2008年11月21日掲載 【昆虫を扱う職業: ズバリ的中!? 病害虫が発生する時期や量を予測します】

農作物には、いろいろな種類の病気や害虫が発生します。これらの病害虫が、いつごろどの程度発生するのか事前に予測することを病害虫の「発生予察」と言います。国と都道府県は、植物防疫法という法律で、「発生予察事業」を行うように定められています。発生予察事業は、ウンカ類の大発生をきっかけに、1941年に水稲を対象としてスタートしました。その後、麦、大豆、果樹、野菜、花き等が対象作物に加わり、この事業は、定められた基準・方法に従って全国で実施されています。

病害虫防除所で行う発生予察の仕事

このような発生予察を専門に行い、その情報を発信する職場が各都道府県にあります。その職場の名称は都道府県によって異なりますが、全国的には「病害虫防除所」と呼ばれる場合が多いです。佐賀県の場合、私が働いている「佐賀県農業技術防除センター病害虫防除部」が「病害虫防除所」に相当します。発生予察は各種農作物の様々な病害虫を対象に行っていますが、以下では、水稲害虫を中心に仕事の内容を紹介します。

1. 現在の病害虫の発生状況を知る

天気予報を行うには、将来の予測を行う前に、現在の大気現象を正確に把握する必要があります。このため、様々な気象観測が行われていることは、皆さんよくご存知だと思います。これと同じように、病害虫に関しても将来の予測を行う前に、現在の病害虫の発生状況を正確に把握する必要があり、そのために以下のような調査を行っています。

(1) 圃場調査

私達は、発生予察の対象としている農作物ごとに、定点圃場を定め、病害虫の発生状況を調査しています。圃場数は作物の種類によって異なりますが、水稲を例にとると88圃場を調査しています。

図1: 捕虫網を使ってカメムシ類のすくい取り調査をしている筆者(水稲の巡回調査時に撮影)
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調査の日は、朝、職場を車で出発。調査地点に着いたら、膝まである長靴に履き替えて、圃場の中に入ります。いもち病、紋枯病、コブノメイガ...定められた基準・方法に従って各病害虫の調査を行い、結果を調査用紙に記入します。また、カメムシ類のように、捕虫網を使ってすくい取りを行い(図1)、職場に持ち帰って種類別に虫数を調べるものもあります。最初の地点の圃場調査が終わったら次の地点に車で移動してまた調査。このように、車での移動と圃場調査を繰り返して、職場に帰り着くのは夕方頃になります。この調査を、私達は「巡回調査」と呼んでいます。

図2: 雨の日にレインコートを着て調査する筆者(水稲の巡回調査時に撮影)
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巡回調査のルートを工夫して、できるだけ効率的に調査を行っています。しかし、私が担当する定点圃場を全て調査するだけでも、約4日間はかかります。水稲の場合、毎月上旬と下旬にそれぞれ巡回調査を行っています。この定期的な巡回調査に加え、現地からの情報等に基づいて臨時調査を行うこともあります。このように、私達は、事務所を出て野外で頻繁に調査を行います。巡回調査は雨の日であっても行います(図2)。また、夏場の水田内での調査は、かなり疲れます。しかし、調査で体を動かすことは、体力維持やダイエット等に役立っている!と前向きに考えるようにしています。また、巡回調査では農家の方と話をする機会が多く、いろいろ教えてもらい勉強になります。

(2) トラップ調査

図3: 水稲に多数寄生しているトビイロウンカ
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図4: 多発生したトビイロウンカによって被害を受けた水稲
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図5: ウンカ類を調査するため地上10mの高さに設置しているネットトラップ(ネットの直径は1m)
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図6: ウンカ類を調査するため設置している60w白熱球を誘引源とした予察灯
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害虫の調査には、捕獲器(トラップ)も利用します。例えば水稲害虫であるセジロウンカやトビイロウンカ(図3・4)は日本国内では越冬できず、毎年、中国大陸で増殖したウンカが日本に飛来します。このため、ネットトラップ(図5)や60w白熱球を誘引源とした予察灯(図6)等を利用して飛来したウンカ類を捕獲し、飛来時期や量を調べています。トラップ調査は、各都道府県の病害虫防除所等で行われています。また、その調査データは全国で共有されており、相互に利活用されています。

