2007年08月02日掲載 【マルカメムシの共生細菌カプセル】

マルカメムシは空き地などにはえているクズの茎にものすごい数でついている虫です。洗濯物にもよくついている虫です。また、手ではたくとすごく臭い匂いを出す虫です。マルカメムシという名を聞いたことがない読者の方でもここまで読んで、あれのことか、と思われたのではないでしょうか。極めて普通種で身近な虫なのですが、実は多くの読者の方がまだ聞いたことがないであろう非常におもしろい現象が見られます。

図1: マルカメムシの卵塊の表側(上)と裏側(下)。矢印はカプセルを指している。スケールバーは1mm。
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繁殖期である5?6月にクズの芽先を探すとマルカメムシの卵塊(図1上)は簡単に見つかります。この卵塊を丁寧に植物体から剥がして裏側を見ると、黒っぽい色をした小さな粒がいくつか付着していることに気がつきます(図1下)。この粒は“カプセル"と呼ばれており、メス親が産卵の際に卵とともに産みつけるものです。カプセルの中には何が入っているのでしょうか?。メス親は何のためにカプセルを産むのでしょうか?。以下では筆者らによる最近の研究を紹介してこれらの問いに答えます。

図2: カプセルを吸うマルカメムシの孵化幼虫。写真の卵塊では観察しやすくするために手前側の卵を取り除いてある。スケールバーは1mm。
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マルカメムシ類の卵塊は産卵後6?7日目に一斉に孵化します。幼虫は孵化後しばらくはじっとしていますが、数分経って体が固まってくると激しく動き出します。実体顕微鏡下で詳しく行動を観察してみると、口吻(ストロー状の口器)を卵の隙間に差し込んで何やら探っているような動きをしています。図1からもわかるように、卵の隙間にはカプセルがあります。幼虫は卵の隙間を探っている間は激しく動きますが、ひとたび口吻の先がカプセルに刺さるとぴたりと動きをとめてカプセルを吸い始めます(図2)。筆者の主観を多分に含む表現になりますが、孵化幼虫はかなり必死にカプセルを探しているように見えます。もしカプセルを吸えないとどうなるのでしょう?

図3: マルカメムシの成虫。カプセルを吸わせて育てた個体(上)と吸わせずに育てた個体(下)。スケールバーは1mm。
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ピンセットを使って孵化前の卵塊からカプセルをすべて取り除いてしまうことで、カプセルをまったく吸っていない幼虫を得ることができます。このような幼虫に十分な餌を与えてその後の成長を調べたところ、カプセルを吸った幼虫に比べて成長が著しく悪いことがわかりました。具体的には、半数以上の個体が幼虫期に死亡し、成虫まで生存する個体も成長遅延、矮化、体色異常などが見られ(図3)、繁殖前に死んでしまいます。つまりマルカメムシが正常に成長・繁殖するには、孵化後にカプセルを吸っておくことが絶対的に必要なのです。

ではカプセルの中には何が入っているのでしょうか?。カプセルの切片を電子顕微鏡で観察したところ、細菌と思われる像が見られました(図4)。この細菌の16S rRNA遺伝子の塩基配列を調べたところ、大腸菌に近縁なガンマプロテオバクテリアの一種であることがわかりました。ところで陸生カメムシ類の多くが中腸の盲嚢内に共生細菌を保持していることが古くから知られています。そこでマルカメムシの腸内にいる共生細菌の遺伝子塩基配列を調べたところ、カプセル内に存在していた細菌と同一の塩基配列が得られました。つまりカプセルの中身はメス親の腸内にいた共生細菌だったということです。

幼虫は孵化後にカプセルを吸うことで共生細菌を体内に取り込んでいることが予想されますが、これを確認するためにカプセルを吸わせた幼虫と吸わせなかった幼虫について体内に共生細菌が存在するかどうかを調べました。結果は予想通り、カプセルを吸わせた幼虫はすべて体内に共生細菌を保持しており、カプセルを吸わせなかった幼虫の体内からは共生細菌は検出されませんでした。これらの結果から、マルカメムシのメス親は自分の持つ腸内共生細菌を子に伝えるためにカプセルを産んでいると考えられます。

図4: マルカメムシのカプセル切片の電子顕微鏡像。スケールバーは1um。*は共生細菌の細胞を示す。
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マルカメムシの正常な成長・繁殖には腸内共生細菌が必須、ということになるのですが、共生細菌が具体的にどのような生物的機能を持っているのかはまだ解明されていません。マルカメムシのエサである植物師管液は含有栄養素が偏っているため、不足しているアミノ酸やビタミン類を共生細菌が合成し宿主カメムシに供給していると考えていますが、これを確かめるにはさらに詳細な実験をおこなう必要があります。

今回はマルカメムシMegacopta punctatissimaを例にして書きましたが、日本産の他のマルカメムシ類(タデマルカメムシCoptosoma parvipictumやツヤマルカメムシBrachyplatys subaeneusなど)においてもほぼ同様の現象が見られることを確認しています。マルカメムシ類と腸内細菌の共生系の研究上もっとも魅力的な点は、宿主カメムシの系統間で共生細菌の置換えができることです。たとえば、マルカメムシの幼虫にタデマルカメムシのカプセルを吸わせたらどうなるのでしょう?。非常に興味深いところですが、それらはまだ研究を進めている最中です。

ここでの内容について、さらに詳しく知りたい方は以下の文献をご参照ください。

  • Fukatsu, T., Hosokawa, T. (2002) Capsule-transmitted gut symbiotic bacterium of the Japanese common plataspid stinkbug, Megacopta punctatissima. Applied and Environmental Microbiology 68: 389-396.
  • Hosokawa, T., Kikuchi, Y., Meng, X. Y., Fukatsu, T. (2005) The making of symbiont capsule in the plataspid stink bug Megacopta punctatissima. FEMS Microbiology Ecology 54: 471-477.
  • Hosokawa T., Kikuchi Y., Nikoh, N., Shimada, M., Fukatsu T. (2006) Strict host-symbiont cospeciation and reductive genome evolution in insect gut bacteria. PLoS Biology 4: e337.

著者: 細川貴弘・深津武馬(産業総合研究所・生物機能工学)

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