2013年04月01日掲載 【シャーレの中での実験から野外での保全を考える】

最近、ウナギの採り過ぎが問題になっています。仮に今ウナギ漁を禁止すれば、ウナギの数は元通りに増えるのでしょうか? このような生物の保全を考える上で重要な現象のひとつに「アリー効果」があります。

例えば、有性生殖をする生物では、子孫を残すためにオスとメスが出会う必要がありますが、異性になかなか出会えないほど個体がばらばらに分布していたら、その生物はそのうち絶滅してしまうでしょう。このように、ある程度同種の個体が周りにいた方が個体にとって都合がいい(生存や繁殖の見込みが上がる)ことを「アリー効果」と呼びます。

では、配偶相手と出会いやすくなること以外に、どんな原因がアリー効果を引き起こすのでしょうか。ここでは、最近あきらかになった意外なメカニズムをご紹介します。

アリー効果の重要性

ウナギに話を戻しましょう。ウナギの数がとても減って、オスとメスが出会えないほど密度が下がってしまったとします。この時になって「そろそろウナギを採るのを禁止して数が増えるのを待とう」と言ってももう手遅れです。漁をやめてからもウナギの数はどんどん減っていき、やがて絶滅してしまうでしょう。 生物資源管理や保全において重要なこの「アリー効果」ですが、実は全ての生物で見られる訳ではありません。そして、どういった生物がアリー効果を示すのかは、実はあまりよくわかっていません。配偶相手の発見効率などがアリー効果の主要な原因だと考えられてきたわけですが、私はこれまで考えられてきた原因とは別の原因が存在するのではないかと考えて研究を始めました。

新たなアリー効果のメカニズム

写真1: ヨツモンマメゾウムシのメス(下)と交尾しようとするアズキゾウムシのオス(上)。
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「他の個体が周りにいた方が都合が良い」状況を生み出す原因として、どういった事が考えられるでしょうか。私が考えたのは、メスが他種のオスから悪さをされる、というものです。例えばアズキゾウムシのオス(写真1)がいると、ヨツモンマメゾウムシのメス(写真1)はあまり卵を産まなくなってしまうことが知られています。アズキゾウムシのオスは別種であるヨツモンマメゾウムシのメスとも交尾をしてしまいます。この種間交尾がヨツモンマメゾウムシの産卵数を低下させてしまうのです。種間交尾によって産卵数が低下する詳しいメカニズムは不明ですが、他種のオスと交尾することでヨツモンマメゾウムシの生殖器が傷ついてしまうのではないかと私は考えています。

図1

図1: アズキゾウムシのオスとの種間交尾がヨツモンマメゾウムシにおいてアリー効果を引き起こすと考えられる理由。ヨツモンマメゾウムシのメスが1頭(左)から2頭(右)に増えると、1頭のメスが種間交尾している間もう1頭のメスはフリーになり、ゆっくり産卵を行うことができる。矢印が種間交尾をあらわす。
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さて、この種間交尾がどうやってアリー効果をもたらすのでしょうか。アズキゾウムシのオスとヨツモンマメゾウムシのメスが1頭ずついる状況を考えてみましょう(図1左)。ヨツモンマメゾウムシのメスは同種のオスと交尾済みで産卵のための精子は十分持っているとします。このとき、ヨツモンマメゾウムシのメスはすぐにアズキゾウムシのオスと交尾してしまうと考えられます。この結果、このヨツモンマメゾウムシはすぐに産卵できなくなってしまうでしょう。次に、ヨツモンマメゾウムシのメスが2頭に増えた場合を考えてみます(図1右)。今度もアズキゾウムシのオスはヨツモンマメゾウムシのメスと交尾しようとするでしょう。しかし、1頭のヨツモンマメゾウムシのメスがアズキゾウムシのオスに追い掛け回されている間、もう1頭のヨツモンマメゾウムシはアズキゾウムシのオスに追い掛け回されることなく産卵をすることができると考えられます(注)。この結果、ヨツモンマメゾウムシの個体数が増えるにしたがってヨツモンマメゾウムシのメス1頭あたりの平均産卵数は増加することが期待されます。これは「同種の他個体が周りにいた方が都合が良い」というアリー効果に他なりません。

