2007年12月21日掲載 【兵隊アブラムシの攻撃毒プロテアーゼ】

「社会性昆虫」というとすぐにアリやハチが思い浮かびますが、植物の害虫として悪名高いアブラムシ(アリマキ)に社会性の種類がいることは、あまり知られていないのではないでしょうか。アブラムシの社会には、子を産むことができる普通の虫と、子を産むことなく自分の仲間を守るために外敵と戦う兵隊幼虫という2種類の階級がコロニー内に存在します。このコラムでは、ハクウンボクハナフシアブラムシの兵隊幼虫から見つかった攻撃毒プロテアーゼ(タンパク質分解酵素)について紹介します。

毒をもつアブラムシ

おとなしそうに見えるアブラムシに兵隊がいて、しかも毒を持っているなんて意外に思われる方もいるかもしれません。それもそのはずです。アブラムシは世界中に約4,400の記載種がいますが、その中で兵隊をもつのは、現在知られているだけでわずか50種程度です。兵隊は種によって異なる武器を持っており、口針(植物の汁を吸うためのストロー)を使って毒を注入するタイプもいれば、肥大した脚で組み付きツノで突き刺すタイプもいます。ですから、毒をもつアブラムシといっても、ごく一部の種の兵隊だけが持っているのであり、その辺りの植物に群がっているアブラムシが持っているわけではありません。

しかしながら、この兵隊毒の威力はなかなか強烈です。兵隊よりずっと大きい敵でさえも、毒を注入されると激しくのたうちまわり、しばらくすると麻痺して死んでしまいます。兵隊を試しに人の手に乗せてみると、彼女らは(実は兵隊を含めてほとんどのアブラムシはメスです)やはりチクチクと刺します。刺されると痛かゆい感じがして皮膚が赤くなってしまうので、兵隊が何らかの毒物質を注入していることがわかります。台湾に生息するウラジロエゴノキアブラムシの兵隊毒などは強烈で、リスなどの小型動物も追い払ってしまうほどです。私も刺されたことがありますが、かなり痛いのに加え、蚊に刺されたような腫れが一週間ほどひきませんでした。このような兵隊の攻撃毒ですが、これまで研究の対象になったことはなく、構成成分などはまったくわかっていませんでした。

兵隊特異的に発現するプロテアーゼ

写真1: ハクウンボクハナフシアブラムシのゴール
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私たちはハクウンボクハナフシアブラムシという社会性アブラムシから、兵隊攻撃毒の主要な成分として、ある種のプロテアーゼを発見することに成功しました(Kutsukake et al. 2004)。が、実を言うと、始めから兵隊の毒について調べようと思ったわけではなく、たまたま見つかったと言ったほうが正確かもしれません。当初私たちは、兵隊アブラムシにおける階級分化機構や社会行動に興味を持っていて、生態から生理、分子にいたる様々なアプローチから研究を進めていました。

写真2: ハクウンボクハナフシアブラムシの兵隊(左)、2齢の普通幼虫(右)
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写真3: チャバネヒメカゲロウ幼虫を攻撃するハクウンボクハナフシアブラムシ兵隊
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詳しい話に入る前に、研究材料であるハクウンボクハナフシアブラムシについて簡単にご紹介しましょう。このアブラムシはハクウンボクという木に珊瑚のような形をしたゴール(虫こぶとも言う, 写真1)をつくり、その中で数千匹、時には数万匹が一緒に生活しています。兵隊は2齢幼虫で出現しますが、すべてが兵隊になるわけではなく、普通の2齢幼虫もいます(図1)。兵隊と普通幼虫は様々な点で違いがあります。

  • 子を産む能力(妊性): 兵隊は2齢幼虫のまま成長せず不妊なのに対し、普通幼虫は成長し、子を産む
  • 形態: 兵隊は強くキチン化した体と、頭部に太い剛毛をもつ(写真2)
  • 行動: 兵隊は外敵に対して攻撃する(写真3)、巣の清掃を行う

図1: 社会性アブラムシの階級分化
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このように、両者はずいぶん異なっているのですが、非常に面白いことに、兵隊も普通個体も一匹の幹母が単為生殖(オスとの交配なしに子を産む無性生殖)により産んだ子孫たちなので、まったく同一のゲノムを持つクローンなのです。つまり、どちらも同じ遺伝子セットをもっているのですが、遺伝子発現パターン(遺伝子の使い方)が異なるために、ある個体は兵隊に、別の個体は普通幼虫に分化するのです。では、どのような遺伝子が兵隊だけで発現しているのでしょうか? このような遺伝子を調べることにより、兵隊の階級分化や生物機能を分子レベルで説明することが可能になります。

