2015年09月14日掲載 【カイコで遺伝子を強力に働かせることに成功】

私たち日本人にとって馴染みの深い昆虫であるカイコは、「遺伝子組換え技術」を用いることによって様々な遺伝子の機能を調べたり、また私たちの役に立つタンパク質を生産したりすることができます。今回私たちは、カイコの全身で遺伝子を強く働かせることに成功し、組換えカイコをさらに利用しやすくするための技術を開発しました (参考文献1、2)。

カイコの遺伝子組換え技術の現状

カイコは養蚕業に用いられている昆虫であり、近代日本の発展を支えてきた私たち日本人にとても関わりの深い昆虫です。また、脱皮や変態をつかさどるホルモンの働きに関する研究や、害虫制御の研究など、様々な研究分野で材料として用いられている大変魅力のある昆虫です。私たちの研究室では、2000年に世界で初めてカイコで遺伝子組換えを起こすことに成功しました。これは、piggyBac(ピギーバック)というトランスポゾン(動く遺伝子)の配列を利用して遺伝子導入を行うものです。このトランスポゾン配列の中に、導入したい遺伝子と、マーカーとよばれる組換え体判別の指標となる遺伝子を入れておき、マーカーの発現を観察することで遺伝子組換えが起こったかどうかを判別します。遺伝子組換え技術を使うことで、カイコの様々な遺伝子の機能を調べることや、また医薬品や化粧品などといった私たちの生活に役に立つタンパク質をカイコに作らせることが可能になります。近年では、カイコ以外の様々な昆虫でもこの遺伝子組換え技術を用いた研究が盛んに行われています。その一方で、この技術にはまだまだ課題も残されています。例えば、導入した遺伝子を働かせるためには「プロモーター」と呼ばれる遺伝子の働きを適切に制御するための塩基配列が必要なのですが、カイコを含め多くの昆虫では、利用できるプロモーターの種類が不足しています。そのことにより、遺伝子組換え体の判別が大変だったり、調べたい遺伝子の機能を調べることができなかったり、また医薬品など有用タンパク質の生産量が少なかったりするという問題が生じています。このような問題を解決するには、より多くのプロモーターを特定し利用できる状況にする必要があります。

 

カイコの全身が赤く光る系統の単離

図1

図1: 通常系統(A)およびエンハンサートラップ系統AyFib-431a(B)でのDsRedの発現。それぞれ左の写真が白色光下、右の写真が蛍光下で撮影したもの。右側の写真で赤色に光っているのが活性のある部分を示す。通常系統では眼と神経でのみDsRedは発現しているが(白い矢頭)、エンハンサートラップ系統AyFib-431aでは全身でDsRedが発現している。スケールバーは卵が0.3mm、幼虫が1mm、蛹と成虫が3mmを示す。Tsubota et al (2014)の図を一部改変。
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カイコでは2008年に全ゲノム配列が解読され、次の課題としてそれぞれの遺伝子やその制御領域の機能を明らかにすることが挙げられます。遺伝子やその発現を制御する領域を新しく見つける方法の一つに、「エンハンサートラップ法」と呼ばれる方法があります。これは、トランスポゾンをランダムに転移させた系統を数多く作出し、トランスポゾンの中に組み込んでおいたレポーター遺伝子(蛍光タンパク質遺伝子など)の発現を指標にして、新しく遺伝子を探索するという方法です。エンハンサートラップ法では、レポーター遺伝子とトランスポゾンが挿入しているゲノム領域の近傍にある遺伝子とが、同様の発現パターンを示します。レポーター遺伝子が面白い発現を示す系統を得ることができたら、次にその系統でのトランスポゾンの挿入位置を調べ、遺伝子の特定を行います。私たちの研究室では、2008年に多数のカイコエンハンサートラップ系統を作出し、レポーター遺伝子の発現パターンと各系統でのトランスポゾンのゲノム挿入位置をデータベース上で公開しています(http://sgp.dna.affrc.go.jp/ETDB/)。

