2007年03月27日掲載 【チョウの訪花学習性】

「チョウ」というと、ヒラヒラ花から花へ、天真爛漫、何も考えず気ままに飛んでいるというイメージをお持ちの方が多いのではないでしょうか。実は違います。彼女らは大変(それなりに?)頭がいいのです。今回はそんな彼女らの訪花学習性について、最近の研究を紹介しようと思います。

1. 学習するチョウ

写真1: ヒメジョオンに訪花するモンシロチョウ
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ミツバチやマルハナバチなどの社会性の訪花昆虫は学習と記憶能力を使い、効率的に訪花採餌活動を営んでいることが知られています。では同じ訪花昆虫であるチョウにはこのような学習能力は備わっているのでしょうか。野外網室にモンシロチョウを放し、ヒメジョオンに対する訪花行動を観察してみました(写真1)。

ヒメジョオンに対する訪花行動は、(1) 蜜を分泌する頭花(1つの花に見えるもの)へ飛来する過程と、(2) 頭花上で蜜源を発見する過程の2つステップに分けることが出来ます。まず訪花採餌の第1ステップにおける訪花行動を観察しました。ヒメジョオンの頭花は中央の黄色い部分と周辺の白い部分がありますが、蜜は黄色い部分からだけ出ています。白い部分が開いていて一見咲いているように見える頭花の中には開花ステージの違いによって蜜を分泌していない頭花が混じっています。それらの頭花は若干色が異なります。こうした蜜のない頭花に訪花した場合を「ミス訪花」と名づけ、その頻度が訪花経験を積むに従ってどのように変化するか調べました。

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図1: モンシロチョウの訪花経験に伴うミス訪花数の推移
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その結果、羽化後初めてヒメジョオンに訪花する「初訪花個体」では、最初高い頻度でミス訪花しましたが、訪花経験を積むに従ってその頻度は減っていきました(図1)。一方、ヒメジョオンで1日以上訪花経験のある「経験個体」では、観察の最初からミス訪花の頻度は低いままでした。この結果は、チョウが試行錯誤の末に蜜を分泌していない頭花を見分け、それを避ける行動を学習したことを示します。

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図2: モンシロチョウの訪花経験に伴うミス探索数の推移
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次に訪花採餌の第2ステップにおける訪花行動を観察しました。ヒメジョオンの頭花は中央の黄色い部分のみ蜜を分泌します。従って周辺部の白い部分を口吻で探索する行動は無駄な行動です。そこで、この「ミス探索」の頻度が訪花経験を積むに従ってどのように変化するか調べました。

その結果、初訪花個体では、最初高い頻度でミス探索しましたが、訪花経験を積むに従ってその頻度は減っていきました(図2)。一方、経験個体では、観察の最初からミス探索の頻度は低いままでした。この結果は、チョウが試行錯誤の末に頭花上の蜜を分泌している部位を見分け、そこを正確に口吻で探索する行動を学習したことを示します。

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図3: モンシロチョウの訪花経験と吸蜜効率
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2. 学習すると得をする

このようなチョウの学習能力は効率的な採餌に本当に役立っているのでしょうか。それを調べるため、ヒメジョオンに連続訪花中のモンシロチョウの体重を電子天秤で測定し、チョウが実際に得た蜜量を、訪花吸蜜の前後での体重変化から推定しました。その結果、ヒメジョオンの訪花経験個体は初訪花個体の約2倍の吸蜜効率を実現していることが分かりました(図3)。つまり、チョウは学習により効率的に吸蜜できることがはっきり確かめられたのです。

3. 賢さは種により違うか?

写真2: 実験に用いた4種類のチョウ
[左上] オオゴマダラ
[右上] ツマグロヒョウモン
[左下] モンシロチョウ
[右下] ベニシジミ
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野外にはチョウにとって蜜がたくさん取れる花、取れない花が入り混じっているはずです。もしチョウが蜜のある花の種類を訪花採餌によって覚え、それと同じ種類の花を選んで訪花する能力を持っていれば、効率的に吸蜜を行うことが出来るでしょう。ここではその能力をチョウの種間で比較してみました。比較に用いたチョウはオオゴマダラ、ツマグロヒョウモン、モンシロチョウ、ベニシジミの4種です(写真2)。まずこれら4種についてそれぞれ生得的に好む花の色を2色ずつ選び出し、それらの色を用いて人工花を作ります。実験の第1段階では2色のうち片方の色だけで訪花吸蜜を1回経験させます。第2段階では2色の人工花を蜜のない状態でチョウに提示し、どちらの色に訪花するか調べます。これら2つの段階を交互に1日1回ずつ行い、チョウが訪花経験を積むごとに吸蜜した花色を選ぶ率がどのように変化するかを調べました。

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図4: チョウの報酬学習の種間比較(雌)
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その結果、4種全てのチョウにおいて訪花経験を積むごとに蜜を得た色に対して選好性を増加させていきました(図4)。これはつまり、これらのチョウは蜜のある花色を学習・記憶し、次の訪花で同じ色の花を選んで訪花することを意味しています。

