2015年09月10日掲載 【昆虫の変態に必要な条件は?〜ノックアウトカイコを用いた解析〜】

昆虫生理学・内分泌学におけるパラダイムの1つに「幼若ホルモンは蛹変態を抑制する」というものがあります。幼若ホルモンが存在すると蛹への変態が抑制され、その結果、幼虫は幼虫脱皮を繰り返して成長していく、というものです。今回、私たちの研究グループは、ここ数年で急速に進展したゲノム編集技術を用いて、幼若ホルモンを作ることができないノックアウトカイコおよび幼若ホルモンを受容することができないノックアウトカイコを作出し、その解析を行いました(Daimon et al. 2015)。本研究の主要な問いは、「幼若ホルモンが無いカイコはいつ蛹に変態するのか?」というものです。幼若ホルモンが無くなったカイコでは、いつでも蛹への変態が可能になり、例えば1齢幼虫のように小さな時期からでも蛹へと変態することができるのでしょうか?

若齢の幼虫は蛹に変態できるのか?

1930年代のBounhiol, 福田から始まる実験形態学的な研究や、近年の分子遺伝学的解析から、様々な手段で幼若ホルモンを除去しても、カイコや他のほとんどの昆虫では1齢幼虫・2齢幼虫は蛹に変態することができず、3齢幼虫になってから始めて変態できることが示されています(Daimon et al. 2012; Smykal et al. 2014)。つまり、昆虫の幼虫は若齢のうちは幼若ホルモンがあっても無くても必ず幼虫脱皮を行う可能性が指摘されてきました。ところが、先行研究にはそれぞれ技術的な「穴」があり、この説を証明する決定的な証拠は得られていませんでした。そこで私たちは遺伝子ノックアウトカイコを作出・解析することで、この説の正否を遺伝学的に厳密に検証することにしました。

若齢のカイコ幼虫はやはり蛹に変態できない

図1

図1: ノックアウトカイコの発育と表現型
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ゲノム編集法を用いて、幼若ホルモンの生合成遺伝子および受容体遺伝子を欠損させたノックアウトカイコを作出しました(Daimon et al. 2015)。前者は体内に幼若ホルモンが無いカイコとなり、後者は体内に幼若ホルモンがあっても受容体が無いために機能できないカイコとなります。

前者の幼若ホルモンが無いカイコでは、1齢、2齢幼虫が蛹に変態することは無く、最も早く変態が誘導されたのは3齢幼虫になった後からでした(図1)。一方、後者の幼若ホルモンの受容体を欠損させたカイコでは、1齢幼虫は2齢幼虫へと幼虫脱皮を行いましたが、3齢幼虫に脱皮する際に致死しました。皮膚の表面構造をよく観察すると、皮膚のごく一部だけがパッチ状に蛹変態を起こしていましたが、その他の大部分では幼虫脱皮が起きたことが分かりました(図1)。この結果は、幼若ホルモンの有無に関わらず、1齢幼虫は必ず2齢へと幼虫脱皮を行うこと、そして、ごく一部の組織を除けば2齢幼虫も3齢幼虫へと幼虫脱皮を行うことを示しています。つまり、カイコはJHが無ければいつでも蛹変態できる、というわけではないことになります。

半分蛹・半分幼虫のモザイクカイコ

図2

図2: 半分蛹・半分幼虫のモザイクカイコ
体の半分だけで幼若ホルモン受容体を壊したモザイクカイコでは、その半身だけが早熟変態して蛹と幼虫のモザイクカイコになる。このような大規模な変態は、3齢幼虫が4齢幼虫へ脱皮する際に始めて観察される。
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幼若ホルモン受容体のノックアウトカイコは3齢幼虫に脱皮する際に致死してしまったため、3齢幼虫より後での表現型を観察することができませんでした。そこで、カイコの遺伝的モザイク系統を利用して、体の半分だけで幼若ホルモン受容体が機能しない半身モザイクカイコを作出しました(図1)。この半身モザイク個体でも、やはり1齢幼虫が蛹に変態することはなく通常の2齢幼虫になりました。この2齢幼虫が3齢幼虫へと脱皮する際、皮膚の一部はパッチ状に蛹へと変態しましたが、その他の部分は幼虫のままでした。ところが、この個体が4齢幼虫へ脱皮する際に、体の半身全体で蛹変態が誘導され、その結果、体の半分が蛹・半分が幼虫という半身モザイク個体になりました(図2)。つまり、蛹へと変態した半身の大部分においては、幼若ホルモンが機能していないにも関わらず、3齢になるまでは蛹へと変態できなかったことになります。この結果は、幼虫の細胞は成長に伴って徐々に蛹への変態能力を獲得していくことを強く示唆しています。

