2012年07月09日掲載 【オオバギをめぐる生物群集の形成過程を探る】

生物群集の形成過程を明らかにすることはこれまで難しいとされてきました。しかし、近年めざましい発展を遂げたDNA解析の技術によって、群集メンバーの起源年代を推定することが可能になってきました。我々は、アリ植物オオバギ属をめぐる生物群集を材料として、群集の形成過程の一部を明らかにすることに成功したのでここに報告します。

はじめに

生物群集の形成過程を明らかにすることはこれまで難しいとされてきました。なぜなら生物間の相互関係をあらわす化石証拠は少なく、群集形成の進化史を明らかにすることは難しかったからです。しかし、近年めざましい発展を遂げたDNA解析の技術によって、特定の生物グループが起源した年代を比較的簡単に推定することが可能になってきました。それぞれの群集メンバーの起源年代を推定することによって、生物群集が形成されてきた歴史的過程を追跡することができるわけです。我々の研究グループは、熱帯アジアに分布するアリ植物オオバギ属をめぐる生物群集を材料として、群集の形成過程を明らかにすることを目標として研究をつづけています。

オオバギをめぐる生物群集

図1: 東南アジアにおけるアリ植物オオバギ属の分布域

図1: 東南アジアにおけるアリ植物オオバギ属の分布域。
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東南アジア熱帯林(ボルネオ島、スマトラ島、マレー半島; 図1)に分布するアリ植物オオバギ属の26種はアリ植物とよばれ、中空の幹内を、巣場所としてシリアゲアリ属のアリに提供しており、その巣内にはヒラタカタカイガラムシ属のカイガラムシが生息しています(図2)。オオバギは生息場所だけではなく餌資源もアリに与えます。それは托葉や新葉から分泌される栄養体と(図3)、カイガラムシが分泌する甘露です(図2)。その見返りとして、アリはからみついてくる、つる植物や植食者から植物を防衛します。共生には、共生相手無しでも生存できる任意共生(たとえば、アリとアブラムシ)と、特定の共生相手無しでは生存することが難しい絶対共生がありますが。このアリとカイガラムシは餌資源と生活場所をすべてアリ植物に依存しており、オオバギの幹内以外では生存することができないので、これらの3者は絶対共生関係にあるということができます。

図2: オオバギ属の1種(Macaranga bancana)の幹内に共生するシリアゲアリ属のアリの1種とヒラタカタカイガラムシ属のカイガラムシの1種。アリがカイガラムシに甘露を催促している。【撮影: 小松 貴】
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図3: オオバギ属の1種(Macaranga hypoleuca)の托葉の中にかくれるムラサキツバメ属のシジミチョウ幼虫の1種。托葉の裏についている白い顆粒は栄養体。【撮影: 小松 貴】
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一方、オオバギをめぐる共生系には、共生者だけではなく寄生者としてのムラサキツバメ属のシジミチョウ幼虫も関与します(図3)。シジミチョウ幼虫は甘露などの報酬をアリに与えることによってアリの攻撃をかいくぐり、オオバギの葉を摂食します。このシジミチョウもオオバギ属に特殊化しており、他の植物の葉を食べることはできません。以上のようにアリ植物オオバギ属と相互関係を結ぶ昆虫達は、それぞれ属内の単一グループから構成されており、群集の形成過程を紐解くには良い研究材料です。

オオバギ-アリ共生の起源年代

図4: オオバギをめぐる生物群集が形成された歴史的過程

図4: オオバギをめぐる生物群集が形成された歴史的過程。横軸は年代を示す。
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これら4者の群集メンバーのうちオオバギとアリに関しては起源年代を推定した研究があります。アリ植物オオバギ属の起源年代は花粉化石の証拠から計算されており、その起源年代は約2000万年前以降であると推定されました。その一方で、共生アリの起源年代はミトコンドリアのチトクロームオキシダーゼI(COI)遺伝子のDNA塩基配列の置換率から計算されました。COI遺伝子はこれまで様々な分類群の動物で研究が進んでおり、昆虫では時間に比例して一定の率(100万年で1.5%の変化率)で塩基配列が変化することが知られています。この「分子時計」を共生アリにも当てはめ起源年代を推定しました。その結果、アリの起源年代は約2000万年前と推定されました(図4)。この年代は信頼性が高い推定値であり、前述したオオバギの起源年代とほぼ一致します。

オオバギをめぐる生物群集の形成過程

オオバギ-アリ共生は約2000万年前からつづいていることがわかりました。では、その悠久とも言える歴史の中で、他の群集メンバーはいつアリ植物オオバギ属と関係を持つようになったのでしょうか? 我々は、東南アジアの広域から採集したアリ植物オオバギの共生・寄生するカイガラムシとシジミチョウを使ってCOI遺伝子の塩基置換率を算出し、それぞれの起源年代を推定しました。その結果、カイガラムシの起源年代は約800万年前、シジミチョウの起源年代は約200万年前と推定されました(図4)。つまり、カイガラムシとシジミチョウは、オオバギ・アリ共生系に後から参加した新参者だったわけです。オオバギとアリが共生関係を結び始めた当初は、第3の共生者であるカイガラムシや寄生者のシジミチョウがいなかったのですね。これらの結果から、オオバギをめぐる生物群集は、約2000万年前に起源したオオバギ・アリ共生が基盤となって、逐次的に群集メンバーが参入することによって形成されたという歴史的過程が明らかになりました。この研究は、高等生物4者からなる生物群集が形成されてきた歴史的過程を明らかにしたもので、生物間相互作用の起源や多様化について新たな知見をもたらしました。

おわりに

今回、私たちは、現在生きている生物群のDNA解析から起源年代を算出し、群集が形成された過程を明らかにしました。しかし、この手法には限界があります。例えば、実は、アリとカイガラムシが共生関係を結んだ約2000万年前にはカイガラムシもちゃんと共生関係を結んでいたとしても、古代にカイガラムシが絶滅してしまった場合や現在のカイガラムシに取って代わられた場合は、今回の手法では検出できません。DNA解析は全能ではなくて、今回得られた起源年代はあくまで現存する生物群の共通祖先が起源した年代としかいえないということです。

さて、オオバギをめぐる生物群集には、今回解説した3者(アリ・カイガラムシ・シジミチョウ)だけでなく、さらに複数の共生・寄生者(タマバエ類の幼虫、カメムシ類やナナフシ類など)も存在します。今後、さらに多くの群集メンバーの起源年代推定をすることにより、熱帯雨林の生物群集が、いつどのように相互関係を結び多様化してきたかについてより詳しくわかるようになると考えられます。

参考になる日本語の文献

  • 上田昇平・市野隆雄 (2010) オオバギ属植物の幹内に共生するアリとカイガラムシ. 生物科学, 61(4): 219-226.
  • 市野隆雄・S.-P. Quek・上田昇平 (2008) アリ植物とアリ-共多様化の歴史を探る. 共進化の生態学-生物間相互作用が織りなす多様性(種生物学会編). 文一総合出版, 東京, pp. 119-150.
  • 市野隆雄・市岡孝朗 (2001) 生物間相互作用の歴史的過程-アリ植物をめぐる生物群集の共進化. 群集生態学の現在(佐藤宏明・安田弘法・山本智子編). 京都大学学術出版会, 京都, pp. 353-370.

著者: 上田昇平 (信州大学・山岳科学総合研究所)・小松 貴 (信州大学・理学部)

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