2007年03月27日掲載 【カシノナガキクイムシ】

「キクイムシ」には、その名の通り木を食べる種類の他に、木の中に餌となる菌類を持ち込んで栽培する種類がいます。このような農業を営むキクイムシの一種が樹木の幹に孔をあけ、次々に枯死させる被害が全国各地で拡がっています。今回は、この奇妙な現象を紹介しようと思います。

写真1: カシノナガキクイムシの成虫と幼虫
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1. キクイムシとは

キクイムシは、世界に7千種以上が知られており、形態によってキクイムシ科とナガキクイムシ科に大別されています。日本にも300種以上が知られていますが、ほとんどは体長1cm以下と小さく、黒色などの単一色で、ゴマ粒のような地味な存在です。また、樹木の幹や製材した木材に孔をあけるため、害虫として扱われることが多い昆虫です。このため、蝶やカミキリムシを収集する人は多いのですが、キクイムシを収集する人はほとんどいません。しかし、キクイムシは、衰弱木を早く枯死させたり、腐りにくい材部を分解するなど、物質循環を促進するという重要な役割を担っています。

キクイムシの食べ物は多様です。名前の通り樹木の内樹皮や材部を食べる種類の他に、ドングリやコーヒー豆のような種子を食べる種類がいます。また、アリやシロアリがキノコを栽培することはよく知られていますが、キクイムシにも菌類を栽培してそれを餌にする種類がいます。このグループは養菌性キクイムシと呼ばれ、樹木の奥深くに孔道(トンネル)を掘り、菌のう(菌類の胞子や菌糸を貯蔵する器官)によって運搬した菌類を孔道壁面で栽培して摂食します。1836年に、キクイムシが正体不明の白い物を食べていることを発見した研究者は、よほど驚いたのでしょう、この食べ物をアンブロシア(ギリシャ神話に登場する不老不死をもたらす神の食べ物)と呼びました。このため、養菌性キクイムシが食べる菌類はアンブロシア菌と総称されています。

キクイムシは、生活様式も多様です。多くの昆虫では、カブトムシのように、卵を産む親と卵から孵った子供とが対面する機会はありません。しかし、キクイムシの場合は、人間と同様に、一夫一妻制や一夫多妻制などの結婚生活を営み、子育てをします。また、雌が兄弟である雄と交尾したり、交尾していない処女雌が雄(息子)を産み、その息子と交尾するなど、近親結婚も珍しくありません。それどころか、オーストラリアのユーカリで暮らすナガキクイムシ科の一種は、女王だけが卵を生み、女王以外は子供の世話や巣の管理を行うワーカーとして働くことが報告されています。このような生活様式は真社会性と呼ばれ、アリ、ハチ、シロアリなどには多くの種類がいますが、甲虫では、ユーカリで暮らすこの種だけが真社会性として認められています。

写真2: 集団枯死したミズナラ(2005年撮影)
左下は、枯死木の根元に堆積したフラス
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2. カシノナガキクイムシの穿入に伴うブナ科樹木の枯死被害

ナガキクイムシ科に属するカシノナガキクイムシ(以下、カシナガ)が幹に孔を掘り、大きな樹木を枯死させる被害が各地で拡大しています。カシナガの成虫は円筒形で、雄の翅の末端は尖り、雌の前胸背と呼ばれる部分には菌のうの役割を果たす5~10個の丸い窪みがあります(写真1)。幼虫は5齢を経過し、終齢幼虫は頭部後方が膨らんでいます(写真1)。カシナガによって幹に孔を掘られた樹種は56種に達していますが、枯死するのはナラ類(ミズナラ、コナラなど)やシイ・カシ類(ウラジロガシ、マテバシイなど)などのブナ科樹種だけです。樹木が枯死する時期は、葉の緑が濃い7月上旬~9月下旬ですので、赤褐色の葉を付けた枯死木はよく目立ち、真夏に紅葉したかのような異様な光景が広がります(写真2)。枯死木では葉が変色するだけでなく、カシナガが掘った多数の孔(穿入孔)からフラス(虫糞と木屑の混合物)が排出されて根元に堆積します(写真2)。

