2007年03月27日掲載 【社会性昆虫の卵保護行動を介した生物間相互作用】

親が自分たちの子を認識し、世話をすることは、あらゆる社会性生物にとって社会の基礎となる重要な行動です。カッコウの托卵で知られるように、擬人的に言えば親から子への無償の愛を巧妙に利用する生物がいます。アリやシロアリの職蟻は、女王の産んだ卵を育室で大切に世話をします。ここで「シロアリの卵に擬態する菌類」と「巨大アブラムシの卵を保護するアリ」の話を紹介します。

はじめに

最近、周囲の人から私の「親バカ」を指摘されることがあります。自分では自覚していないのですが、言われてみれば確かに親バカ的な行動をとっていたりします。その無自覚性と意外性ゆえに、親バカというのは滑稽に見られます。程度の差はあれ、人の親は誰しも子供に対して損得勘定なく、文字通り無償の情愛をもって接します。情愛という表現は擬人的でありますが、親による子の世話は、あらゆる社会性生物にみられ、それが社会性の進化上の根源であります。よって親子の関係は進化生態学の主要なテーマの一つでもあり、多くの研究が成されてきました。「親子関係の進化生態学(齋藤裕 編著)」という本を読むと親子関係の進化の面白さに惹かれると思います。親による子の世話は、親から子への投資であり、そこには個体から個体への資源の移動があります。しかも、そこには不可避的な強い引力が働いています。資源の移動がある所には、そのおこぼれを授かろうとする者、それを巧く利用しようとする者が現れます。カッコウの托卵が最も有名な例ですが、ここで紹介するのは社会性昆虫にみられる現象です。

アリとシロアリは系統的にも社会の構造も大きく異なりますが、どちらも土や朽木の中に巣を作って社会生活を営んでいます。コロニーは巣の構造と兵蟻や職蟻によって、天敵に対して強固に守られています。コロニーにとっての脅威は天敵だけではありません。土や朽木の中に棲む生物たちは、バクテリアや糸状菌などたくさんの微生物に囲まれて生活しています。血縁者集団で生活している彼らにとって、病気の感染はコロニー崩壊につながりかねません。そのため、アリやシロアリは抗菌作用のある糞や唾液で巣の内壁を抗菌コートし、さらに盛んにグルーミングをして病気の感染を抑えています。特に卵は育室に運んで頻繁にグルーミングし、大切に保護します。グルーミングによって卵はクリーニングされ、適度に保湿され、唾液の抗菌作用で病原性微生物から守られます。職蟻による保護がなければ、卵は生存できません。育室は病原性微生物からしっかりと守られたシェルターになっています。以下に紹介するのは、このような社会性昆虫の卵保護行動を利用したり、その恩恵を受けている生物たちです。

シロアリの卵に擬態する菌核菌「ターマイトボール」

図1: シロアリ卵とターマイトボール
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上述のように、シロアリの職蟻は、女王の産んだ卵を運んで山積みにし、世話をする習性があります。面白いことに、このようにしてできる卵塊の中に、シロアリの卵とは異なる褐色の球体が見られます(図1)。著者らはこの未知の物体を「ターマイトボール」と名付けました。この球体のリボソームRNA遺伝子を分析した結果、Athelia属の新種の糸状菌がつくる菌核であることが判明しました(Matsuura et al. 2000)。菌核とは菌糸が柔組織状に固く結合したもので、このかたちで休眠状態を保つことができます。卵塊中に菌核が存在する現象は、ヤマトシロアリ属のシロアリに極めて普遍的にみられます。日本のヤマトシロアリReticulitermes speratusでは、ホストの樹種によっても多少異なりますが、アカマツ材に営巣した野外のコロニーはほぼ100%卵塊中に菌核を保有しています。また、米国東部に広く分布するR. flavipesおよび米国東南部に生息するR. virginicusも、同様に菌核を保有します(Matsuura, 2005)。現在までに、6種のシロアリの卵塊から菌核菌が見つかっています。

では、なぜシロアリは菌核を卵塊中に運び込むのでしょうか。ガラスビーズで卵のダミーを作り、シロアリの卵認識メカニズムを調べたところ、シロアリは卵の形とサイズと、卵認識物質によって卵を認識することが判明しました。シロアリの卵は俵型をしていますが、ワーカーが運搬する際には常に短径の側をくわえます。卵の短径と同じサイズのガラスビーズに卵から抽出した認識物質を塗布して与えると、卵として運搬し、世話をします(図2)。そして、この菌核菌はシロアリの卵の短径と同じサイズの菌核をつくり、さらに化学擬態もしていることが明らかになりました (Matsuura et al. 2000; Matsuura 2003)。電子顕微鏡で表面構造を比較すると、ターマイトボールの表面はシロアリの卵と同様にとても滑らかで、他の近縁な菌核菌と比べても大きく異なっていることが分かります。写真から分かるように、卵と菌核は色が異なるので、人が見ると容易に識別できます。しかし、真っ暗な巣の中で視覚をもたないシロアリのワーカーにとって、ターマイトボールは自分たちの卵として認識されます。

