2016年04月14日掲載 【トビイロウンカに強いイネが持つ抵抗性遺伝子の正体】

イネの大害虫であるトビイロウンカは、針状の口を突き刺して師管液を多量に吸汁することによりイネを枯死させ、深刻な被害をもたらします。ところが、南インドやスリランカのイネの中には、トビイロウンカに強い品種があることが知られています。では、トビイロウンカに強いイネ品種はどのような抵抗性遺伝子を持っているのでしょうか?

トビイロウンカはイネを寄主植物とする害虫で、毎年、梅雨時期に中国南東部などから日本に飛来して増殖し、深刻な被害をもたらしています。2013年に調査された西日本11県での被害額は、約105億円に達すると見積もられています。以前は殺虫剤で被害が抑えられていましたが、近年、主要な殺虫剤であるイミダクロプリドが効きにくいトビイロウンカが飛来するようになり、代替殺虫剤の選定や他の防除法の開発が必要になっています。トビイロウンカに抵抗性を示すイネ品種を開発・利用できれば、環境保全型で低コストの農業に貢献できると考えられます。

トビイロウンカ抵抗性品種の探査

トビイロウンカに強いイネの探査は、1960年代中頃からフィリピンの国際イネ研究所を中心として約44,000種の在来品種等を対象にして大規模に行われました。この結果、南インドやスリランカ等のイネ品種の中には、東南アジアに生息するトビイロウンカに抵抗性を示すものがあることが分かりました。その中の一つであるインド型イネ品種ADR52は、南インド由来のトビイロウンカ抵抗性品種であり、この品種の保有するBPH26(ビーピーエイチ・ニジュウロク)とBPH25という2つの遺伝子が同時に存在すると、現在日本に飛来するトビイロウンカに対して抵抗性を示すことが分かっていましたが(Myint et al. 2012)、遺伝子は単離されていませんでした。

今回、このうちの一つのBPH26を、マップベースクローニング法で単離することに成功しました。

トビイロウンカ抵抗性遺伝子(BPH26)の正体

図1

図1: NBS-LRR構造を保有するトビイロウンカ抵抗性BPH26タンパク質の模式図
NBS-LRRは、分子中にNBS(nucleotide-binding-site; ヌクレオチド結合部位)ドメインとLRR(leucine-rich repeat; ロイシンリッチリピート)ドメインを持つタンパク質の名称。BPH26は他にもN末端側にCC(coiled-coil; コイルドコイル)ドメインも保有している。トビイロウンカ抵抗性タンパク質BPH26(上段)と、イネいもち病抵抗性遺伝子PIB(下段)は相同性が高く、構造も類似している。但し、BPH26はイネいもち病抵抗性を示さず、PIBはトビイロウンカ抵抗性を示さない。
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第12染色体に座乗するBPH26遺伝子のcDNAを単離して配列を調べたところ、 BPH26がコードするタンパク質は、分子のN末端側にCC(coiled-coil; コイルドコイル)、中央部にNBS(nucleotide-binding-site; ヌクレオチド結合部位)、C末端側にLRR (leucine-rich repeat; ロイシンリッチリピート)と呼ばれるドメインを持つことが分かりました(図1)。NBSドメインとLRRドメインを保有するタンパク質は「NBS-LRR」と呼ばれ、植物の多くの病害抵抗性タンパク質がこの構造を持っており、病原菌の侵入を認識して活性化され、防御反応を誘導する働きをしていると考えられています。現在機能の知られているタンパク質の中で、BPH26と最も相同性が高いタンパク質は、カビの一種である「イネいもち病菌」 に強いイネがもつ抵抗性タンパク質(PIB)でした(図1)。よって、構造が類似している病害抵抗性タンパク質の機能から推察すると、BPH26タンパク質は、トビイロウンカの加害を認識して防御反応を誘導する働きをしているのではないかと考えられます。

図2

図2: トビイロウンカの吸汁行動測定装置の模式図。トビイロウンカとイネの間に電気回路を作り、微弱な電流を流して伝導度を記録して波形として表示させ、吸汁行動の各段階で得られる特徴的な波形をもとに吸汁行動を解析する。
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抵抗性のメカニズムを調べるために、BPH26を導入したイネ上でのトビイロウンカの吸汁行動を電気的測定法により解析しました。この方法は、トビイロウンカの頭背部に金線を装着して、トビイロウンカとイネの間に電気回路を作り、吸汁行動に伴う電流変動を波形として表示させ、トビイロウンカの口針挿入や、口針の師部への到達、師管液の吸汁等の行動を波形から解釈するものです(図2)。解析の結果、BPH26を保有するイネでは、トビイロウンカの口針は師部に到達しますが、師管液を継続して長時間吸汁できず、何度も口針を刺しなおす行動をとることが分かりました(図3a、図3b)。このように、BPH26遺伝子は師部での吸汁阻害に関与していることが示唆されました。

図3

図3: 電気的測定法によるトビイロウンカの吸汁行動の解析
(a) BPH26の有無によるトビイロウンカの総師管吸汁時間の比較。計測中(10時間)に、トビイロウンカの師管吸汁波形が観察された時間の合計を示す(N=10)。
(b) BPH26の有無によるトビイロウンカの口針挿入回数の比較。計測中(10時間)に、トビイロウンカが口針をイネに挿入した回数を示す(N=10)。
1A5はBPH26を台中65号に導入した形質転換体(T1)、BPH26-NILはBPH26を台中65号に交配で導入した準同質遺伝子系統、T65は台中65号(感受性品種)をそれぞれ示す。Tamura et al. 2014中の図を改変して引用。
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BPH26タンパク質がトビイロウンカの加害シグナルを認識する場合、どのような分子を認識しているのか、また認識した後に、どのような防御反応を誘導することで師部での吸汁阻害を引き起こすのか等、防御のメカニズムの詳細については不明な点が多く、これらの解明は今後の課題です。

抵抗性品種の開発と利用

トビイロウンカに抵抗性を示す遺伝子を単独で持つ品種を使用しても、それを打破する加害性のバイオタイプが出現した例があるため、どのようにして抵抗性遺伝子の効果を失効させずに持続させるかが大きな課題となっています。BPH26遺伝子単独では、BPH26加害性のバイオタイプによる加害を抑えることはできませんが、BPH26BPH25を共存させると、それぞれの遺伝子を単独で用いた場合には効かない加害性のバイオタイプにも、抵抗性を示すことが知られています。今後は、抵抗性が持続するような遺伝子の組み合わせを見つけ、各遺伝子の染色体上の位置を示すDNAマーカーを作成・利用して、国内の良食味品種に抵抗性遺伝子を交配で導入することにより、持続的に利用できる抵抗性品種の開発が可能になると考えています。

本研究は、農業生物資源研究所(田村泰盛・服部 誠・髙橋 章・呉 健忠・千徳直樹)、九州大学大学院(安井 秀)、名古屋大学大学院(吉岡博文・吉岡美樹)の三グループが共同で推進した他、作物研究所・矢野昌裕所長他、多数の方の協力を得て実施いたしました。

参考文献

著者: 田村泰盛 (農業・食品産業技術総合研究機構 昆虫植物相互作用ユニット)

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