2015年04月08日掲載 【捕食者が昆虫と花の多様性を進化させる?】

昆虫と花には「昆虫は花粉を運び、代わりに蜜をもらう」という協力関係があります。ところが多くの場合、花で昆虫を待ち伏せる捕食者が、彼らの協力関係の間に入り込んでいます。捕食者は昆虫と花にとって、ただの「邪魔者」なのでしょうか?コンピューター・シミュレーションによる研究から、捕食者の存在が、昆虫と花の多様性を進化させるカギとなっている可能性が示唆されました。

写真1: ツチバチの一種を捕食するオキナワアズチグモ(奥村和男撮影)
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ハチやチョウなどの多くの昆虫が花の蜜や花粉を餌として利用します。一方で植物は、花に訪れた昆虫の体に花粉を付着させることで、花粉を他個体のめしべへと運んでもらい、受粉させることができます。このような昆虫と植物の互いに利益のある関係は送粉共生と呼ばれています。送粉共生系は非常に高い多様性を持つことが知られており、多様化のメカニズムが研究されてきました。

実際の送粉共生系は昆虫と植物だけで完結するわけではありません。多くの場合、送粉共生系に入り込んで一方的に利益を得る「邪魔者」が存在します。たとえば、花の上で昆虫を待ち伏せするカニグモのような捕食者が、様々な送粉共生系で観察されます(Bronstein 1988; Dukas 2001)。捕食者は送粉共生系の進化にどのように影響するのでしょうか?

図1

図1: 捕食者によって送粉系が多様化するメカニズム
昆虫と植物は、開花/活動時期を一致させることで送粉共生による利益を得ることができる。しかし、捕食者が導入されると、昆虫の活動時期は捕食者を避けるように進化する。植物と捕食者はそれを追いかけてさらに進化する。このような三つ巴の進化が、出現時期が異なる複数の生物種を生み出す可能性がある。
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私たちは、「捕食者によって昆虫と植物の多様性の進化が促進される」という仮説を立てました。たとえば図1のように、植物は開花の時期を、昆虫・捕食者は活動する時期をそれぞれ進化させる状況を考えてみます。植物と昆虫は互いに開花時期と活動時期を一致させることで送粉共生による利益を得ることができます。しかし、捕食者がいる場合、昆虫の活動時期は捕食者から逃げるように進化するでしょう。それに合わせて植物と捕食者がさらに進化すると、開花/活動時期が元の種と異なる新たな種が誕生するのではないかと考えました(図1b)。しかし、現実に進化を観察するには非常に長い時間がかかるため、本当に捕食者がいると送粉系が多様化するのか、直接確かめることはできません。そこで、私たちは現実の進化を観察する代わりにコンピューターを用いて昆虫・植物・捕食者の進化シミュレーションを行い、この仮説を検証しました。

今回のシミュレーションでは植物の開花開始時期,昆虫・捕食者が活動を開始する時期の進化に着目します。コンピューター・プログラムの中で、植物,昆虫,捕食者の個体を複数つくりだし、生態系を再現しました。さらに、彼らが1年間で経験する生物間相互作用や繁殖,突然変異などの出来事をシミュレーションの「ルール」として組み込みした。生物間相互作用は、同時に開花/活動している個体間でのみ起きるとしました。この「1年間」にあたる出来事を500年ぶん繰り返すことで、進化をシミュレーションします。このようなシミュレーションを、捕食者を導入する場合・しない場合のそれぞれについて、様々な条件設定の下で繰り返し行いました。条件設定としては、植物個体が花を咲かせる期間の長さ,昆虫・捕食者の個体が活動する期間の長さ,開花/活動が可能となる季節の長さなどが異なる、全46,000パターンを用いました。

図2

図2: シミュレーション結果の例
縦軸は開花/活動時期を、横軸は世代を表す。各世代で、色が濃く表示されている時期ほど、開花/活動していた個体数が多かった。 (a) 開花/活動時期の進化が起きなかったシミュレーション例。(b) 開花/活動時期が進化したが、明確な分化には至らなかった例。(c) 捕食者の導入によって、開花/活動時期が遅いほうへ進化した例。(d) 捕食者の導入によって、開花/活動時期が早・遅の2方向へと進化し、昆虫と植物が2組の種へと分化した例。
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その結果、捕食者を導入しない場合は、植物・昆虫の開花/活動時期が多様化する進化パターンは稀にしか起きないことが分かりました。一方、捕食者を導入した場合は、植物・昆虫の開花/活動時期が「早い方に進化」、「遅い方に進化」、「早・遅の2方向へ進化」するパターン(図2c, d)が多く確認されました。「早・遅の2方向へ進化」は、1つの生息地内に開花/活動時期が異なる、2組の植物・昆虫の種が誕生したことを意味しています。また、別々の生息地で「早いほうに進化」、「遅いほうに進化」が起きると、生息地ごとに異なる開花/活動時期をもつ種が誕生し、送粉系の多様化につながります。この結果から、捕食者によって昆虫と植物の多様化が促進されることが示唆されました。また、様々な条件でのシミュレーションを比較した結果、多様性の進化が特に起きやすいのは、送粉が行われる期間が短い、特殊化した送粉共生系に活動期間の長い捕食者が入り込むような場合であると予測されました。たとえば、イチジク-イチジクコバチの特殊化した送粉系に、アリのような捕食者が入り込む場合(Schatz and Hossaert-McKey 2003)などが候補として考えられます。

今回の研究では、コンピューター・シミュレーションによって、捕食者のような「邪魔者」が、昆虫と植物の豊かな多様性を生み出す原動力の一つとなっている可能性を示唆できました。現実に進化を観察することは困難なので、進化メカニズムを検証する上でシミュレーションは非常に役立ちます。この研究紹介を通じて、シミュレーションで生物を研究する楽しさが伝われば嬉しいです。

引用文献

著者: 香川幸太郎 (東邦大学理学研究科)

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