2008年04月09日掲載 【ミイデラゴミムシ】

ヘッピリムシとかミイデラゴミムシとか呼ばれる虫はおしりからガスを勢いよく噴射します。大変興味深い現象ですが、いったいどんな仕組みになっているのでしょうか?

写真: ミイデラゴミムシ成虫
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ミイデラゴミムシ(Pheropsophus jessoensis)は、鞘翅目(コウチュウ目)オサムシ上科ホソクビゴミムシ科に属します。ゴミムシ類のなかでもかなりの普通種で、「ヘッピリムシ」といえばふつう、本種のことをさします。北海道から奄美大島まで分布し、海外では中国と朝鮮半島に分布します。

ヘッピリムシを捕まえようとすると、腹部末端よりポンと音を立てて、ガスを噴出します。へっぴり腰だからこういう名前が付いているのではなく、音付きの臭い屁をこくからこんな名前が付けられています(ただし、噴射口は肛門とは別なので、正しい意味でのおならではありません)。

ヘッピリムシの存在は江戸時代にはすでに知られており、たとえば根岸鎮衛(やすもり)(1737~1815)の『耳嚢』(みみぶくろ、岩波文庫にありますが、品切れ?)の9巻、「屁ひり虫奇説」には「背中に白き星あり。右むしを捕へ、板或ひは畳におしつけて、屁をひり粉を出す事、背の星の数程なり。其数過(すぎ)ぬれば、屁をひらず、また粉を出さざるよし」と書かれています。背の星が白いと書かれていますが、本種のは黄斑で、しかも大きいのは2個だけです。別種のことを書いたのかもしれませんね。いずれにせよ、江戸時代のうわさ話の聞き書きですし、この時代には分類学は発達していませんでした。スズメが海に飛びこむとハマグリになる、と本気で信じられていた時代ですから、この観察はかなり正確とほめるべきです。

また、ミイデラゴミムシの「ミイデラ」ですが、京都の「三井寺(園城寺)」のことかなと連想はされるのですが、その理由はよく分かっていませんでした。この寺で発見されたわけでもなさそうだから、なんかの洒落だろうな、という気はします。しかし、どうやらその語源が、鳥羽絵「放屁合戦」が三井寺にあるからだとする説が、発表されたようです(地表性甲虫談話会会報1:2-6に紹介あり)。「屁」や「文化財」まで関わってくるなんて、昆虫学も奥が深いです。

本種の生態は、成虫だけでなく、幼虫もなかなか面白いのですが、それらの解説は他のサイトに譲ることにして(例えばWikipedia、関連文献も入手できます)、ここでは、ガスの噴射機構についてのみお答えしたいと思います。

海外にいるミイデラゴミムシの近縁種では、体内にヒドロキノン(1,4-ベンゼンジオール、C6H6O2、ベンゼン環にヒドロキシ基が2個、パラ体でついた構造式)と過酸化水素(H2O2)という2種の化学物質が分泌される小室をもっています。この小室では両者は化学反応を起こしませんが、攻撃されるとバルブを開いて、この2つを頑丈な壁に囲まれた第2の小室に送りこみ、そこに酵素(ペルオキシダーゼとカタラーゼ)を加えます。すると、急激な化学反応が起こり、ベンゾキノン(1,4-ベンゾキノン、C6H4O2,ベンゼン環がパラ体でケトンとなった物質)と水(H2O)が生成され、100℃以上のガスとなって、襲ったものに噴射されます。恐ろしいことに、このガスはゴミムシの思いどおりの方向に噴射できます。また、敵が1回であきらめないようなら、数発、連続噴射できます。この種では体長の4倍の距離までガスを着弾でき、連続29回の噴射が可能、という記録があります。ゴミムシ類の主な天敵であるカエルになら、1回の噴射でかなりのダメージを与えることができますし、不用意に本種をさわってしまった人間に対しても、皮膚に茶色いシミを作り、悪臭をこすりつけることができます。ベンゾキノンはタンパク質との結合性が高く、また酸化剤だからです。

ゴミムシの防御システムは、あまりによく出来ているので、反進化論者は100年ほど前から、眼の誕生と同様、神の創造の証拠としてこれを取り上げています(日本語でも検索できますが、Bombardier beetle、quinoneなどの英語を検索語として使えば、一晩で読み切れないほど、ヒットします)。こんなに精巧な化学システムが漸進的な小進化の積み重ねで出来るわけがない、そんな構造を獲得しようとする昆虫は、設計の途中でみな自爆して、絶滅しちゃうだろう、というわけです。

しかし、ゴミムシ類の近縁種間の比較研究は、このへっぴりシステムがしだいに改良されてきたことを示しています。また、生物が新しい機能を進化的に獲得するさいには、あり合わせの器官で間に合わせることが多いわけですが、ヒドロキノンは昆虫類では脱皮後に外皮を固めるのに必須な物質ですし、過酸化水素も活性酸素と同様、生体防御反応などによって血中で簡単に生成されます。カタラーゼは過酸化水素を水と酸素に分ける反応を触媒する酵素で、好気的細胞なら必ずもっている酵素ですし、ペルオキシダーゼ(過酸化酵素)も植物の病害抵抗性にかなり普遍的な酵素です。『眼の誕生』(アンドリュー・パーカーの好著、訳書は草思社から)と同様、ミイデラゴミムシの存在も、むしろ進化学の面白さを知る、かっこうの素材だと思います。

わが国のゴミムシ類については、60属132種の尾節防御システムを比較検討したKanehisa & Murase(1977)の論文が、応動昆英文誌(Applied Entomology and Zoology)の、12巻3号、225~235頁に掲載されています。より詳細に知りたい方は、当サイトの学会誌紹介のページからCiNiiへのリンクに移動してください。pdfファイルが無料でダウンロードできます。本稿によると、ミイデラゴミムシはベンゾキノンのほか、メチルキノン(2-メチル-1,4-ベンゾキノン、C7H6O2、ベンゾキノンにメチル基がついた物質)をもっており、防御物質の成分比はベンゾキノンとメチルキノンが6:4だそうです。いまから30年前の論文ですが、この論文を読んでも、ゴミムシ類のへっぴりシステムの進化がなんとなく見えてくるような気がします。

回答者: 榊原充隆(東北農研)・河野勝行(写真提供/野菜茶業研究所)

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