matsuura_fig2thum.jpg

図2: 卵および卵のダミーの卵運搬活性比較
TMB: ターマイトボール、eq: 卵等量(物質濃度)
0.4mmガラスビーズはシロアリの卵の短径と一致
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菌核は耐久器官であり、通常は乾燥にも耐えるのですが、ターマイトボールには乾燥耐性がありません。シロアリの育室で保護されている限り、他の微生物から守られ、保湿され、コロニーの移動に乗じて移動分散することが可能です。卵塊中にある間は職蟻のグルーミングを受けるため発芽を抑制されていますが、古くなって形が変形しものや、認識物質を失ったものは、職蟻に卵とは認識されなくなり、巣の内壁に埋め込まれます。こうして発芽抑制から外れた菌核は腐朽材とシロアリの排泄物を利用して生育し、シロアリの巣内で次々と新たな菌核を形成します。新たに出来た菌核はシロアリによって卵塊中に運ばれ、数を増していきます。晩夏には卵塊中の卵よりも菌核の数の方が多いこともしばしばあります。このようにターマイトボールはシロアリの卵に擬態することによって、競争者フリーのシェルターの中で保護され、生育し、また移動分散の利益も得ています(Matsuura 2003; 2006)。

シロアリがターマイトボールを食べることはなく、卵擬態菌核菌の有無はシロアリの栄養状態には正にも負にも影響しません。卵塊中の菌核は発芽を抑制されていますが、実験的にワーカーを取り除くと、菌核が発芽し、卵はすべて吸収されてしまいます。グルーミングを怠れば、菌核は卵キラーと化します。野外のコロニーでもごく低頻度ながら菌核菌による卵の死亡が確認されています(Matsuura 2006)。シロアリは毎日何万個もの菌核をグルーミングしなければならないため、相当のコストがかかっていると考えられます。現在までに分かっている短期的な利益とコストから考察すると、シロアリとターマイトボールの関係は菌の側に利益があり、シロアリにはコストとなっており、ターマイトボールは卵擬態によってシロアリに寄生しているといえます(Matsuura 2006)。

巣の中で巨大アブラムシの卵を保護するアリ

上述のシロアリと卵擬態菌核菌の関係は、卵保護を介した寄生関係ですが、次は共生者であるアブラムシの卵を保護するアリの話です。アブラムシとアリの共生についてはよく知られています。アブラムシが糖やアミノ酸を含んだ甘露を出し、アリがその甘露をもらう代わりにアブラムシを天敵から守るというものです。しかし、その関係は常に相利的ではなく、敵対的なものから絶対共生まで様々です。近年、アブラムシとアリの関係を決める要因として、アブラムシが吸汁する植物の部位が重要であることが報告されています。植物の葉や細い茎を吸汁するアブラムシに比べて、樹木の太い幹部を吸汁するアブラムシはずっと長い口吻をもっており、天敵に襲われた際に、すばやく引き抜いて逃げることは不可能です。そのため、樹木吸汁性のアブラムシにとってアリの随伴は不可欠であり、より深い共生関係にあると考えられています。その典型的な例はクチナガオオアブラムシ属(Stomaphis)のアブラムシに見ることが出来ます。このアブラムシの仲間は世界で26種、そのうち日本には14種いますが、すべて樹木吸汁性です。Stomaphis属はアブラムシの中で最も体が大きく7mmにもなり、厚い樹皮を貫通させるために体長よりはるかに長い口吻をもっています。

ヒルカワクチナガオオアブラムシS. hirukawaiは唯一ヒノキの幹を吸汁するアブラムシです。1995年に記載されたばかりで、その生態についてはほとんど知られていませんでした。私たちは朽木の中にある蟻の巣の中からこのアブラムシの卵塊を発見したことがきっかけで、このアブラムシと随伴アリの研究を始めました。調査地である岡山県高梁市のヒノキ林では、S. hirukawaiは常にヒゲナガケアリLasius productusに随伴されています。このアリはヒノキの樹幹を這うように蟻道をつくり、アブラムシはその蟻道の中で生活しています。ヒノキを吸汁することのできるアブラムシは他にないので、アリにとってこのアブラムシの甘露はヒノキ林で得られる唯一の栄養源と考えられます。また、長い口吻のために簡単に動くことのできないアブラムシは、アリの蟻道の中で安全に吸汁することが出来ます。このように、S. hirukawaiL. productusは互いに欠くことのできない重要なパートナー同士です。

