2013年10月30日掲載 【ベニシジミのメスのセクシャルハラスメント回避行動】
セクシャルハラスメントは人間だけのものではありません。逃げ回るメスに対してオスがしつこく求愛するという光景は、非常に多くの動物で見ることができます。オスから執拗に交尾を迫られると、メスは怪我をしたり求愛を逃れようとして天敵に見つかりやすくなったりすることがあります。それほどひどくなくても、餌をとったり産卵したりするところをオスの求愛によって邪魔されるのは甚だ迷惑な話です。しかし、メスの方も被害を受けているばかりではありません。実はセクハラへの対策を進化させているのです。
ベニシジミ(シジミチョウ科)では
野原や路傍でよく見かけるベニシジミという蝶がいます(図1)。翅を広げた大きさが30mm程度、橙色の可憐な蝶です。このベニシジミのオスはかわいらしい外見とは裏腹に、メスに対してしつこくつきまとって求愛します。この時、オスは翅の橙色に反応しています。ですから、ピンポン球でも釣りの浮子でも橙色の物があれば寄ってきて絡むように周りを飛び回ります。ベニシジミのメスは生涯に一度しか交尾をしませんので、既に交尾を終えたメスにとって求愛されても煩わしいだけです。そこで翅を小刻みに震わせながら歩く交尾拒否行動をしてオスが離れて行くのを待ちますが、オスはしばらくメスの後ろをついて歩き、簡単には離れてくれません。蝶の成虫の寿命は短いものです。その間に花の蜜を吸ったり、幼虫の食草を探したり、そこに産卵したり、といった様々なことをしなければなりません。その短い寿命のうちの数分間でも、オスのハラスメントによって浪費してしまうのは大層な被害ではないでしょうか。
オスの接近に対するメスの反応

図2: 他個体が50cm以内に接近した時の、翅を開いてとまっていたメスの反応。他の蝶が接近した時よりもベニシジミが接近した時に翅を閉じることが多い。オスは接近に対して追飛するか無視するかのどちらかで、このような反応は全く見せない。羽ばたき歩行は交尾拒否の意味があると思われる行動。
(クリックで拡大します)
求愛されるのが迷惑ならば、メスの側では求愛を回避する方法が進化しているのではないかと考えられます。そこで、ベニシジミのメスの行動を観察し、オスの求愛を先回りして避けるようなことをしていないかどうか調べてみました。
ベニシジミのメスが翅を開いてとまっている所へ自分と同じベニシジミが飛んで来ると、メスは多くの場合翅を閉じました(図2)。他の蝶が飛んできた場合も翅を閉じることはありましたが、ベニシジミが飛んできた時と比べるとその割合はやや少なく、無反応の場合が比較的多く見られました。従って、翅を閉じる行動はベニシジミに対する反応であると考えられます。
翅を閉じたらどうなる?
ベニシジミのメスが翅を閉じたとき、飛んできたオスはどうしたでしょうか。ほとんどの個体は何もなかったかのように飛び去ってしまいました。それに対して、メスが翅を開いていた場合は通りかかったオスの三分の一が求愛しました(図3)。つまり、翅を閉じるとオスによる求愛を避けることができるのです。閉じた翅は空に向かって垂直に立ちますから、上空から見ると一本の筋にしか見えません。飛んでいるオスにとって、メスの閉じた翅はほとんど見えないことになります。その結果、配偶相手を認識するための決め手の橙色が上空から見えにくくなるため、オスは止まっているメスに気付かずに通り過ぎてしまうのでしょう。
翅を閉じるのはどんなメス?
翅を閉じると求愛を避けることができるとなると、交尾をする気がないメスはオスが飛んで来た時に翅を閉じると推測できます。一度交尾したメスはそれ以降求愛を受ける必要はありませんから、オスが接近したら翅を閉じるでしょう。反対に、まだ交尾をしていないメスは、オスに気付いてもらうために翅を広げて待つ行動をとるはずです。そこで、本当にベニシジミのメスが交尾経験の有無に応じて行動を変えているのか、実験で確かめてみました。
ベニシジミを幼虫から飼育し、羽化したメスの一部を交尾させて交尾経験のあるメスとないメスを用意しました。このメスを網室内に放し、翅を開くまで待ちます。翅を開いたところでオスの模型をメスに近付けます。この模型はモーターで回転する仕掛けになっており、翅の表と裏が交互に見えるので蝶にとっては羽ばたいているのと同じように認識されます。つまり、メスにとってはオスが飛んで来たのと同じように感じられるのです。
さて、このオスの模型を交尾経験のあるメスとないメスに近付けたところ、交尾したメスは七割が翅を閉じたのに対し交尾していないメスは二割強しか閉じませんでした(図4)。やはり、翅を閉じる行動は、交尾をしたくない場合にとる行動だったのです。
おわりに
以上の結果から、ベニシジミのメスがオスに対して翅を閉じる行動はしつこい求愛に対して進化した対抗策であることがわかりました。蝶は大きいけれども扁平で薄い翅を持っているが故に「同種のオスらしいものが飛んで来たら翅を閉じる」という単純な行動でハラスメントを回避することができました。オスによるハラスメントは広く動物一般に見られる現象ですから、姿形が異なる他の動物では全く異なる様々なハラスメント回避行動が進化していることでしょう。
参考文献
- Ide JY (2010) Weather factors affecting the male mate-locating tactics of the small copper butterfly (Lepidoptera: Lycaenidae). Eur. J. Entomol. 107: 369-376.
- Ide JY (2011) Avoiding male harassment: wing-closing reactions to flying individuals by female small copper butterflies. Ethology 117: 630-637.
« ヒサカキの花蕾を餌とするソトシロオビナミシャクの適応進化 | コラム一覧 | 虫で虫を滅ぼす方法: 不妊虫放飼法による害虫の根絶 »