2013年02月28日掲載 【飛ばないテントウムシでアブラムシを防除する】

テントウムシは、野菜や花の害虫であるアブラムシを食べる天敵として知られています。しかし、アブラムシを食べてもらうために畑にテントウムシを放しても、飛んですぐに逃げられてしまいます。その問題を解決するため、飛ばないテントウムシの系統を育成し、天敵製剤として実用化するための取り組みを行っています。

写真1: 飛ばないナミテントウ
(クリックで拡大します)

春になると、テントウムシがユキヤナギやカラスノエンドウなどにいるアブラムシを食べているところを見かけます。テントウムシがアブラムシの天敵であることは、古くから知られています。その中でもナミテントウは、アブラムシを1日で100頭以上食べます。またナミテントウは人工飼料などのアブラムシ以外の餌でも飼育できるため、大量増殖に向いています。このような理由から、ナミテントウはアブラムシを防除するための天敵製剤としての利用が考えられてきました。天敵製剤とは天敵昆虫などをボトルやカップに封入したもので、主に民間企業で販売されています。国内では、18種類もの天敵が製剤化されています(2012年8月時点)。一方、ナミテントウの成虫は飛翔する能力が高く、畑に放してもすぐに作物上から飛んで逃げられてしまう問題があり、これまでなかなか利用が進みませんでした。現在、翅を物理的に折ることで飛翔能力を欠くナミテントウが販売されています。しかし、テントウムシ類は一般的に生産コストが高いため、低価格で供給することが困難です。近年ヨーロッパでは、遺伝的に飛翔能力を欠くテントウムシ系統を利用したアブラムシ防除の研究がさかんに行われています。テントウムシの飛翔不能化が遺伝的要因によるものであれば成虫段階での翅を折る作業が不要であり、卵や幼虫の発育段階での利用が可能です。その事によって、飼育に必要な人件費や餌代を成虫で利用するよりも削減できる可能性が高いです。そこで我が国でも、"遺伝的に飛ばないナミテントウ"を育成し、天敵製剤として実用化するための研究開発が行われることになりました。

図2

図1: フライトミルの模式図。
(クリックで拡大します)

飛ばないナミテントウの系統を育成するためには、野外で採集したナミテントウの集団の中から飛翔能力の低い個体を選び出し、その個体同士を交配させる作業を繰り返す必要があります。そこでフライトミルを用いてナミテントウ成虫の飛翔能力を個体ごとに測定しました。フライトミルとは、昆虫の飛翔能力の測定に使用されている装置で、ヘリコプターのローターのような形をしています(図1)。接着剤でローターに貼り付けられたナミテントウ成虫が飛翔すると、その推進力でローターが回り始めます。その回転数をセンサーが感知し、記録装置に保存されたデータをもとに各個体の1時間あたりの飛翔距離を算出します。飛翔距離が長い個体ほど飛翔能力が高く、反対に飛翔距離が短い個体ほど飛翔能力が低い個体と判断することができます。

図2

図2: ナミテントウ系統(雌)の1時間あたり飛翔距離の変化。選抜系統1および選抜系統2はそれぞれ飛翔能力に対して人為選抜を行っている系統で、非選抜系統は人為選抜を行わずに世代更新している系統。
(クリックで拡大します)

雌雄約50頭ずつナミテントウ成虫の飛翔能力を測定し、そのうち飛翔能力の低い個体を全体の30%選抜する作業を数十世代にかけて行いました。その結果、世代が進行するにつれて雌成虫の飛翔能力は次第に低下し、35世代を経過する頃には系統内のほぼ全ての個体が飛翔不能である系統を育成することができました(図2)。また雄においても、雌と同様に35世代を経過する頃には系統内のほぼ全ての個体が飛翔不能となっていました。

図3

図3: 露地ナス畑で観察されたナミテントウ成虫数。5月15日に飛翔能力を欠くナミテントウ成虫(飛ばないナミテントウ)および飛翔能力を持つナミテントウ成虫(飛ぶナミテントウ)をそれぞれ60頭放した。
(クリックで拡大します)

系統が育成できたので、次に飛ばなくなることによってどの程度ナミテントウ成虫が定着しやすくなったのかを調査しました。露地ナスの畑で飛ばないナミテントウ成虫と飛翔能力を持つナミテントウ成虫を60頭ずつ放し、日が経つごとにナミテントウ成虫やアブラムシ(ワタアブラムシ)の数がどのように変動するのかを比較しました。その結果、飛翔能力を持つナミテントウ成虫を放した畑(図3)では、放した翌日にはナミテントウ成虫は7頭しか観察されませんでした。これは、飛翔能力を持つナミテントウ成虫の多くは24時間以内に飛んで畑の外に逃げていったものと考えられます。それに対して、飛ばないナミテントウ成虫を放した畑では多くのナミテントウ成虫が観察され(図3)、ワタアブラムシを低い密度に抑えることができました(図4)。 日にちが経つごとに飛ばないナミテントウ成虫数が減っているのは、歩いて畑の外に出ていったためと考えられます。時期や場所を変更して、上記と同様の調査を2回行いましたが、いずれも飛ばないナミテントウ成虫の方がより長く定着し、ワタアブラムシに対する高い防除効果が確認されました。

図4

図4: 露地ナス畑での1葉あたりワタアブラムシ数の変化。値は中央値。
(クリックで拡大します)

その後、近畿中国四国地域(兵庫、大阪、奈良、和歌山、徳島)の農業試験研究機関との共同研究により、飛ばないナミテントウはナス以外の様々な作物においてもアブラムシ防除に有効であることが明らかになりました。露地ではコマツナ、キク、シシトウにおいて、施設(ビニールハウス)ではイチゴ、コマツナ、キュウリにおいて高い防除効果が認められました。また徳島県で実施された施設ナスでの調査の結果、飛ばないナミテントウは幼虫段階で利用する方が、成虫段階で利用するよりも低コストでかつ高い防除効果が見込めることも明らかとなりました。また岡山大学と株式会社アグリ総研との共同研究により人工飼料や品質管理法が開発され、飛ばないナミテントウの大量増殖系が確立されました。

近年、農産物の安全・安心へのニーズが高まるとともに、化学農薬に代わる害虫防除技術の開発が求められています。天敵利用による害虫防除もその1つですが、現在国内で利用されている天敵製剤のほとんどは、施設での利用に限られています。一方、飛ばないナミテントウは、施設だけでなく露地においても高い防除効果が期待できます。また、登録されている化学農薬が少なく防除手段が限られている作物(マイナー作物)に対しても適用できます。現在、飛ばないナミテントウは天敵製剤として登録申請中であり、近いうちに施設の野菜類を対象に商品化される予定です。今後は、露地の野菜類でも実用化を目指したいと考えております。

著者: 世古智一 (近畿中国四国農業研究センター)

« 研究室紹介: 岡山大学大学院環境生命科学研究科・進化生態学研究室 | コラム一覧 | 研究室紹介: 京都大学大学院 人間・環境学研究科・加藤真研究室 »

応用動物学/応用昆虫学コラム

応用動物学/応用昆虫学の分野でいま注目されている研究成果を、第一線で活躍している研究者が解説します。

日本応用動物昆虫学会(応動昆)

「むしむしコラム・おーどーこん」は、日本応用動物昆虫学会電子広報委員会が管理・運営しています。