このようなエンハンサートラップ系統を作出する過程で、今回大変面白い系統を得ることができました。この系統は、マーカー遺伝子としてサンゴ由来の赤色蛍光タンパク質「DsRed」を持っており、その発現は3xP3という眼と神経でのみ働くプロモーターにより制御されています。よって、通常ならばこの系統は眼と神経でのみ赤く光ります(図1A)。この系統を用いて多数のエンハンサートラップ系統を作出したところ、カイコの全身が強力に赤く光るようになった系統(AyFib-431a系統と命名)を1系統得ることができました(図1B)。私たちは、この系統ではトランスポゾンが挿入したゲノム領域のプロモーターの働きによりDsRedが全身で働くようになったと考え、さらに解析を続けました。

hsp90プロモーターは強力な活性を持っていた

図2

図2: AyFib-431a系統でのトランスポゾンの挿入位置。Tsubota et al (2014)の図を一部改変。
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AyFib-431a系統でのDsRedの発現をさらに詳しく調べたところ、カイコの卵、幼虫、蛹、成虫といったあらゆる発育段階や、また幼虫のあらゆる組織で発現していることが分かりました(図1B)。このことから、この系統が挿入した遺伝子も同じように、カイコのあらゆる発育段階や組織で強く発現している可能性が示唆されました。AyFib-431a系統でのトランスポゾンの挿入位置を調べた結果、hsp(エイチ・エス・ピー)90という遺伝子内に挿入していることが分かりました(図2)。hsp90遺伝子は、カイコを含めた様々な生き物が持っている遺伝子であり、全身で強く発現していることがすでに知られています。このことから、AyFib-431a系統ではhsp90遺伝子のプロモーターの働きによりDsRedが全身で強く発現しているという可能性が考えられました。

図3

図3: (A) カイコ培養細胞でのA3およびhsp90プロモーターの活性。 (B) ヨトウガ培養細胞でのA3およびhsp90プロモーターの活性。Tsubota et al (2014)の図を一部改変。
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それでは、hsp90遺伝子のプロモーターはどこにあるのでしょうか? これまでの研究により、ヒトなどではhsp90遺伝子のプロモーターは遺伝子上流あるいはイントロン領域にあることが知られています。カイコではhsp90遺伝子はイントロンを持っていなかったので、私たちは上流領域についてプロモーター活性を調べました。hsp90遺伝子の上流約2.9kbのゲノム配列を単離し、培養細胞を使ってプロモーター活性を調べたところ、この配列には強いプロモーター活性があることが分かりました(図3A)。カイコではこれまで全身性のプロモーターとしてA3プロモーターが使われていたのですが、今回のhsp90プロモーターはA3プロモーターよりも10倍以上強い活性があることが分かりました(図3A)。また、ヨトウガ由来の培養細胞を用いて同様の実験を行ったところ、やはりカイコhsp90プロモーターは強い活性を示したことから(図3B)、このプロモーターはカイコ以外のチョウ目昆虫(ガの仲間の昆虫)でも遺伝子を強く働かせられるものと考えられました。

図4

図4: hsp90プロモーターとGFPを持つ組換えカイコでのGFPの発現。それぞれ左の写真が白色光下、右の写真が蛍光下で撮影したもの。右側の写真で緑色に光っているのが活性のある部分を示す。スケールバーは卵が0.3mm、幼虫が1mm、蛹と成虫が3mmを示す。Tsubota et al., 2014の図を一部改変。
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次に、hsp90プロモーターのカイコの生体内における活性について調べました。hsp90プロモーターと、オワンクラゲ由来の緑色蛍光タンパク質遺伝子GFPを持つ組換えカイコ作出用ベクターを構築し、カイコに注射して遺伝子組換えカイコを作出したところ、この系統ではカイコのあらゆる発育段階、および幼虫の様々な組織でGFPが発現することが分かりました(図4)。また、A3プロモーターでGFPを働かせた場合と比較して、強力にGFPが働くことも確認されました。以上の結果から、hsp90プロモーターはカイコの生体内でも強い活性を持つことが分かりました。

今後の期待

私たちは今回、カイコエンハンサートラップ系統の解析により全身で強く発現する遺伝子hsp90およびそのプロモーターを特定することに成功しました。hsp90プロモーターは強力な活性を持っており、今後様々な研究に応用できるものと考えられます。例えば、このプロモーターを使えば遺伝子組換え体の判別が簡単に行えるようになると考えられます。従来のプロモーターでは、カイコの卵のごく一部の領域でしか蛍光タンパク質を働かせることができないことや、また組換え体の判別が可能な日が11日間ある卵の期間のうちのわずか2日間しかないという問題があり、判別作業が非常に困難でした。今回開発したプロモーターを用いることで、これらの問題が解決することが期待されます。また、今回のプロモーターでカイコの全身で大量のタンパク質を作らせ、低コストで有用物質生産を行うことも可能になるかもしれません。さらに、様々な組織で遺伝子の働きを調べることが可能になり、害虫をコントロールするような薬剤の開発にもつながることが期待されます。

 

参考文献

著者: 坪田拓也 (農業生物資源研究所 遺伝子組換え研究センター 遺伝子組換えカイコ研究開発ユニット)
URI: http://www.nias.affrc.go.jp/tgsilkworm/index.html

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