2014年02月10日掲載 【花粉を運ぶ昆虫が花の匂いの雌雄差をもたらす】

クジャクの優美な飾り羽根、カブトムシの力強いツノ、シオマネキの大きなハサミ、これらはどれも雌にはなく、雄だけに見られる形質です。このように、同じ種でも雌と雄で明らかに形態が異なることを"性的二型"といいます。性的二型は、古くから様々な動物で知られ、その役割や進化的背景について大いに議論されてきました。ところが、このような性的二型は主に動物のみで知られ、被子植物の花の形や色、匂いなどが雌雄で大きく異なることは稀と考えられてきました。私たちはコミカンソウ科の一部の植物で、花の形質の1つである"匂い"に性的二型がみられることを発見し、それが花粉を運ぶ昆虫との特異な共生関係によってもたらされたことを示しました。

花の性的二型はなぜめずらしいのか?

多くの被子植物は、花粉の運搬をチョウやハチなどの昆虫をはじめとして、様々な動物に頼っています。送粉者が花蜜などの資源を求めて花を訪れた際に、送粉者の体に付いた花粉が柱頭に付くことで受粉が成立します。雄花と雌花を別々に咲かせる雌雄異花の植物の場合、両方の花に同じ送粉者に来てもらわなければ花粉が運ばれません。そのため、送粉者への広告となる花びらの色や形、匂いを雌雄間で似せることで、同種内での受粉を可能にしています。

ハナホソガの能動的送粉行動

図1: キールンカンコノキの雄花で花粉を集めるハナホソガ。
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体長1cmにも満たない小さな蛾類であるハナホソガ(ホソガ科ハナホソガ属)は、実に巧妙にコミカンソウ科の花粉を運んでいます。夜の暗闇の中、ハナホソガは花の匂いを頼りに、たった1種の寄主植物を選び出します(Okamoto et al. 2007)。ハナホソガは雌花の訪問に先駆けて雄花を訪れ、口吻を巧みに使い花粉を集めます(図1)。その後、雌花で授粉と産卵を行い、花の中で孵化した幼虫は発達途中の種子だけを食べて成長します。このように、ハナホソガによる受粉は、多くのハチやチョウなどで起こる受動的送粉(意図せず花粉が運ばれる)とは異なり、雄花で集粉し雌花で授粉する点で能動的であるといえます。

花の匂いの性的二型性はハナホソガ媒だけでみられる

図

図2: コミカンソウ科11種の花の匂いの違い。各数字は系統樹の番号と対応している。数字の色は性を示す(青=雄, 赤=雌)。緑色はハナホソガによって能動的に送粉される種、黄色はハチなどによって送粉される種を示す。
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ハナホソガが能動的に授粉をしてくれる植物の場合、雄花と雌花の形質を似せる必要がないため、性的二型が生じる可能性があると考えられます。そこで、ハナホソガが寄主を認識する際に重要な花の匂いに注目して研究を行いました。コミカンソウ科植物の11種を対象に花の匂いを捕集し(岡本 2012)、ガスクロマトグラフ質量分析計(GC/MS)で分析したところ、ハナホソガによって送粉される種では花の匂いの雌雄差が大きくなり、ハチやハナアブなどによって送粉される種では差がないことがわかりました(図2)。また、植物の分子系統樹を作成し、花の匂いの性的二型が、系統的な制約によるものか、ハナホソガとの関係によってもたらされたものかを調べたところ、ハナホソガとの共生関係の獲得と性的二型の間には有意な相関が見られました(regression analysis, P=0.031)。

花粉を集めた経験のないハナホソガは雄花の匂いを選択する

ではハナホソガは本当に雌雄の花を区別して行動するのでしょうか?交尾を済ませ、かつ花粉を集めた経験のないハナホソガが次にとる行動は、雄花での花粉集めであると考えられます。そこで、実験室下で羽化し交尾をさせた雌のハナホソガを用いて、雌花と雌花の匂いに対する選好性の違いを調べました。Y字型のガラス管を使って、雄花と雌花の匂いを提示し、ハナホソガに選ばせたところ、38個体中30個体が雄花の匂いを選択しました(二項検定, P<0.001)。この結果から、雌のハナホソガは花の匂いを用いて雄花を探し当て、花粉を集めていることが示唆されました。

おわりに

このように、コミカンソウ科植物では、ハナホソガとの関係を通じて、花の匂いの性的二型性が生じていることがわかりました。コミカンソウ科の中でも、ハナホソガによって送粉される種では、雄花よりも雌花を圧倒的に多く咲かせることがよくあります。そのような状況の中でハナホソガがより効率的に雄花を見つけ集粉するためには、匂いの違いを嗅ぎ分けることが重要なのかもしれません。

参考文献

著者: 岡本朋子 (森林総合研究所)

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