2013年12月23日掲載 【虫で虫を滅ぼす方法: 不妊虫放飼法による害虫の根絶】

最近、サツマイモ害虫であるアリモドキゾウムシが、不妊虫放飼法と呼ばれる防除法により沖縄県久米島で根絶されました。離島とはいえ比較的広い島(60 km2)で、どのように害虫を根絶したのか疑問に持たれた方もおられるでしょう。ただ、ゾウムシの根絶を語るには、このコラムではあまりにもスペースが限られています。血と汗と涙のアリモドキゾウムシ根絶ドラマは他に譲ることとし、ここでは不妊虫放飼法で核となる不妊化にまつわる話題を紹介したいと思います。

はじめに

図1: サツマイモの世界的な大害虫であるイモゾウムシ(Euscepes postfasciatus)(左)とアリモドキゾウムシ(Cylas formicarius)(右)。
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これまで沖縄を訪れたことがない方でも、紅芋が沖縄を代表する野菜の1つであることをご存じの方は多いと思われます。しかし、沖縄を含む南西諸島には、世界的なサツマイモの大害虫であるイモゾウムシとアリモドキゾウムシ(図1)が分布しており、これら害虫の本土での蔓延を防ぐため、植物防疫法により、生のサツマイモの南西諸島からの持ち出しは禁じられています。そんななか、沖縄県久米島では不妊虫放飼法と雄除去法を用い、サツマイモ害虫の1種であるアリモドキゾウムシが根絶されました。まだイモゾウムシが分布するため、即座に久米島からサツマイモの持ち出しが可能になるわけではありませんが、世界初となる広域的な甲虫類の根絶技術の確立は応用昆虫学において大きな前進といえるでしょう。

不妊虫放飼法の歴史

不妊虫放飼法とは、対象となる害虫を施設で大量増殖し、不妊化した後に野外の対象地域に継続的に放飼し、不妊雄と交配した野生雌の卵の正常な発生を妨げることで、次世代の野生個体群を減らす害虫防除の方法です。この方法は、薬剤抵抗性を促す殺虫剤の長期使用や、害虫の減少が餌不足を招く天敵連続放飼とは違い、害虫の減少と共に防除効果が高まり、対象とする害虫種だけの個体群密度管理ができる、という特徴を持ちます。1954年、中米ベネズエラ北部にある面積444 km2のオランダ領キュラソー島で、家畜に甚大な被害をもたらすラセンウジバエで不妊虫放飼法の効果がはじめて実証されました。その後も広域的な農業害虫や衛生害虫の防除に世界中で利用され、双翅目で多くの成功事例があります。

不妊虫放飼法は日本でも、1970年代から小笠原、奄美、沖縄での3種のミバエ類(ミカンコミバエ、ウリミバエ、ナスミバエ)の根絶事業で用いられており、根絶の経過は多くの教科書や啓蒙書でも取り上げられてきましたので、何らかの形でこれまで目にされた読者も少なくはないでしょう。ただ、この方法は大量増殖、累代飼育、昆虫の不妊化、不妊虫の放飼など、他の害虫防除法とは全く異なる手法であることや、日本で現在もこの方法が用いられるのが沖縄県全域と奄美群島北部に位置する鹿児島県喜界島に限られており、知名度に比べ、その原理の詳細をご存じない方は少なくないかもしれません。