次にこの選好性の増加が早い種を学習能力の高い種(つまり、少ない経験回数でより早く蜜のある花を覚える)とみなし、この学習能力を種間で比較してみました。その結果、おおまかにオオゴマダラ、ツマグロヒョウモン、モンシロチョウ、ベニシジミの順に学習能力が高く、この傾向は雄も雌も変わりませんでした(図4)。なお別の調査では、この順に成虫の体サイズが大きく、また寿命も長いことが分かりました。おそらくチョウの学習能力の違いはこのような要因と結びついているかもしれません。

写真3: ジャコウアゲハ
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4. 蜜のない花も学習できるか?

今までの研究は、チョウが蜜のある花で訪花経験を積むほど、それと同じ色の花を選んで訪花するようになることが示しました。この訪花学習は「報酬学習」と呼ぶことが出来ます。つまり報酬のある花色に対して選好性を増加させていくという学習行動です。一方、蜜のない花を学習し、その花色を避けて訪花することもできれば、もっと効率的な採餌ができるのではないでしょうか。チョウについては未知の、この「忌避学習」能力を検出すべく次の実験を行いました。

実験にはジャコウアゲハを用いました(写真3)。まずこのチョウが生得的に好む赤と橙を用い、2色の間での生得的選好性を調べておきます。次に網室内にて3日間蜜のある青の人工花で訪花経験を積ませます。翌朝チョウに2時間、蜜のない赤の人工花のみを提示して自由に訪花させます。このときチョウは何度も赤に訪花し口吻で必死に蜜を探しますが、蜜を探し当てられずあきらめて飛び去るという訪花経験を何度か繰り返します。そしてその日の午後に、再び赤と橙2色の間での選好性を調べます。果たして選好性は変化しているでしょうか。もし蜜のない赤に対する忌避学習が成立しているなら、赤に対する選好性が減少し、かわりに橙に対する選好性が増加しているはずです。

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図5: ジャコウアゲハにおける蜜のない花色への訪花経験の有無による選好性の変化
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結果は大当たりでした。赤に蜜がないことを経験したチョウは赤に対する選好性を20%以上減らしたのです(図5上)。別に用意した、蜜のない赤花への訪花経験を積ませなかったグループでは、このような選好性の変化は見られませんでした(図5下)。この結果は雄も雌もほぼ同じでした。これはチョウが忌避学習を行ったことを意味します。

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図6: ジャコウアゲハにおける蜜のない花色への訪花経験と選好性の変化
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5. どちらが早い? 報酬学習と忌避学習

では、忌避学習では、蜜のない花で訪花経験を積めば積むほどその色に対する選好性はどんどん減少するのでしょうか。今回、上の実験を再度行い、蜜のない赤の人工花で忌避学習を積ませる過程で、赤に訪花した回数を個体ごとに記録しました。解析では、蜜のない赤に訪花した回数とその後の赤に対する選好性の関係を調べました。

その結果、蜜のない赤花で訪花経験を積んだ回数が多い個体ほど、その後に強く赤花を避けるように訪花することが分かりました(図6)。

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図7: ジャコウアゲハにおける2種類の学習能力の比較
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最後にジャコウアゲハにおいて、報酬学習と忌避学習による選好性の変化速度を比べてみましょう。ここではジャコウアゲハを用いて別に行った報酬学習の実験で得られたデータを上の忌避学習のデータと同じ図に重ねてみました(図7)。図の見方として、報酬学習は蜜のある色に対する訪花経験回数と蜜のある色を選ぶ率の関係を示し、忌避学習では蜜のない色に対する訪花経験回数と蜜のない色を避ける率の関係を示しています。図から忌避学習は報酬学習よりも選好性変化が遅い、つまり学習が起こりにくい事が分かります。

このことは野外においてチョウが効率的に訪花吸蜜活動を営む上で、十分納得のいく結果だと思われます。野外にはハチ、チョウ、アブ、ハナカミキリなど非常に多くの訪花昆虫がいます。植物は蜜を出したけれど、ほかの昆虫にすでに取られてなくなってしまった花は蜜のまだある花よりも圧倒的に多いのではないでしょうか。このとき報酬学習の速度は早くして忌避学習の速度を遅くすることで、蜜を出す(または吸蜜できる)植物に対して選好性を増加させることが出来るのでしょう。

6. 簡単なまとめ

  • チョウは思ったより頭がいい。
  • チョウの種類によって学習能力に差がある。
  • チョウは蜜のある花を覚えてそれと同じ花を選択的に訪花するだけでなく、蜜のない花を覚えてそれと同じ花を避けて訪花することも出来る。

著者: 香取郁夫・山木貴史 (近畿大学農学部)・奥山清市・坂本 昇 (伊丹市昆虫館)

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