そこで私たちは、cDNAサブトラクションという手法により、兵隊特異的に発現している遺伝子群を探索することにしました。その結果、カテプシンBというどの動物でも持っているプロテアーゼ(タンパク質分解酵素)の遺伝子が得られました。この遺伝子の発現量を詳しく調べてみると、兵隊での発現量は普通個体の約2,000倍も高いことがわかりました。このように兵隊特異的かつ大量に発現していることから、このプロテアーゼは兵隊にとって重要な役割をしているであろうことが想定されました。

攻撃毒という機能

では、いったいこのカテプシンBは兵隊においてどのような機能を担っているのでしょうか? どこの組織で発現しているかということは重要な手がかりになりますので、さっそく調べてみたところ、消化管(腸)で発現していることがわかりました。普通、消化管に存在するプロテアーゼといえば、食べものを消化する酵素と考えられますが、この場合は兵隊以外の個体でほとんど発現していないのですから、どうも違いそうです。それならば・・・吐き出しているのではないか? 実は、この妙案が攻撃毒への発見へとつながっていきます。私たちにはこの妙案を簡単に調べる良い方法がありました。私たちのグループでは、社会性アブラムシで初めて、ハクウンボクハナフシアブラムシを人工飼料上で累代飼育することに成功していました(Shibao et al. 2002)。この人工飼料は、シャーレ上に張られた薄い2枚のパラフィルム膜の間に、液体の餌をサンドイッチのように挟んだもので、アブラムシは膜に口針を刺して中の餌を吸うことができるしくみになっています。そこで、この人工飼料飼育系を利用して、兵隊を飼育した後の人工飼料を回収して調べてみたところ、カテプシンBが餌の摂取時にわずかに吐き出されていることがわかったのです。これは少し予想外の、しかしとても興味深い結果でした。そうなると、敵を攻撃している時はもっと大量に敵の体内に注入している可能性があります。なぜなら、兵隊は敵の体に口針を刺している時、体を低く構え、力みながら何かを一生懸命吐き出しているようにも見えるからです。その予想通り、兵隊に攻撃された後のガ幼虫の体内を調べてみると、かなりの量の兵隊のカテプシンBが検出されたのです。このことは、兵隊が攻撃時に、口針を通じて敵体内にカテプシンBを注入していることを意味していました。

図2: 本研究のまとめ。カテプシンBは兵隊の攻撃毒であった
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カテプシンBが毒として働いている可能性が出てきたわけですが、まだ本当にそうなのかはわかりません。実際に敵を殺す能力を持っているかどうか? これが重要な点でした。そこで、カテプシンBを人工的に合成し、これを先の細いガラスキャピラリーを用いて他の昆虫(ガ幼虫)の体内に注入するという実験を行いました。これでガ幼虫が死ねば、カテプシンBが殺虫能力を持っていることになります。実験の結果、テストした約7割のガ幼虫が死んだのに対し、カテプシンBを熱失活させた溶液では、ガ幼虫は一匹も死にませんでした。すなわち、カテプシンBには確かに敵を殺す活性があるという結果が得られました。これらの実験結果から、カテプシンBプロテアーゼが兵隊の攻撃毒の主要成分の一つであるということが証明されたのです(図2)。

おわりに

ここでご紹介した兵隊アブラムシのカテプシンBプロテアーゼは、兵隊の主要な仕事であるコロニー防衛において、敵を殺す実行部隊(=毒物質)として働く重要な分子であり、兵隊の生物学的機能に直接関係している分子であるといえます。カテプシンBはこれまで様々な生物で研究されていますが、毒として働くという知見は、この研究がはじめてです。このような毒カテプシンB遺伝子がどのように進化してきたのか、という興味深い疑問についても、私たちの最近の研究で次第に明らかになりつつあります。とはいえ、まだまだ未知な部分が多いこの毒プロテアーゼについては、今後、毒の作用メカニズムなどについても解明していく必要があるでしょう。

参考文献

応用動物学/応用昆虫学コラム

応用動物学/応用昆虫学の分野でいま注目されている研究成果を、第一線で活躍している研究者が解説します。

日本応用動物昆虫学会(応動昆)

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