放射線を利用した不妊化

図2

図2: 雌貯精嚢内でのイモゾウムシ精子の生存率。
不妊雄あるいは正常雄と交尾した雌を解剖し、雌貯精嚢内の精子の生存率を精子生存率キットと蛍光顕微鏡を用いて経時的に調査すると、交尾直後(0日目)から14日目まで両者に差がなかった。
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不妊虫放飼法で特に誤解されているのは、その技術の根幹とも言える精子の不妊化だと思われます。放射線源を利用した不妊化で「精子を殺してしまう」とイメージされる方も少なからずおられるでしょうが、そうではありません。雄に適度な線量のガンマ線を照射すると、生殖細胞である精子の染色体に優性致死突然変異を誘引します。すると、(照射した)精子が雌体内で受精に利用されても受精卵は正常な胚発生が進みません。実際、不妊化した後に雌体内に送り込まれた精子の生存率や、その後の雌の貯精嚢内での生存率も正常な雄の精子のものと変わりません(図2)。この精子の優性致死突然変異を利用した防除が不妊虫放飼法と呼ばれるもので、害虫防除だけではなく、精子競争における精子優先度(P2値)の測定に用いられることもあります。

不妊虫放飼法では安全に大量の虫の優性致死突然変異を誘引するため、一般にはコバルト60やセシウム137が自然崩壊する際に発する放射性物質であるガンマ線を用います。対象となる昆虫を完全に不妊化するための線量は不妊化線量と呼ばれ、物質が吸収した放射線のエネルギーの総量(吸収線量)あるSI単位系のグレイ(Gy=J/Kg)で示されます。不妊化線量は、対象とする種、性、照射する発育ステージで異なるため、不妊虫放飼法の実施にあたっては、放飼虫の妊性を抑えつつも虫質を維持する適度な不妊化線量と、照射を施す発育ステージを決定しなければなりません。例えば、鱗翅目昆虫の完全不妊化線量は40-400 Gyで、双翅目の20-160 Gyや、鞘翅目の43-200 Gyよりも高くなります。国際原子力機関のデータベースには、双翅目、鱗翅目、鞘翅目を中心とした、300種以上の主に農業害虫や衛生害虫の不妊化に関する情報がまとめられています。

虫質劣化を抑える不妊化技術

ご存知のように、照射は目的とする生殖細胞だけではなく体細胞にも影響を与えます。中腸上皮細胞のような細胞周期の早い組織ほど照射の影響は大きく、消化吸収機能の低下とそれに伴う栄養障害を引き起こし、不妊雄の寿命や交尾能力は正常な雄に比べて低下します。不妊雄の配偶行動を利用する不妊虫放飼法では、不妊雄の虫質劣化は防除効果の低下に直結します。大量に不妊虫を生産可能できるなら、多少の虫質劣化は問題にはなりませんが、そうでない場合、何らかの方法で不妊化に伴う虫質劣化を抑制する必要があります。不妊虫放飼法が多く利用されるミバエ類は、人工飼料による不妊虫の安価な大量生産が可能ですが、ゾウムシ類ではまだそこまでの技術が確立されていません。そのため、何らかの方法で不妊虫の虫質向上を図らなければなりません。ここでは虫質向上のため新たに開発された不妊化技術について紹介します。

図3

図3: イモゾウムシを例とした一回照射と分割照射のイメージ。
分割照射はイモゾウムシの不妊化線量(150 Gy)を2回に分け48時間間隔で照射したもので、両照射法で吸収線量に差はない。
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優性致死突然変異(DNA損傷)を誘起させる不妊化ですが、生物(細胞)は損傷したDNAを自己修復する機構を進化的に獲得しており、このプロセスにより、軽微な損傷(DNA複製ミス)は問題を生じない程度に修復されます。そのため、同一の吸収線量であっても線量率(単位時間あたりの吸収線量)が小さくすれば、生物へのダメージを抑えることができます。昆虫の不妊化ではほとんどの場合、完全不妊化線量が一回の照射で達成されますが、DNA修復の特性を利用し、不妊化に必要な線量を複数に分けて照射すれば、一回あたりの線量は小さくなり、生物的影響を抑えて虫質を向上させることができます(図3)。この方法は「分割照射」と呼ばれ、コクヌストモドキやワタミゾウムシで、不妊虫の虫質の向上が報告されています。ただ、不妊化線量だけでなく、DNA修復のスピードも対象とする害虫種によって異なるため、虫質の向上を考慮した最適な照射のスケジュールは虫種により異なります。根絶事業で分割照射を採用するには、連続放飼を可能にする作業工程と、照射に関連する人為的ミスの防止を念頭に、適切な不妊化線量と照射スケジュールを決定する必要があります。

