2007年07月11日掲載 【ガムシの「牙」は何のためにある】

ガムシの腹側にある、いわゆる牙(キバ)には何か意味があるのでしょうか。

写真1: 背部から見たガムシ(左)とフチトリゲンゴロウ(右)。
脚のかたちが違います。
(クリックで拡大します)

腹部にある、針状の器官(写真参照)のことですね。一見するとキバやクチバシのように見えますが、頭部から離れて中胸腹板から隆起していますので「口器」ではありません。

ガムシは水生昆虫で、ガムシ科に属す甲虫です。狭義のガムシは学名をHydrophilus acuminatusといいます。「Hydro-」はラテン語で「水」、「-philus」は「を愛するもの」、「acuminatus」は「尖った」を意味する「acuminate」から派生しています。鍼(針)治療のことを英語で「acupuncture」と言いますが、このように「acu-」は尖ったものを意味します。ですから、学名をつけたひともこの針状の器官を気にしていたのだと思います。

また、和名の「ガムシ」もご指摘の通り、漢字では「牙虫」と書き、キバ(トゲ)がある虫ということです。ついでにいえば、中国ではガムシのことを「水亀虫」と書きます(このまま検索をかけても中国では「亀」が簡略字になっていますので、ヒットしません)。ただし「ガムシ属」は「牙甲属」と言います。英語では「water scavenger beetle(水生の腐食甲虫)」と呼ぶのがふつうですが、たまに「black beetle」などという場合もあります。

写真2: 腹部から見たガムシの標本。
垂直に伸びているのは昆虫針。
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さて、この「牙」ですが、これだけ特徴的な器官ですから、何らかの機能を持っているはずだと思うのですが、実はよく分かっていないようです。私は、次の3つくらいがそれっぽい解釈かな、と思うのですが...

仮説その1. 捕食者に食べにくいよと学習してもらうため。水生昆虫としてガムシよりよく知られているゲンゴロウやタガメは食用昆虫として有名ですが、ガムシも食用になるようです。江戸時代に書かれた栗本丹洲の『千蟲譜』に「醤油ニテ煮付ケ喰フ。味美ナリト云フ」とあるので、他の動物にとっても有毒ではないでしょう。ですから、このトゲのために捕食者(コイ?水鳥?)が本当は美味しいガムシを敬遠している可能性もあります。この説の難点は、このトゲは腹部にぴったりと張り付いてるので、あまり喉などには引っかからなそうだなということです。

仮説その2. ゲンゴロウと違って、ガムシは水中では腹部に空気をためています。水槽の中のガムシを見ると腹部が銀色に見えるのは呼吸用に貯めた空気のせいです。津田松苗編(1962)の『水生昆虫学』には「ガムシは水平に上がって来て、頭部にある短い棍棒(こんぼう)状の触角で水面を破る。すると空気は腹面の貯気室に通じ、そしてまた背面にある翅鞘下の貯蔵所とも流通するようになる...ガムシ科の触角は水面より空気を取り入れるのにも使われる...」とあります。空気を水面下の腹部の奥まで送りこむ行動に、このトゲが役に立っているのかもしれません。

仮説その3. ゲンゴロウと違って、ガムシはゲンゴロウのように平泳ぎではなく(後脚で水を同時に蹴らない)、右と左の脚を交互にかいて泳ぎます。ゲンゴロウは成虫も肉食なので前脚が餌を採るための形態に進化しているのに対し、成虫は腐植質を食べているガムシは前脚、中脚、後脚、すべての脚を使って泳ぎます。こうしたことから、ガムシはお尻を振りながら泳いでいるように見えます(ガムシ愛好者はそこが可愛いと言っています)。しかし、あまりお尻を振りすぎて、よたよた泳いでいては捕食者に食べられてしまうので、ある程度はまっすぐ泳げなければならない。そこで、このトゲが横流れを防ぐキールの役割を果たしているのではないか...ということも考えられるのですが...

2と3の仮説は、トゲを非水溶性のセメントや紙粘土かなんかで覆ってしまえば検証が可能です。ガムシを飼育しているどなたか、私の代わりにやってみていただけませんか?

回答者: 榊原充隆 (東北農研)

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