2007年03月27日掲載 【吸汁によって植物を激しく萎縮させるヨコバイ】

農作物の栽培方法の変化や温暖化の影響などによって,これまで害虫ではなかった虫が,新しく害虫化するものがあります。フタテンチビヨコバイは,最近,飼料用トウモロコシの成長を止めてしまう「ワラビー萎縮症」と呼ばれる被害を起こして問題になっています。ここでは,この虫のおもしろい生態を紹介します。

フタテンチビヨコバイとは

写真1

写真1: フタテンチビヨコバイの成虫(体長約3mm)(クリックで拡大します)

フタテンチビヨコバイCicadulina bipunctata (Melichar)は、カメムシ目(半翅目)の仲間の体長約3mmほどの昆虫です(写真1)。頭の部分が鮮やかなオレンジ色で翅はオリーブ色をしています。頭の部分に黒点が2つあるのがその特徴です。この虫は、アフリカからアジア・オセアニアの熱帯・亜熱帯にかけて広く分布する熱帯性の昆虫で、分布の北限にあたるアジアの温帯地域では、日本のほか中国や台湾にも分布しています。

フタテンチビヨコバイは90年ほど前に九州で採集記録があることから、最近日本に侵入したのではなく、古くから分布していたようです。日本では現在、九州中南部から南西諸島、小笠原諸島にかけて分布することが知られています。しかし、熊本県を中心に最近多発生するまでは、この虫の分布はたいへん局地的で個体数も非常に少なく、採集するのも難しい「珍品の昆虫」のひとつでした。

寄主植物と周年経過

フタテンチビヨコバイのもともとの寄主植物(餌とする植物)については不明ですが、広い範囲のイネ科植物を利用していると考えられます。農作物では、これまで主にトウモロコシで発生しています。熱帯地域では、この虫は水田でも見られイネを加害したという報告もありますが、日本ではこれまで水田では発見されていません。

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図1: フタテンチビヨコバイの周年経過と飼料用二期作トウモロコシ栽培の模式図(松村ら, 2005から作成)(クリックで拡大します)

フタテンチビヨコバイの日本における詳しい分布地域と周年経過については、まだ不明な点が多く、現在調査中です。これまでの調査から、日本では以下のような周年経過をするものと考えられています(図1)。

フタテンチビヨコバイは、春先から夏にかけてイネ科雑草上で増殖します。4?5月の春播きのトウモロコシでは、虫の密度が低いために被害が起こりません。7月下旬以降に虫の密度が高くなり、その一部がトウモロコシ畑に侵入します。7月下旬から8月中旬にかけて、播種後間もない夏播きのトウモロコシ幼苗を吸汁加害し、次に紹介するようなワラビー萎縮症と呼ばれる大きな被害を引き起こします。9月下旬から10月に個体数はピークとなります。秋以降には多年生雑草などで成虫で冬を越すと考えられますが、詳しいことは不明です。越冬可能な地域は九州中部以南であると考えられます。

写真2

写真2: フタテンチビヨコバイの加害によるトウモロコシのワラビー萎縮症の症状(クリックで拡大します)

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写真3: ワラビー萎縮症の激発した飼料用トウモロコシ畑(2005年9月/熊本県)(クリックで拡大します)

吸汁加害によって起こるワラビー萎縮症

フタテンチビヨコバイがトウモロコシを吸汁加害すると、葉脈がこぶ状に隆起して葉の成長が抑制されるため、激しく萎縮してしまいます(写真2)。このため、症状が激しい場合にはトウモロコシの成長が止まって収量が著しく低下します(写真3)。この被害は、これまで熊本県のほか、鹿児島、宮崎県などでも発生が確認されています。この被害の症状は、オーストラリアで初めて発見されたのと、萎縮した葉の形が動物のワラビー(小型のカンガルー)の耳に似ているために、「ワラビー萎縮症」と呼ばれています。ちなみに、中国では「玉米鼠耳病」と呼ばれています。ワラビー萎縮症は、オーストラリアやフィリピンなどで古くから報告があり、中国の四川省や貴州省などでも1980年代以降に大きな被害が発生しています。

ワラビー萎縮症の発現過程

ワラビー萎縮症が起こる原因については、フタテンチビヨコバイを植物から取り除くと被害がそれ以上進まないことから、虫が媒介するウイルスなどの病原菌による病気ではなく、吸汁する際に植物体内に注入される何らかの毒素などの物質によって起こるとされています。しかし、その詳しいメカニズムについては不明で、現在研究を進めています。