枯死木やカシナガの体表からはナラ菌と呼ばれる糸状菌が分離されます。このナラ菌を健全木に接種したり、健全木の幹にカシナガの成虫を穿孔させた結果、健全木の枯死が再現されました。これらのことから、真犯人はナラ菌であり、病原菌であるナラ菌をカシナガが運搬していることが明らかになりました。ナラ菌が侵入した樹木の材部は、黒褐色に変色して水を通す機能を失います。この変色部は、本来はナラ菌の樹体内への蔓延を防ぐために形成されるのですが、ナラ菌はカシナガが掘った多数の孔から侵入しますので、水を通す機能を失った変色部が幹の断面全体に拡がり、根から吸い上げた水が葉に届かくなって枯死するのです。

図1: 都道府県別の初めて被害が確認された時期
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3. 被害発生要因

最も古い被害記録は1934年の南九州での被害で、その後、1980年代までは限られた地域で発生していましたが、1980年代以降に急速に拡大しました(図1)。このように、近年になって被害が拡大したため、酸性雨や地球温暖化が被害発生要因であるとする仮説が提唱されました。これらの仮説は、被害が発生してから数年以上が経過した激害地で得られたデータに基づいています。やはり、被害発生要因を解明するためには、火災と同じで、火元の調査が重要です。そこで、最初に被害が発生した場所を詳細に調査しました。その結果、いずれの地域でも、最初の被害は、1960年代に始まった燃料革命(燃料を薪炭から化石燃料に切り替えた生活様式の変化)後、薪炭林施業を中止したために、樹木が大径木化している場所で発生していることが明らかになりました。また、カシナガは森林の中で最も大きな木から先に孔をあけ、大径木から先に枯死する傾向がありました。酸性雨や地球温暖化の影響がなかった1950年代に発生した兵庫県での被害も、薪炭林施業の中止によって樹木が大径木化した場所で発生しています。これらのことから、人間の勝手な都合で薪炭林が放置され、樹木が大径木化していることが被害発生要因であると考えられました。

カシナガの繁殖力については、孔道あたりの脱出数(カシナガの雌雄ペアあたりの子供数)は、10頭程度と考えられていました。ところが、丸太を用いた飼育では、丸太の直径が大きいほど孔道あたりの脱出数が多く、500頭以上が脱出する場合もありました。また、ミズナラ枯死木でも、胸高直径が大きいほど孔道あたりの脱出数が多く、大径木の幹からの総脱出数は1万頭に達しました。このように、カシナガが大径木を好み、大径木で高い繁殖力を示すことも、樹木の大径木化が被害発生要因であることを支持しています。ただし、地球温暖化によってカシナガの分布地域が冷温帯域にまで拡大していることや、冷温帯に分布する樹木が温暖化のために耐えられる以上の高温に曝されて衰弱していることが、被害に関与している可能性もあります。また、カシナガやナラ菌が近年になって海外から侵入したために、被害が拡大している可能性もあります。ヨーロッパや韓国でも、カシナガと同属のナガキクイムシと、それが運搬するナラ菌と同属の菌類によるブナ科樹木の枯死被害が発生しています。これらの地域の被害状況が明らかになれば、日本での被害の発生要因もさらに詳細が明らかになるでしょう。

図2: カシノナガキクイムシの交尾行動
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4. カシノナガキクイムシの生態

カシナガは、日の出からの数時間に繁殖場所から脱出し、午前中に飛翔します。雄が最初に繁殖場所にふさわしい樹木を見つけて孔を掘り、集合フェロモンを発散し、これに誘引された雄が次々に飛来して集合フェロモンを発散するため、1本の樹木に多数の雌雄成虫が飛来して幹に多数の孔が掘られます。このような集中攻撃はマスアタックと呼ばれ、樹液などによる樹木の抵抗力を回避するために有効です。マスアタックを起こすためには、同時に多数の成虫が飛翔する必要があります。そこで、カシナガでは、20℃以上の気温と日差しという2条件が揃った午前中に、同時に多数の成虫が飛翔します。