ウンカは、梅雨期頃に断続的に飛来します。このため、圃場調査とトラップ調査だけでは、主要な飛来日を絞りにくい場合があります。この場合は、上空にウンカの飛来をもたらす強風が吹いていた日を気象図から調べたりもします。このように、ウンカの飛来日を特定するには、総合的な判断が必要となり、発生予察担当者の腕の見せ所となっています。

(3) その他の調査

病害虫の調査は、肉眼観察で済むものばかりではありません。例えば水稲の病気の中には、イネ縞葉枯病というウイルス病があります。イネ縞葉枯病ウイルス(RSV)に感染した水稲にヒメトビウンカが寄生すると、ヒメトビウンカの体内にRSVが取り込まれます。このヒメトビウンカが別の健全な水稲に移動して寄生すると、今度はその水稲がRSVに感染します。すなわち、ヒメトビウンカはRSVの運び屋となっているのです。このため、イネ縞葉枯病の発生予察を行うに当たっては、捕虫網を使ったすくい取り調査等でヒメトビウンカの発生量を調べるとともに、捕獲した一定量のヒメトビウンカについて、RSVを保毒しているかどうか一匹ずつ検定し、ウイルス保毒虫率を調べています。

図7: 微量局所施用法によって殺虫剤をトビイロウンカに処理しているところ
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また、害虫の中には、これまで使用していた殺虫剤に対して抵抗性を獲得するものがいます。例えば、トビイロウンカは、最近使用されている数種の殺虫剤に対して抵抗性を獲得しつつあり、その詳細を監視することが重要となっています。このため私達は、微量局所施用法(図7)などによって、抵抗性の発達程度を調べています。微量局所施用法では、麻酔したトビイロウンカに微量の殺虫剤を処理し、その24時間後および48時間後にウンカの生死判定を行います。殺虫剤の濃度をいろいろ変えて処理しますが、効果が高い殺虫剤では、低濃度でもウンカは死亡します。一方で、ウンカが抵抗性を獲得し、効果が低下した殺虫剤の場合、高濃度で処理しても一部のウンカは死亡しません。死なずにピンピンしているウンカをじっと眺めていると、生命力のたくましさを感じることもありますが、感心している場合ではありません。このような殺虫剤の抵抗性に関する情報は、防除上注意すべき事項として生産現場の指導機関などに提供します。

2. 今後の病害虫の発生を予測する

ここまで、病害虫の現在の発生状況を知るための方法等についてお話しました。ここからは、今後の病害虫の発生を予測する作業やその情報の発信等について、具体的に紹介します。

(1) 予測作業の具体例

巡回調査のデータは、各作物、病害虫ごとに、表計算ソフト等を用いて集計します。データは、過去10年間の平均値を平年値とします。そのうえで、統計処理を行い、各病害虫の現在の発生量を、「平年より少ない」、「平年よりやや少ない」、「平年並」、「平年よりやや多い」、「平年より多い」のいずれかに区分します。

次に、翌月の病害虫の発生量を予測します。多くの病害虫については、発生しやすい気象条件がそれぞれ明らかにされています。そこで、現在の病害虫の発生量が、今後増えるかどうかを予測する根拠として、翌月を対象とした気象予報を利用しています。また、現在の農作物の生育状況が病害虫の発生に適しているかどうかを、予測の根拠に加えることもあります。 このような手順によって、翌月の各病害虫の発生量を、「平年より少ない」、「平年よりやや少ない」、「平年並」、「平年よりやや多い」、「平年より多い」のいずれかで予測します。