蛹変態の鍵はbroad遺伝子が握る

図3

図3: broad遺伝子のノックアウトモザイクカイコ
卵にTALENと呼ばれるゲノム編集ツールをインジェクションして、孵化した幼虫を飼育して表現型を観察した。broad遺伝子(br)がノックアウトされた細胞(br-/-)は、蛹へ変態することができず、幼虫脱皮を繰り返してしまう。そのため、蛹/幼虫モザイク(A, A′)、成虫/幼虫モザイク(B, B′)となる。
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以上の結果から、カイコの幼虫は若齢のうちは幼若ホルモンがあっても無くても幼虫脱皮を行う(=蛹へと変態できない)ことが遺伝学的に証明されました。それでは、なぜ若齢のカイコは蛹へと変態できないのでしょうか? 私たちはbroadという遺伝子がその鍵を握っていると考えています。 broadはpupal specifier geneとも呼ばれており、カイコにおいては終齢幼虫の吐糸期から発現が上昇し、蛹変態に必要な遺伝子の発現を誘導します。カイコにおいてbroadのモザイク解析を行ったところ、broad遺伝子が破壊された幼虫の真皮細胞は、ホストが蛹・成虫へと変態しても幼虫のままに留まり、幼虫脱皮を繰り返してしまうことが分かりました(図3)。この結果は、broadが蛹変態に必須であることを明確に示しています。

broadが蛹変態期に特異的に誘導される理由について、これまでは幼若ホルモンがbroadの発現を抑制するためだと説明されてきました。この説明が正しければ、幼若ホルモンが無いノックアウトカイコでは、broadの発現が上昇しているはずです。ところが、私たちの観察結果は予想と異なり、若齢期におけるbroadの発現は、幼若ホルモンの有無に関わらず、極めて低いレベルのままでした。つまり、broadが発現するためには(=蛹へと変態するためには)、幼若ホルモンが体内から消失するだけでは不十分であり、何らかの別のインプットが必要なことが示唆されました。

蛹変態のための2つの条件

図4

図4: カイコの蛹変態メカニズムのモデル図
ここでは変態するための能力を与える因子、competence factorの存在を仮定している。competence factorは昆虫の成長とともに発現し、broadの発現を誘導する。しかし、その作用は幼若ホルモンによって阻害されるため、幼虫が変態するためには、終齢幼虫になって体内から幼若ホルモンが消失するまで待たなくてはならない。
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以上の結果から、私たちは、幼虫が蛹へ変態するためには2つの条件が必要であると推測しています(図4) (Daimon et al. 2015)。1つ目は幼若ホルモンの体内からの消失であり(従来通り)、2つ目は蛹へと変態するための能力を付与する«competence factor (= broad-inducing factor)»の存在です(新提案)。competence factorの存否についてはもちろん今後の研究が必要ですが、以下の理由で、私たちはcompetence factorは液性因子ではないかと想像しています。

1930年代、ドイツのPiephoはハチノスツヅリガ(Galleria mellonella)の1齢幼虫の皮膚を終齢幼虫に移植すると、移植された1齢幼虫の皮膚がダイレクトに蛹の皮膚へと変態できることを報告しました。この結果と私たちの結果を合わせると、組織レベルでは1齢幼虫の組織は蛹へと変態できるものの、個体レベルでは1齢幼虫は蛹へと変態できないものと考えられます。おそらく、Piephoの実験においては、終齢幼虫の体液中に存在する液性因子(= competence factor)が、1齢の移植片に変態するための能力を付与したために、1齢からの蛹変態が可能になったのだと考えられます。一方、私たちの半身蛹・半身幼虫モザイク個体においては、幼虫の皮膚はcompetence factorの発現上昇に伴って徐々に蛹変態能力を獲得していったために、3齢では皮膚の一部で蛹のパッチが生じ、4齢では皮膚全体が蛹化したのだと考えられます。

今後はこのような変態する能力を付与する液性因子が本当に存在するのか、存在するならばその実体は何か、探索していきたいと考えています。同様のメカニズムは不完全変態昆虫にも存在すると考えられること、幼若ホルモンの抗変態作用は昆虫に特異的に観察されることから、この研究は今後、昆虫の変態の起源の解明や、節足動物の発育成長メカニズムの共通原理の理解に繋がると期待しています。

おわりに

カイコは古典的なモデル生物ですが、古典的な知と最先端のゲノム編集技術が出会うことで、新たな地平が見えてきたかもしれません。また、昆虫生理学・遺伝学・実験形態学の古典的な知見は今も全く色褪せておらず、そのメッセージがいかに力強いものであるか実感しています。

参考文献

著者: 大門高明 (農業生物資源研究所 昆虫科学研究領域)

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