2015年04月10日掲載 【戦うオスと求愛するオス、選ぶメス】

クワガタやカブトムシのオスが持つ大顎や角は、なわばりやメスをめぐるオス同士のケンカに用いられています。私たちが今回紹介するオオツノコクヌストモドキという4mm程度の小さな甲虫もまた配偶者を獲得するために、オス同士が大顎で戦います。ケンカに強いオスがメスにも好まれるとこれまで考えられてきましたが、実際はそう単純ではなく、メスとオスとの様々な駆け引きが行われていることが私たちの研究から明らかになってきました。

図1: オオツノコクヌストモドキ
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性選択は大きく2つ、同性内選択と異性間選択に分けることができます。同性内選択は同性の個体がもう一方の性の個体をめぐり競争することで生じます。この場合、争うのは主にオスで、なわばりや配偶者をめぐるケンカなど、オス間競争が見られます。異性間選択では、一方の性が自身の適応度を上げるために配偶相手を選ぶことで生じます。選ぶ側の性は基本的にメスであり、数多くの分類群でメスの配偶者選択が観察されています。この配偶者選択によってメスは直接的(メスの産卵数や寿命の向上につながるもの)・間接的(子の繁殖成功や生存力の向上)に利益を得ます。私たちが研究しているオオツノコクヌストモドキ(図1: 以下、オオツノ)では、オスのみが大顎を持つ性的二型があり(写真手前がメス、中心がオス)、オス同士が大顎を使い、また、メスはオスを選り好むことがわかりました。そして、オス同士の戦いがオスだけでなくメスにも大きく影響を及ぼしていること、メスが配偶者を選り好むことで利益が得られることがわかりました。オスの闘争行動はオスとメスにどのような影響をもたらすのでしょうか? また、メスはどのようなオスを好んでいるのでしょうか? メスの配偶者選択はメスにどのような効果をもたらすのでしょうか? 最新の研究結果と、これまでにわかった研究結果をあわせ、オオツノの雌雄の適応度をめぐる駆け引きについて紹介したいと思います。

大顎の大きなオス

図2

図2: オオツノの雌雄の適応度をめぐる駆け引き概略図
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オス間競争の結果、強いオスが選択され、また戦いに見合った形態に進化します。オオツノのオスでも、大顎の大きなオスがオス同士のケンカに強く、戦いに勝ったオスがなわばりや配偶者を独占できます。従って、この発達した大顎はオス間競争を経て進化したと考えられます。発達した大顎など性形質を戦いで上手に扱うには、それを支える形質が必要です。オオツノでも、大顎が大きなオスは大顎を支えるために、上半身(頭部と前胸部)と前脚が大きくあることが必要であると考えられます。これを支持する1つの証拠として、上半身と前脚が大きい方がケンカに有利であるという研究結果が挙げられます。また、この上半身の肥大によって下半身(後胸部と腹部)の委縮が起こり、オス間競争によって、武器である大顎だけなく、オスの体全体に大きな影響をもたらすことがわかりました。

オスの大顎の進化がメスに及ぼす影響

上記のオスの大顎の進化による体型の変化は、大顎のないメスにも同様の影響を及ぼします。その結果、大顎の大きなオス親の娘は、大顎の小さなオス親の娘よりも腹部が小さくなり、生涯産子数が減少してしまいます。この父と娘(母と息子)の関係から、オスとメスの間で体形の最適なパターンが異なり、体形に関して雌雄間の対立があると考えられます。この対立の結果、大顎の大きなオス親由来のメスは大顎の大きく戦いに強い息子を産むことができますが、腹部の小さな適応度の低い娘を産むことになります。面白いことに、このメスは子どもの性比をオスに偏らせることによって、子の質の低下を和らげていることが明らかになりました。同様に大顎の小さなオスの娘は腹部が大きく、産卵数の多い娘を多く産みます。このように、オスの大顎の進化はオスの体形だけでなく、大顎を持たないメスの体型にも影響を及ぼし、さらにはメスの適応度に関係する産卵数や子の性比に影響をすることがわかりました。

メスは強いオスとアピール上手なオスのどちらを選ぶのか?

オオツノのオスは、大顎の大きなオスが闘争に勝ち、縄張りと配偶者を獲得することができます。一方で交尾の際にオオツノのオスは,近縁種のコクヌストモドキらと同じように、メスの腹部を軽くたたく求愛行動(タッピング)を行います。メスは、闘争と求愛で使われる形質を頼りにオスを選り好んでいるのでしょうか? 求愛頻度(単位時間当たりのタッピング回数)とメスがオスを受け入れる早さの関係を調べたところ、メスは求愛頻度が高いオスを早く受け入れました。では、メスは、よく求愛する魅力的なオスとの交尾によって、どのような利益を得ているのでしょうか? 魅力的なオスとの交尾では、直接的な利益はありませんでしたが、メスは発育の良い子と魅力的な息子を産むことができ、配偶者選択による間接的利益があることがわかりました。一方、大顎の大きさはメスの交尾の受け入れと関係がありませんでした。このことから、メスは強いオスではなく、よく求愛するオスを好むことがわかりました。

強いオスとの交尾によるメスへの直接的利益は魅力的なオスと同じくありませんでした。しかし、メスは繁殖成功の高い強い息子を産むことができ、間接的利益があるように思えます。しかし、上記した性的対立の結果、このメスは産卵数の少ない、質の低い娘を産むことになり、戦いに強い息子から得られる利益が軽減します。また、蛹の時に大顎の大きなオスの生存率が低いことがわかっています。その結果、強いオス親からの間接的利益はあまり見込めないので、メスは強いオスを選ばず、よく求愛する魅力的なオスを選んでいるかもしれません。

強いオスと魅力的なオスの両方が選択される

本来、メスは強いオスを好むとされます。理由は、強いオスは外敵から身を守ってくれる、また強いオスが持つ良質ななわばりを独占できるからです(直接的利益)。また、強いオスと交尾すると、繁殖成功の高い強い息子を産むことができるからです(間接的利益)。しかし、私たちの研究結果から、オオツノでは、強いオスは選ばれず、よく求愛する魅力的なオスが好まれることが明らかになりました。そして、オスの魅力と強さの間には表現型相関・遺伝相関のどちらもなく、魅力的なオスと強いオスはそれぞれ独立に選択されることが示唆されました。今回の研究結果の背景には雌雄間の対立構造の存在が大きいようで、オス間競争とメスの配偶者選択の本来の形は性的対立によって撹乱されるのかもしれません。

参考文献

著者: 香月雅子 (筑波大・生命環境)・岡田賢祐 (岡山大院・環境生命)

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