仮説の検証

そこでこの「他種のオスから悪さをされることでアリー効果が生じる」という仮説を、アズキゾウムシとヨツモンマメゾウムシを用いて検証してみることにしました。すでに述べたように、アズキゾウムシのオスがいると種間交尾によってヨツモンマメゾウムシの産卵数は低下します。一方でヨツモンマメゾウムシのオスがいても、アズキゾウムシの産卵数はほとんど影響をうけません。私の仮説が正しければ、ヨツモンマメゾウムシはアズキゾウムシのオスがいるときに限ってアリー効果を示すはずです。言い換えれば、アズキゾウムシのオスがいるときに限って、ヨツモンマメゾウムシの個体数が多いほどヨツモンマメゾウムシのメス1頭あたりの産卵数は多くなるはずです。一方でアズキゾウムシはヨツモンマメゾウムシのオスからほとんど影響を受けませんから、ヨツモンマメゾウムシのオスがいてもいなくてもアズキゾウムシはアリー効果を示さないと期待されます。

図2

図2: アズキゾウムシのオスの在・不在がヨツモンマメゾウムシの個体数と産卵数の関係に与える影響(左)と、ヨツモンマメゾウムシのオスの在・不在がアズキゾウムシの個体数と産卵数の関係に与える影響(右)。アズキゾウムシのオスがいるときにのみ、ヨツモンマメゾウムシにおいてアリー効果が見られた。
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結果は、予想された通りでした。アズキゾウムシのオス3頭とヨツモンマメゾウムシのペア(1ペアから5ペア)を同じシャーレに入れてヨツモンマメゾウムシの産卵数を調べたところ、ヨツモンマメゾウムシの個体数が増えるとともにヨツモンマメゾウムシのメス1頭あたりの産卵数が増加しました(図2左)。アズキゾウムシのオスがいない時には、ヨツモンマメゾウムシのメス1頭あたりの産卵数はヨツモンマメゾウムシの個体数に関係なく一定でした(図2左)。すなわち、アズキゾウムシのオスがいるときに限ってヨツモンマメゾウムシはアリー効果を示しました。またヨツモンマメゾウムシのオス3頭とアズキゾウムシのペア(1ペアから5ペア)を同じシャーレに入れてアズキゾウムシの産卵数を調べたところ、アズキゾウムシの産卵数はヨツモンマメゾウムシのオスの在・不在に関係なくほぼ一定でした(図2右)。すなわち、他種オスから悪さを受けないアズキゾウムシはまったくアリー効果を示しませんでした。これらの結果から、たしかに他種オスから悪さを受けるとアリー効果が生じるらしいことが分かりました。

さいごに

他種オスから悪さをされるとメスの産卵数が低下したりする、という例は最近さまざまな生物で報告されています。野外でも、このような悪さをしてくる他種のオスがいるかどうかでアリー効果が生じるかどうかが決まっているのかもしれません。もしそうであるなら、悪さをしてくる他種がいるかどうかによって資源管理や保全の方法を変える必要があるかもしれません。

注) 正確には、ヨツモンマメゾウムシのメスの産卵能力が奪われるにはアズキゾウムシのオスと何度も種間交尾をすることが必要です。ですので、実際にはヨツモンマメゾウムシのメスが複数いることでメス1頭あたりが経験する種間交尾回数の蓄積速度が低下することが重要だと私は考えています。種間交尾の蓄積速度が低下すれば、産卵不能になるまでの時間が伸びて、生涯産卵数が増えると期待されます。

参考文献

著者: 京極大助 (京都大学大学院理学研究科)

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