図4

図4: 一回照射と分割照射の虫質の比較(Kumano et al. 2008ab, 2011,2012を改図)。
イモゾウムシとアリモドキゾウムシの不妊化した未交尾雄を用い、照射からの日数に応じて未交尾雌との交尾機会(一晩)を設け、交尾成功率を雌の解剖で調査した。両ゾウムシとも分割照射により正常雌と同等の交尾能力を持つ期間が延びた。
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沖縄で根絶防除が行われるアリモドキゾウムシやイモゾウムシでも分割照射は虫質を向上させる効果があることが確かめられており、従来の一回照射のものと比べ、雄の交尾能力をアリモドキゾウムシで2倍、イモゾウムシで3倍にまで高めることができます(図4)。この結果を踏まえ、沖縄県ではイモゾウムシの不妊化で分割照射(48時間間隔、各75 Gy) (図3)が採用されています。一方、ウリミバエは再侵入防止のため引き続き沖縄本島中南部、 宮古島、八重山群島で不妊虫を放飼されていますが、虫質を向上させる不妊化法の検討はされていません。ウリミバエは蛹期に不妊化されるため分割照射ではスケジュールの調整が困難かもしれませんが、虫質を向上させ放飼コストを抑える可能性はあります。

これからの不妊虫放飼法

不妊化線源として利用される放射性元素には半減期があります(コバルト60: 5.271年、セシウム137: 30.07年)。一般に、不妊虫放飼法では照射線量(吸収線量)は放射線源への暴露時間によってコントロールされており、同じコバルト60を線源として使い続けた場合、計算上約5.2年後には2倍の暴露時間が必要になります。大量の虫の不妊化を必要とする根絶事業では、作業工程の遅れは放飼虫の虫質の劣化とも関連するため、線源は定期的に入れ替える必要があります。線源は海外からの輸入に頼らざるを得ないのですが、海上テロなど安全保障上の問題がネックとなり、放射線源輸送は従来に比べて困難になりつつあります。また、放射線源の性質上、その維持と管理には大規模な施設と専門の人員を配置しなければならず、経済的にも大きな負担となっています。近年、高エネルギービームやエックス線といった、放射性元素を利用しない小型の不妊化装置の開発が海外で進められています。エックス線を用いる照射装置は医療用のものとは異なりますが、すでに市販もされ(RS 2400, Rad Source Technologies, USA)、その用途として不妊虫放飼法への適用も謳われています。根絶事業での実績はないものの、この装置で不妊化されたミバエは、コバルト60で不妊化されたものと虫質に違いがないことが報告されています。

不妊虫放飼法がこれまで一般的な防除の方法になりえなかった理由の1つに、昆虫の不妊化のために特殊な施設を必要とすることが挙げられます。ただ先で述べたように、照射技術の革新は従来のような大規模な不妊化施設を必要としません。さらに、野外で発生する虫を何らかの方法で捕集し不妊化して放飼する方法であれば、大量増殖を行うための昆虫工場も必要としません。こうした方法は根絶を目指すには不向きかもしれませんが、小規模な害虫管理で威力を発する可能性があります。害虫管理の一つの手法として不妊虫放飼が加わることで、より適切な手法でコストを抑えた防除を進めることができるようになるでしょう。

アリモドキゾウムシの根絶は応用昆虫学の大きな一歩ですが、南西諸島におけるサツマイモ害虫根絶事業の中では折り返し地点にすぎません。久米島でのアリモドキゾウムシの根絶成功をバネに、次のステップに進む南西諸島でのゾウムシ根絶事業に今後とも注目してください。

参考文献

著者: 熊野了州 (沖縄県病害虫防除技術センター・琉球産経株式会社・琉球大学農学部)

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