2007年03月27日掲載 【ヒメハナカメムシ(天敵)によるアザミウマ(害虫)の防除】

岡山県北部には、アザミの花を手の中で転がし、「牛出ぇ、馬出ぇ、飛行機出ぇ」と歌いながら花の中から這い出してくる虫を、牛や馬や飛行機に例える遊び歌が伝わっています。

アザミの代わりにシロツメクサを使っても、花の中に潜んでいるアザミウマ類(図1)やアザミウマ類の天敵であるヒメハナカメムシ類(図2)などが出てきます。そして、この中に害虫防除のヒントも隠れていました。

図1: ミナミキイロアザミウマ成虫。シロツメクサにいるのは別の種類のアザミウマです (クリックで拡大します)

図2: ミナミキイロアザミウマ幼虫を食べているヒメハナカメムシ成虫 (クリックで拡大します)

1. 花の住人のセンサス

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図3: シロツメクサの開花数
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図4: アザミウマの個体数
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図5: ヒメハナカメムシの個体数
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畑の回りのあぜ地には、シロツメクサ(白クローバー)の花が咲いているのをよく見かけます。花の数は一定でなく増えたり減ったりしています。シロツメクサの花を摘んできて、あぜに腰かけ、花を逆さにして手に持ち、白い紙の上で花を指先で弾くと色々な虫が紙の上に落ちてきます。シロツメクサの花の中で花粉を食べているヒラズハナアザミウマなどのアザミウマ類の他に、アザミウマ類が大好物のヒメハナカメムシ類などがいます。この方法で花の中に潜む虫の数を定期的に調べ、同時にシロツメクサの開花数も数えると、以下のようなことが分かりました。

  • a) シロツメクサの花が6月上旬から7月下旬に減少し(図3)、少し遅れてアザミウマ類(図4)とヒメハナカメムシ類(図5)の数は減少した。
  • b) シロツメクサの花が8月上中旬にやや増加し、アザミウマ類は少し遅れて増加し、ヒメハナカメムシ類は8月下旬にいったん増加した後減少した。
  • c) シロツメクサの開花数は8月下旬以降減少したが、アザミウマ類の数は9月上旬以後再び増加した。しかし、ヒメハナカメムシ類の数は9月以降にあまり増加しなかった。

2. 花の中の出来事

花の中の生き物の数がこのような変化をしたのでしょうか? 原因を考えてみました。

  • aについて、アザミウマ類は新たに開花した花から花へと移動しながら花粉を食べ、ヒメハナカメムシ類はアザミウマ類を追っかけて、花から花へと移動した。アザミウマ類の花から花への移動は天敵のヒメハナカメムシ類からの逃れるのに役立っている。花の数が減り続ける時期には、逃げ場を失ったアザミウマ類はヒメハナカメムシ類の餌食(えじき)になりやすく、その数を減らしていった。そして、餌であるアザミウマ類の数が減るとヒメハナカメムシ類の数も少なくなった。
  • bではaと逆の関係が生じた。
  • cの時期にはアザミウマ類の数は増えた。しかし、ヒメハナカメムシは増えなかったので、9月にアザミウマ類の数は増えたようだ。

ここで紹介した花の中の出来事は、農耕地ででも起こっていました。

3. ナス畑での土着天敵の利用

図6: 果実の被害
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アザミウマ類は小さな昆虫で、多くの種類は体の長さが1?o程度ですが、体の大きさに似合わず農作物に大きな被害を発生させる種類がいます。その代表がミナミキイロアザミウマです。このアザミウマはナスの果面に焼けたような傷を発生させます(図6)。その上、ミナミキイロアザミウマは殺虫剤に抵抗性を持つなどの理由で、特に西日本のナスでは防除が最も困難な害虫です。

(1) ミナミキイロアザミウマの天敵ヒメハナカメムシ類

殺虫剤の使用が少ない露地ナスでは、ミナミキイロアザミウマが増えると畑の近くのシロツメクサなどの雑草から天敵のヒメハナカメムシ類がナス畑に飛んできて、ミナミキイロアザミウマを食べ、ミナミキイロアザミウマの発生を少なくすることがあります。しかし、これだけでナスの被害を十分に防ぐことはできません。なぜなら、ナスでヒメハナカメムシ類は餌になるミナミキイロアザミウマが増えた後に増えるので、ヒメハナカメムシ類がミナミキイロアザミウマを減らすのを待っている間に、ナスに大きな被害が生じてしまうからです。

(2) 天敵を生かした殺虫剤の利用

殺虫剤は害虫の数に関係なく害虫を減らすことができますが、一般的に殺虫剤は害虫だけでなく天敵をより強力に殺してしまいます(非選択的殺虫剤)。すると、殺虫剤散布後に生き残った害虫は、天敵の減少で殺虫剤の散布前より急速に増加することがあります。この現象をリサージェンス(殺虫剤により誘導された害虫の多発生)と呼びます。さらに、繰り返して殺虫剤の散布を行うと、殺虫剤に強い害虫を選抜することになり、ついには害虫が殺虫剤に対して抵抗性を獲得し、殺虫剤の効果が弱まり(薬剤抵抗性害虫)、新たな殺虫剤の開発が必要となってしまいます。

しかし、害虫は殺すが天敵をあまり殺さない殺虫剤(選択的殺虫剤)があれば、殺虫剤散布後も天敵の活躍が期待でき、殺虫剤で死ななかった害虫を天敵に食べてもらうことができます。こうすると、殺虫剤の散布回数を少なくでき、薬剤抵抗性害虫の出現やリサージェンスの危険性は減少します。

ミナミキイロアザミウマを殺しヒメハナカメムシ類に悪影響が少ない選択的殺虫剤が開発されています。また、既存の殺虫剤の中からも天敵に対する悪影響が少ない殺虫剤が見つかってきています。

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図7: 選択的殺虫剤と非選択的殺虫剤を散布したナスでのヒメハナカメムシとミナミキイロアザミウマの発生量の比較 (クリックで拡大します)

ナスを加害するミナミキイロアザミウマの防除に、a) 天敵を活用できる選択的殺虫剤を用いた試験区とb) 非選択的殺虫剤を用いた試験区を設け、効果を比較した結果が図7です。1989年に実施した試験ですが、当時使用されていたミナミキイロアザミウマとヒメハナカメムシ類の両方を殺す非選択的殺虫剤を13回散布した試験区よりも、ミナミキイロアザミウマを殺すがヒメハナカメムシ類を殺さない選択的殺虫剤を2回散布した試験区の方で、ミナミキイロアザミウマの数は少なくなることが分かりました。

このような天敵に悪影響が少ない選択的殺虫剤を用い、自然に発生する土着の天敵を活用する害虫防除法は、徐々に実用化されてきています。

著者: 永井一哉(岡山県農業総合センター農業試験場)

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