまるかどうかの保証はない。私たちは、日本では比較的珍しい種であるヤマトアシナガバチ(Polistes japonicus Saussure、以下ヤマト、図1)を野外に設けた屋根付き網室で飼育し、ヤマトが、従来考えられていたアシナガバチの社会とはかなり異なることを発見した。今回から数回にわたって、ヤマトの興味有る社会を紹介する。

図1: ヤマトアシナガバチのコロニー

図1: ヤマトアシナガバチのコロニー。中央のマークがない個体が創設女王、左上の顔面と頭楯が黄色の個体と右下の奥にいる個体はオス、残りは働き蜂 (石川善大撮影)
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ヤマトの働き蜂数は、多くても10数頭である。便宜的に最初の働き蜂が羽化してから8日目までに羽化した個体を第1ブルード、8日目以降羽化の働き蜂を第2ブルードと名付けた。第1ブルード最終個体羽化から第2ブルード羽化開始前日までを第1ブルード期(以降F期)、第2ブルード働き蜂が全て羽化してから繁殖虫が羽化するまでを混合ブルード期(以降M期)と名付けた。

創設女王がいる場合は、産卵を創設女王がほぼ独占して行った。また、尻振り行動をするのは女王にほぼ限られた。社会的優劣順位は、コロニー構成員について考えられる全ての対について、対戦表をつくり推定した。優位行動を行った方が勝ち、受けた方が負けとして、その対について勝ち数が多い方が優位者、少ない方が劣位者とした。対象個体の順位は、その個体より劣位な個体が多いほど優劣順位が上位とした。これまでのアシナガバチの優劣順位を調べた研究から、最上位個体(通常女王)は以下の様な特徴を持っていることが報告されている。(1)全ての個体に対して優位である。(2)どの働き蜂よりも優位行動を最も頻繁に行う。(3)働き蜂の中の最優位個体に対して優位行動を最も頻繁に行う。ヤマトにおいては、これらの特徴が、F期には一部しか見られず、M期においては全く見られなかった。特に、M期では、創設女王は優位行動を優位働き蜂群(主に第2ブルード)に対してほとんど行わず、劣位働き蜂群(主に第1ブルード)に対し頻繁に行った(図2)。そのため、女王の優劣順位は不明瞭となった。

図2: 3つのコロニーで見られたM期における女王が各働き蜂に示した優位行動頻度

図2: 3つのコロニーで見られたM期における女王が各働き蜂に示した優位行動頻度。
Ishikawa et al. (2011)を改変
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図3: 女王の尻振り行動頻度の日変化

図3: 女王の尻振り行動頻度の日変化。
Ishikawa et al. (2011)を改変
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観察した5巣中2巣で、繁殖虫羽化前に、創設女王が消失した。これらの巣では、働き蜂の中で最優位個体が、社会的優劣順位でトップを保ち、産卵を頻繁に行った。しかし、他の少数の働き蜂も女王位継承個体よりは少ないが少数の卵を産んだ。興味有ることに、消失創設女王の尻振り頻度(/h)は、巣の発達とともに減少したのに対し、消失しなかった創設女王は、初期の頻度を最後まで保った(図3)。これは、尻振り行動が女王の元気さを示す指標であり、これが正直な信号(honest signal)の役割を果たしている可能性がある。また、女王位承個体は、継承後、尻振り頻度を増加させたが、元の女王に比べて著しく少なかった。これが、他の働き蜂の産卵を許すことになったのかも知れない。尻振り行動によって巣が振動するようなことは起きなかったため、働き蜂が尻振り頻度を認知することは、難しいと考えられる。働き蜂は、尻振り行動にともなって放出さているかも知れないフェロモンを感知しているのかも知れない。

このように、ヤマトでは優位行動で決る社会的優劣順位と繁殖上の優劣順位とは異なり、後者は尻振り行動で決る可能性が示された。尻振り行動が正直な信号として働いているのかもしれない。これらは、アシナガバチの社会は、我々が従来考えていたより多様で複雑であることを暗示する。今後、アシナガバチ社会のシステムとその進化の理解のため、多くの種において詳細な観察が期待される。

参考文献

著者: 山田佳廣・石川善大※ (三重大学大学院生物資源学研究科 ※現在 環境機器株式会社)

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