また、病害虫によっては、今後の発生時期を具体的に予測する場合もあります。例えば、既に述べたようにトビイロウンカは海外から飛来しますが、その後の水田での発生時期は、年々の飛来時期や気温の推移によって異なります。この害虫は、近年多発傾向にあり、防除の必要があると判断された場合に防除適期を知るためには、発生時期を正確に予測することが重要です。このため、私達は、主要飛来日を特定したうえで、トビイロウンカの発育速度と温度との関係式を利用して、「トビイロウンカの発生予想パターン図」を作成しています。

(2) 発生予察情報の作成

図8: 発生予察情報の一例(平成20年8月の予報より抜粋)
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以上のような情報は、「発生予察情報」として取りまとめます。発生予察情報には、定期的に発表する「発生予報」や、臨時的に発表する「警報」、「注意報」などがあります。発生予報は、通常1ヶ月に一度発表し、予測される病害虫の発生時期や量、予報の根拠および防除上の注意事項等を記載します(図8)。警報は病害虫の大発生が予測され、作物に重大な被害が生じる恐れがあるため、早急に防除対策を講ずる必要がある場合に発表されます。注意報は、警報を発表するほどではないが、病害虫の多発生が予測され、作物に大きな被害が生じる恐れがあるため、早急に防除対策を講ずる必要がある場合に発表されます。

これらの予察情報は、原案を病害虫防除所で作成します。さらに、県の専門技術員や試験研究機関および農業団体等の関係者が集まって「発生予察会議」が開催され、予察情報の内容が検討されます。

なお、病害虫の多発生が予測される場合は、予察情報の種類や内容について慎重な検討が必要となる一方で、現場では早急な対応が必要となっています。このことから、注意報や警報を発表する時は、いつも以上に緊張した雰囲気の中で、情報の作成や内容の検討が行われます。

(3) 情報の発信など

発生予察会議等での指摘事項があれば、手直しを加え、予察情報が完成します。できた予察情報は、電子メールやファックスなどで県内外の関係機関に送付します。また、病害虫防除所のウェブサイトでも公開します。

生産現場から、「あの情報はタイムリーだったよ。おかげで的確な対応がとれた。」などと言ってもらった時は、嬉しくなります。一方で「あの情報は少し遅かったのではないか?」「あの発生予想パーン図は、実際の発生時期と少しずれていたのではないか?」などと指摘を受けることもあります。この場合は、情報のタイミングや予測精度に問題がなかったどうか検証するとともに、時として自分の力量不足を痛感することもあります。

病害虫発生予察の精度を向上させるには、病害虫に関する豊富な知識が必要となることは言うまでもありません。私達は、関係する文献等に目を通すとともに、全国で開催される研究会や学会等にも積極的に参加し、絶えず新しい情報の収集に努めています。

おわりに

的確な発生予察を行い、その情報を迅速に発信することで、以下の効果が期待できます。まず、ある種の病害虫が多発生することを事前に予測できれば、的確な対応によって多発生を未然に防ぎ、農作物の被害を防ぐことができます。一方、ある種の病害虫の発生が少ないままで終息することを事前に予測できれば、その病害虫を対象とした防除を省略し、不要な農薬を散布せずにすみます。このように、的確な発生予察は、農産物の安定生産、安全・安心な農産物の供給に直結していることから、病害虫防除所の仕事は大変やりがいのあるものです。

病害虫防除所の職員は、各都道府県庁で採用された地方公務員の人達で構成されています。この仕事に興味があり、もっといろいろなことを知りたい方は、各都道府県の病害虫防除所のウェブサイトをご覧ください。更に具体的なイメージが広がると思います。また、具体的な採用方法を知りたい方は、各都道府県庁などに問い合わせてみてください。

著者: 菖蒲信一郎 (佐賀県農業技術防除センター)

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