図2

図2: ワラビー萎縮症のおこりかた(松村・徳田, 2004から作成)(クリックで拡大します)

ワラビー萎縮症の発現過程については、トウモロコシの幼苗に実験的に虫を放飼することによって、以下のようなことがわかっています(図2)。トウモロコシに虫を加害させると、加害を受けた葉そのものには何も起こりませんが、次に出てくる展開葉の葉脈が隆起し、成長が著しく抑制されます。このような症状は成虫・幼虫いずれの吸汁加害によっても起こります。虫を取り除くと、次の次に出てくる展開葉は再び正常な成長に戻りますが、虫を放飼し続けると、新たな展開葉にはすべて症状が発現します。これらのことから、吸汁時に植物体内に注入される唾液などに含まれる物質が植物体の成長点に影響して、ワラビー萎縮症の症状を発現させるものと考えられます。

このように、昆虫の吸汁加害によって植物の組織形態が大きく変化することから、ワラビー萎縮症は昆虫が作るゴール(虫こぶ)に似たものと考えられます。ただし、一般的なゴール昆虫のように、変化した組織の中に虫が入り込んで生活するようなことはありません。また、植物の組織を変化させることによって、この虫にとって利点があるか否かについては不明で、今後のたいへん興味深い研究課題です。

最近の被害拡大とその原因

ワラビー萎縮症の被害は、1988年以降に熊本県の夏播き飼料用トウモロコシで局地的に発生していましたが、 2001年頃から虫の密度と被害発生地域が急速に拡大しました。特に2004年には、初夏からフタテンチビヨコバイの密度が急増して、熊本県の夏播きトウモロコシに大きな被害が発生しました。被害が激しい圃場では、トウモロコシの生育が10~50cm程度で停止して大きな減収となりました。

図3

図3: 熊本市および菊池市における年平均気温の長期的推移(気象庁電子閲覧室のデータから作成)(クリックで拡大します)

このような近年のフタテンチビヨコバイの分布拡大・生息密度増加の原因として、近年の地球温暖化による夏季の高温と暖冬傾向が考えられます。熊本市と菊池市の年平均気温の長期的推移をみると、年平均気温は右上がりに上昇し、この45年間で約1.5℃程度上昇していることがわかります(図3)。それに加えて2000年以降は、年平均気温の年による変動がたいへん小さく、それ以前の年と比較して平均気温が低い年が全くないことがわかります。これは、暖冬傾向が続いているためと考えられます。このため、フタテンチビヨコバイの冬季の生存率が上昇し、それが翌年の発生量の増加につながったと考えられます。

虫の特性から見た今後の被害拡大の可能性

フタテンチビヨコバイの温度と発育の関係を調べたところ、この虫は31℃や34℃といった高温条件下でも発育遅延が見られないことから、高温耐性が極めて強いことがわかりました。さらに、この虫はヨコバイ類としては比較的長命で、平均成虫寿命は25℃で50日を越えることがわかりました。これらの特性は、温暖化によって高温が続く場合には増殖にとって有利なものです。また、ワラビー萎縮症の被害発生が少数の成虫による短期間の加害で起こることから、フタテンチビヨコバイの成虫寿命が長いことは、虫の発生が早期化するほど加害を受ける期間が長くなることを意味しています。したがって、温暖化などによって虫の発生時期が早期化するほど、ワラビー萎縮症の被害は拡大すると考えられます。

2100年までに温暖化によって年平均気温が今より2℃上昇すると仮定した場合、フタテンチビヨコバイの年間の発生世代数は今より1.3?1.4世代増えると予測されました。このことから、長命で高温適応性の高い特徴を持つフタテンチビヨコバイは、今後さらに温暖化傾向が続く場合には、発生時期が早期化し発生密度が高くなる可能性があります。

今後の課題

現在、フタテンチビヨコバイの密度が高くなるのは7月下旬以降なので、ちょうどその時期に播種される夏播きの飼料トウモロコシで大きな被害が発生しています。しかし、虫の発生時期が早期化する場合には、春播きのトウモロコシや他のイネ科作物にも被害が拡大する可能性があります。フタテンチビヨコバイは、トウモロコシに限らず広くイネ科植物全般を加害することが可能です。このため、他のイネ科飼料作物やイネをはじめとする食用作物でワラビー萎縮症の被害が拡大しないかどうか、九州沖縄農業研究センターで研究を進めています。

著者: 松村正哉(九州沖縄農業研究センター)

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