図3: ヒゲナガケアリの巣内にいるアブラムシ
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このアブラムシはヒゲナガケアリの巣の中で交尾、産卵し、アリはアブラムシの卵を育室に運んで山積みにし、世話をすることが明らかになりました(図3)(Matsuura and Yashiro, in press)。朽木の中にあるアリの巣の中から、明らかにアリの卵とは異なる黄色い大きな卵がたくさん出てくるので、はじめて見つけた時には驚きました。アリの巣から採集したアブラムシの卵を、シャーレの中に並べ、隣にアリの巣を置くと、職蟻はアブラムシの卵を次々と巣の中に運搬します。アリは、自分のコロニーから採集されたアブラムシの卵と、他コロニーから採集されたアブラムシの卵を区別なく運搬します(図4)。アリはこのアブラムシの卵を餌にするわけではありません。実際、アリの飢餓状態は卵の生存率に影響しません。先に紹介したシロアリの卵保護と同じように、アリが卵をグルーミングすることによって、卵の生存率は高く維持されますが、アリを除去すると、卵はすぐにカビに殺されてしまいます(Matsuura and Yashiro, in press)。カビに対する保護効果だけでも卵の生存率に大きな差があるので、天敵や他コロニーが存在する野外では、アリによる卵の保護はさらに重要な意味をもつと考えられます。

matsuura_fig2thum.jpg

図4: アリによるアブラムシ卵の運搬保護率
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このアリとアブラムシの関係は相利共生であり、アブラムシの卵を保護することは両者にとって利益があります。したがって、アブラムシの卵はアリの卵に擬態する必要はないと考えられます。つまり、アリはアブラムシの卵であることを分かった上で、保護していると推測できます。ただし、一見相利的に見える関係であっても、よく調べると様々な対立を含んでいることがよくあるので、この点は慎重に判断しなければなりません。アブラムシの卵がアリの卵に擬態しているかどうかを明らかにするには、卵表面の炭化水素組成を調べるなど詳しい分析が必要です。アリとアブラムシの相互作用には様々な段階がありますが、アリの巣の中でアブラムシの卵を保護する関係は、その中でも相当進んだ段階です。多様な共生関係の進化を考える上でも、卵保護を介した相互作用は重要な意味をもっています。

おわりに

社会性昆虫の卵保護を介した相互作用の話を2つ紹介しましたが、一つは寄生、もう一つは対照的に相利共生です。相互作用のトータルでの収支が正か負かによって、同じ卵保護でも、行為者にとっての意味は全く異なります。また、それによって被行為者が行為者を「だます」必要があるか否かが異なります。注意すべきは、ソロモンの指輪でもない限り、私たちは虫たちがどう反応するかを見ることはできても、虫たちがどう認識したかを直接知ることは出来ないということです。アリとアブラムシの関係のように、利益があるなら、擬態する必然性はないわけです。反応を見てどう認識したかを厳密に判断するためには、行為者にとってのその行為の意味を理解することが必要となります。相互作用が複雑になれば、この点が最も難しく、最も重要となります。

擬態と認識はコインの裏表のようなもので、どう擬態するかは、だます相手が何によって認識しているかで決まります。視覚のないシロアリの職蟻にとってターマイトボールは卵そのものです。そして卵の持つ強烈な引力に引かれ、せっせと世話を続けます。私たちには滑稽で愚かにすら見えます。しかし、どうでしょうか、お受験産業からオレオレ詐欺まで、親子の引力につけ込まれる危険性は私たちの世界にも普遍的に存在します。親バカと言われている身には他人事ではないのかも知れません。

参考文献

  • Matsuura, K., Yashiro, T. (2006) Aphid-egg protection by ants: a novel aspect of the mutualism between the tree-feeding Stomaphis hirukawai and its attendant ant Lasius productus. Naturwissenschaften (in press)
  • Matsuura, K (2006) Termite-egg mimicry by a sclerotium-forming fungus. Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences 273, 1203-1209.
  • Matsuura, K. (2005) Distribution of termite egg-mimicking fungi ("termite balls") in Reticulitermes spp. (Isoptera: Rhinotermitidae) nests in Japan and the United States. Applied Entomology and Zoology 40, 53-61.
  • Matsuura, K. (2003) Symbionts affecting termite behavior. In: Insect Symbiosis (eds. Miller Thomas, and Kostas Bourtzis), CRC Press Inc., Boca Raton, Page 131-143.
  • Matsuura, K., Tanaka, C. and Nishida, T. (2000) Symbiosis of a termite and a sclerotium-forming fungus: Sclerotia mimic termite eggs. Ecological Research 15, 405-414.

著者: 松浦健二(岡山大学大学院環境学研究科)
URI: http://www.agr.okayama-u.ac.jp/LIPM/

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