カシナガの交尾行動は複雑です(図2)。繁殖場所に飛来した雌は、雄が掘った穿入孔を探して孔道内に侵入します。しばらくして雌が出てくると、続いて雄も出てきます。そして、穿入孔で雌と雄が入れ替わり、雌が先に孔道内に侵入して孔道の先端部をかじります。このようにして孔道をチェックした雌は、穿入孔で待機している雄の腹部下側に出てきて交尾が成立します。交尾行動の際、雌雄成虫は、翅の裏側にあるやすり状の構造と、これに対応する腹部の隆起部をこすりあわせて発音します。

図3: カシノナガキクイムシの孔道
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カシナガは複雑で長い孔道を形成します(図3)。まず、雄が穿入孔の奥に、幹の中心に向かって長さ数cmの穿入母孔を掘ります。次ぎに、穿入孔で交尾した雌が穿入母孔を延長して、幹の円周方向に長さ十数cmの水平母孔を掘り、運んできたアンブロシア菌を孔道壁面に植え付けて産卵します。孵化した幼虫は、孔道壁面に生育したアンブロシア菌を食べて成長し、長さ1cm程度の幼虫室を掘り、そこで越冬します。幼虫室で羽化した成虫は孔道を逆戻りして、6〜9月に雄親が掘った穿入孔から脱出します。

養菌性キクイムシは、一生の大半を堅い材内の奥深くで暮らしますので、材内での行動は謎に包まれていました。しかし、カシナガでは、丸太や人工飼料を用いた飼育法が開発され、材内での行動が明らかになりつつあります。例えば、雌が樹木繊維を大顎でほぐして引き抜くようにしながら孔道を掘ることや、雄が体を回転させながら翅の末端の突起を利用して木屑を穿入孔まで運搬することが観察できました。また、雌は交尾直後に数個の卵を産み、この卵から孵った幼虫が交尾2週間後に終齢に達し、自ら分岐孔を掘り、親成虫が産んだ卵を移動させることが明らかになりました。さらに、終齢幼虫が尾部から透明の液を出して孔道壁面を濡らし、濡らした部分を頭部でこねながら前方に移動する行動が観察できました。餌である酵母類は菌糸を延ばさないため、自力で蔓延する能力は高くありません。そこで、終齢幼虫が酵母類を前方に押し広げて蔓延させていると考えられます。

カシナガは、子供(新成虫)が巣から脱出して繁殖するため、真社会性の条件(親と子供が共存し、生殖のみを行う成体と生殖を行わないワーカーや兵隊などの成体が共同で保育を行う)を満たしていません。しかし、早く生育した幼虫が子供の世話や巣の管理を行っている可能性が高く、このような幼虫のワーカー的行動はキクイムシでは報告例がありません。また、終齢幼虫の尾部から分泌された乳白色の液体を他の終齢幼虫が吸い取る行動が観察され、真社会性の昆虫に見られる栄養交換を行っている可能性もあります。アリ、ハチ、シロアリなどの真社会性の昆虫は、地球上で繁栄していますが、どのようにして真社会性に至ったのかは謎です。真社会性やそれに近い生活を営む種類を含むナガキクイムシ科は、真社会性に至る謎を解き明かすための格好の材料なのかもしれません。

5. おわりに

キクイムシは見た目には地味ですが、分解者として人類にとっても不可欠な存在であり、生態も興味深いものです。キクイムシは、その重要性から考えますと、研究対象にする人があまりにも少ないのです。見た目に美しい昆虫に魅せられて、それを研究対象にするのもよいのですが、もう少しキクイムシにも注目して欲しいのです。とくに、高度に進化した養菌性キクイムシは、木材を利用することに最も成功した生物であり、これを研究することは、木材からの食料や燃料の確保など、木材の有効利用法の開発につながるかもしれません。ここに書いた内容が読者のキクイムシへの興味を喚起し、キクイムシを研究対象にする人が一人でも増えることにつながれば幸いです。

著者: 小林正秀(京都府林業試験場)

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