2015年04月07日掲載 【キイロショウジョウバエの交尾行動と概日リズム】

ほぼすべての生物はその体内に約24時間を測る概日時計をもっています。概日時計は一日の周期で変化する地球環境に適応するために,生物が進化の過程で獲得した能力です。例えば24時間周期の行動リズム(昼行性や夜行性)は概日時計でコントロールされています。概日時計は環境にリズム(昼夜のサイクル)がなくても、24時間を測ることができますが,環境にリズムがあるとそれに同調することができます。私たちは,モデル生物であるキイロショウジョウバエを用いて,オスメスの交尾行動と概日時計の関係について研究しました(Hanafusa et al. 2013)。

概日時計のリセット

図1

図1: 概日時計とその環境同調因子
概日時計にとって光や温度が最も重要な環境同調因子であるが、そのほかにも同調因子として働くものがある。
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概日時計は光や温度などの24時間周期の環境変化に同調して、時計のリセットを行います。これにより概日時計は外界環境に適応したリズムを生みだすことが可能になります。例えば、時差ぼけは概日時計が新しい環境に同調する過程で起きます。私たちは概日時計をリセットする環境因子を同調因子とよんでいます。光や温度の変化は明らかな24時間周期をもつので、概日時計にとっては重要な環境同調因子です。光と温度の他にも、環境同調因子は議論されており、湿度のリズム、食事のリズム、社会行動のリズム、地磁気のリズムなどが挙げられています(図1)。しかし、これらの環境因子はあまり多くの動物種で研究されておらず、わかってないことが多いです。私たちは社会行動が概日時計の同調因子として働く可能性について研究しました。

19時間リズムの突然変異体

図2: キイロショウジョウバエのオスとメス
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実験にはキイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)を用いました(図2)。キイロショウジョウバエは概日時計の研究が最も進んでいる動物のひとつです。キイロショウジョウバエにはperSとよばれる概日時計の突然変異体がいて、perSは24時間ではなく、約19時間の概日リズムを示します(Konopka and Benzer, 1971)。キイロショウジョウバエは通常、朝方と夕方に活動が高まる薄明薄暮性のリズムを示しますが、perS変異体は夕方の活動が昼間に高まる早起きのリズムを示します。私たちは、このperS変異体のメスとペアになった野生型のオスは、交尾機会を増やすために perSのメスに同調し、早起きになるのではないかと仮説を立てました。

図3

図3: perS変異体のメスと野生型のオスの一日の活動リズム
赤線はperS変異体メスの活動リズム。青線は野生型オスの活動リズム。黒線はperSメスと野生型オスをペアにした場合のオスメスの活動の合計。オスメスのペアでは全体的に活動量が増加し、メスの活動ピークである昼間に大きな活動が見られる。つまり、オスがメスの活動時間に活発に動いていると予想される。
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私たちの予想どおり、perS変異体のメスとペアになった野生型のオスは、夕方の活動を抑えて、メスが活発な昼間によく動くようになりました(図3)。また、別の性行動に関わる突然変異体(fruF)を用いてオスの交尾行動を抑えると、メスのリズムへの同調はなくなりました。つまり、オスは交尾行動のためにメスの活動リズムに同調することがわかりました。一方で、別の行動実験では、オスの活動リズムの変化が概日時計によるものではないこともわかってきました。つまり、オスはメスを追いかけるために概日時計を無視して行動するということです。しかし、交尾行動が概日時計に影響を与えていないことを証明するには、行動実験だけでは不十分です。

DN1時計細胞

図4

図4: キイロショウジョウバエの脳にある時計細胞
全体で約150個の時計細胞が脳に存在し、脳の上方部(背側)にある時計細胞群はDN1とよばれている。
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図5

図5: DN1時計細胞における交尾行動の影響
野生型のPDP1タンパク質は、昼間は量が少なく夜は多い、24時間のリズムを示す。黒線は野生型オスのPDP1時計タンパク質のリズムを示す。灰色点線はperSメスのPDP1のリズムを示す。青線はperSメスとペアになっていた野生型オスのPDP1のリズムを示す。青線は野生型オスであるが、perSメスのリズムに影響されて、野生型オスのリズムからperSメスのリズム側にシフトしていることがわかる。
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キイロショウジョウバエの概日時計は、脳の150個から構成される神経細胞群であることがわかっています(図4)。これらを私たちは時計細胞とよんでいます。哺乳類のマウスでは脳の視交叉上核とよばれる領域の約1万個程度の神経細胞群が同じように時計細胞とよばれています。したがって、キイロショウジョウバエの時計細胞の数は哺乳類のモデル生物と比べて非常に少なく、研究し易いと考えられています。私たちは、perS変異体のメスに同調したオスの時計細胞の動きを観察しました。そのために、PDP1とよばれる概日時計に関わるタンパク質を指標として、それぞれの時計細胞がどのようなリズムを刻んでいるのかを解析しました。私たちの予想に反して、perS変異体のメスとペアだったオスのほとんどの時計細胞では、メスの影響が見られませんでした。しかし、DN1とよばれる時計細胞群においてはperS変異体のメスに同調するリズムがみられました(図5)。つまり、DN1時計細胞群は交尾行動に反応する神経群であることがわかります。

このDN1時計細胞群がオスの行動リズムを変化させるという証拠はまだ得られていません。しかし、メスの存在がオスの一部の時計細胞に影響を与えたという研究結果は世界で初めての発見であり、今後の発展が期待されます。

おわりに

これまで社会行動と概日時計の関係は、ミツバチやマウスなど比較的高度な社会性をもつ動物で研究が行なわれてきました。しかし、キイロショウジョウバエのようにあまり強い社会性を示さない昆虫においても社会行動が概日リズムに影響を与えるということは、驚くべきことでした。私たちが想像しているよりも、小さなキイロショウジョウバエには複雑な社会性があるようです。

引用文献

著者: 吉井大志 (岡山大学・大学院自然科学研究科)

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