2015年09月07日掲載 【カイコを創薬に応用する】

薬の効果を調べるときに、まずカイコを思い浮かべる人はいないでしょう。最近の研究によって、カイコも人と同じような仕組みをもっており、薬の評価ができることがわかってきました。カイコの細菌感染モデルを使って、治療効果を示す薬を探索し、実際に新しいメカニズムで菌を殺す抗生物質ライソシンを発見しました(Hamamoto et al. 2015)。

我が国の有史上、経験したことのない高齢化の進行に伴って、感染症になる方が増加しつつあります。また、臨床においては抗生物質が効かない多剤耐性菌による治療困難な症例が問題となっています。そこで、新しいメカニズムをもつ抗生物質の開発が切望されていますが、近年では成功例は極めて限られてきてます。その原因として、新規構造の抗生物質の発見確率が低下してきているのが一つの原因と考えられています。また、抗生物質の開発において薬の元となる化合物の発見は試験管内での試験により見つけ出されますが、それらは化合物の体内動態や安全性がよくないものが多く、大部分は治療効果を示しません。従って、開発の早い段階で治療効果や毒性を調べる系の確立が有用だと考えられます。しかしながら、治療効果があるかどうかわからない多数のサンプルの治療効果を、コストや動物愛護の問題があるマウスを利用することはできません。そこで、我々の研究室では、そのような問題が無いカイコをモデル動物として利用して、体内動態及び細胞毒性を、ごく初期の段階で判定できる系の確立を行いました。我々は、この系を利用した、すなわち昆虫機能を利用した創薬研究を提唱しています。

カイコモデルの実験動物としての利点

カイコは体のサイズが小さすぎないため、注射実験が特別な器具がなくてもヒトの手で可能です。また、創薬でよく用いられるマウスと比較して体が小さい上に、密集させた状態で飼育してもストレスを感じるなどの問題が無いため、一度に多数の個体を飼育することが可能です。また、1匹あたりの飼育に要する費用も安く、もともとシルク生産のための産業用の昆虫として利用されていることから、倫理的な問題がないという利点もあります。さらに、カイコは、ほ乳類と同様に薬物動態に関与する腸管・肝臓・腎臓と相同する臓器を有します。カイコは開放血管系であり、血管や赤血球に相当する臓器や細胞はありませんが、血液を攪拌する心臓と類似した臓器や、免疫に関わる細胞が存在します。薬物の体内動態は、腸管からの透過後、主に肝臓における薬物の代謝(シトクロームP450による水酸化と抱合)、及び腎臓からの排泄、組織への薬物の分布などの要因が影響することが知られていますが、カイコにおいても薬物の体内動態がカイコ幼虫とほ乳類で類似していることを見いだしました(図1)(Hamamoto et al. 2009)。さらに、哺乳動物に毒性を示す化合物をカイコに投与すると、カイコもほぼ同じような投与量で殺傷されることを見いだしました。これらの結果から、カイコは、薬物の体内動態と毒性を同時に評価可能なモデル動物であると考えられます。

カイコ細菌感染モデルにおける抗生物質の治療効果の評価

当研究室の垣内らの研究により、カイコを用いた細菌感染モデルが確立していました(Kaito et al. 2002)。そこで、このカイコの黄色ブドウ球菌感染モデルを用いて抗生物質の治療効果を評価できるのではないかと考え、臨床で使用されている抗生物質について評価したところ、治療効果を定量的に評価することが可能で、治療発揮に必要な体重あたりの薬剤量がマウスモデルにおける値と一致していていました(Hamamoto et al. 2004)。また、カイコモデルを用いて、抗生物質の経口投与での治療効果の有無も評価でき、さらに、ヒトにおいて経口投与で治療効果を示すように設計されたプロドラックの治療効果の評価も可能でした(Hamamoto et al. 2005)。抗生物質の治療効果を評価するモデルとして、ショウジョウバエや線虫などのモデルが報告されていますが、ショウジョウバエは抗生物質の投与は餌に混ぜる方法しかなく、また線虫では培養液中に抗生物質を加えるためどのような経路で投与されたかわからず、さらに、これらの投与方法は定量的ではないという問題がありました。我々のカイコで得られた結果から、カイコは抗生物質を経口または体液中へと投与経路を区別でき、また体のサイズが比較的大きいことから投与量を正確にコントロール可能なため治療効果を定量的に評価できる、すぐれた特徴を有していると言えます。

治療効果を指標とした新規抗生物質の探索とライソシンの発見

カイコを利用して抗生物質の治療効果を評価できることがわかりました。そこで、筆者等は実際に治療効果を指標とした、新しい抗生物質の探索ができるのではないかと考えました。実際に、全国から採取した土壌から細菌を分離し、調製した培養上清のうち多剤耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)に抗菌活性を示した約2,800サンプルについて、カイコ黄色ブドウ球菌感染モデルにおける治療効果を評価しました。その結果、23サンプルがカイコモデルで治療効果を示しました。そのうち、沖縄の土壌より分離したLysobacter属の株が生産する培養上清について、治療効果を指標とした精製を行い、その治療活性物質について構造を決定したところ、これまでに報告のない構造を有していることを見いだしました。その構造について、NMRや精密質量分析などにより決定したところ、12個のD、及びL体のアミノ酸と、水酸基を有する短鎖脂肪酸によって構成される新規抗生物質でした(図2)。本抗生物質をライソシンEと命名し、論文に報告しました(Hamamoto et al. 2015)。ライソシンEは、MRSAを含むグラム陽性細菌の一部に抗菌活性を示しました。また、マウスモデルでも優れた治療効果を示し、また、毒性も低いことから、現在臨床応用を見据えた開発が進行中であります。

ライソシンEの抗菌活性発揮メカニズム

ライソシンEはこれまでの抗生物質とは異なり、黄色ブドウ球菌の培養液に添加後、膜障害を引き起こし、即座に生菌数を0.01%以下に低下させるなど、非常に強力な殺菌活性を示しました。従って、その抗菌活性の発揮メカニズムはこれまでの抗生物質とは異なると考えられました。そこで、ライソシンEに対する耐性菌を分離し解析したところ、メナキノンと関わる遺伝子の変異が認められました。また、ライソシンEの活性がメナキノンによって阻害され、ライソシンEとメナキノンは物理的な相互作用することを見いだしました。さらに、ライソシンEはメナキノンを含有するリポソーム膜を選択的に破壊することを見いだしました。これらの結果から、ライソシンEはメナキノンを標的として抗菌活性を破壊していると考えられます。

まとめ

カイコは養蚕業における産業用昆虫として利用されているだけでなく、昆虫のモデル動物として様々な生物の原理を明らかにする研究に利用されてきていました。著者等の研究により、カイコは医薬品の評価モデルとしての応用も可能であることがわかりました。ここに示した細菌感染モデル以外にも、様々な病態モデルについてカイコを利用して確立することが可能であることから、様々な医薬品の開発に応用可能であると考えられます。

参考文献

著者: 浜本 洋 (東京大学大学院薬学系研究科微生物薬品化学教室)

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