2012年12月13日掲載 【カメムシ成虫にちゃっかりと便乗する卵寄生蜂】

昆虫の卵に寄生して、その卵の中で成長発育する卵寄生蜂にはたくさんの種があります。そのほとんどの種は、卵寄生蜂の雌成虫が寄主である昆虫の卵を探し出して産卵します。ところが中には、卵を探し出すのではなく、産卵前の雌成虫にちゃっかりと便乗して、雌が産卵すると雌の体から降りて、産まれたばかりの卵に産卵する性質を持つ卵寄生蜂もあります。日本産の種では、ドクガなどのガに寄生する卵寄生蜂にそのような便乗の性質を持つ種がこれまでにいくつか知られていました。ところがさらに、カメムシの卵に寄生する卵寄生蜂にも便乗の性質を持つ種があることがわかりました。ここでは、その発見に至ったいきさつを含め、その生態の一端を紹介します。

昆虫の卵寄生蜂にとって、寄主である昆虫の卵を見つけることは、繁殖戦略において極めて重要です。一般的に卵寄生蜂は、寄主である昆虫の卵を探し出して、見つけた卵に産卵します。ところが卵寄生蜂の中には、寄主である昆虫の卵ではなく、その卵を産む雌成虫を探し出してその体に便乗し、その雌成虫が産卵すると雌成虫の体から降りて、産卵されたばかりの卵に産卵する種がいくつか知られています。この性質が知られていた日本産の昆虫は、チャドクガやタイワンキドクガなどの鱗翅目(チョウ目)の卵に寄生するものばかりでしたが、私は日本産の種では初めて(世界では4例目)カメムシの成虫に便乗する卵寄生蜂を発見しました。

アシブトヘリカメムシAnoplocnemis phasiana (Fabiricius, 1781)はヘリカメムシ科に分類される大型のカメムシで、東南アジアに広く分布し、日本では沖縄県の先島諸島に分布しています。その大きさは日本産カメムシの中では最大級です。このカメムシの形態的な大きな特徴は、和名に示されているとおり、雄の後脚腿節が非常に発達して太くなっていることにあります。この異様に発達した後脚腿節は、雄どうしの雌をめぐる闘争において役立つと考えられています。

私が沖縄県八重山諸島の石垣島にある国際農林水産業研究センター沖縄支所(現 同センター熱帯・島嶼研究拠点)に勤務していたときのことです。大きな羽音をたてて飛んできた虫を捕虫網で捕えたところ、それはアシブトヘリカメムシの雌でした。それを捕虫網から取り出して手に取ってみると、胸部に小さなハチが付着しているのに気付きました。そのとき、そのハチがアシブトヘリカメムシの卵寄生蜂であると直感したので、それを研究室に持ち帰って飼育容器に入れておきました。ほどなくカメムシは産卵し、さらに何日か経ったある日のこと、飼育容器の中に、カメムシに付着していたのと同じハチが何頭もいるのが確認されました。最初に直感したとおり、まさにそれはアシブトヘリカメムシの卵寄生蜂だったのです。日本ではカメムシに便乗する卵寄生蜂はそれまでに知られていなかったので、アシブトヘリカメムシと卵寄生蜂の生態を解明すると面白いだろうと思いました。

アシブトヘリカメムシは決して珍しい種ではありませんが、その当時の生態的な知見は断片的であり、いざ生態を研究しようとなると、アシブトヘリカメムシを確実に観察できる場所を見つけることに苦労しました。しかし、本来の業務においてカンキツ類の害虫であるミカンキジラミの調査をしているゲッキツの群落の近くに生育していたヒマワリヒヨドリ(キク科、発表論文中ではキールンフジバカマと誤同定)の群落に高い頻度でアシブトヘリカメムシが寄生しているのを発見しました。また、当時沖縄県農業試験場に勤務されていた宮竹貴久博士(現岡山大学教授)にもアシブトヘリカメムシを見ることができるリュウキュウコマツナギの生育地を教えていただきました。さらに職場の畑に緑肥として栽培されていたキマメ(リュウキュウマメあるいはピジョンピーともいう)においてもある程度高い頻度でアシブトヘリカメムシが寄生していることがわかり、徐々にデータを蓄積できるようになりました。

まず、アシブトヘリカメムシによる寄主植物の利用の季節的な推移に着目したところ、春から夏の始め頃まではヒマワリヒヨドリ、夏の盛りから秋まではリュウキュウコマツナギなどの各種マメ科植物に寄生していることがわかりました(表1)。ヒマワリヒヨドリは春に芽吹いて冬の初めに開花するまで茎を伸ばし続けて、夏の間には特に大きな変化は無いように見えるのですが、夏の盛りになると何故かカメムシはいなくなってしまいました。その理由については、後で考えてみようと思います。

次に、どんなカメムシに卵寄生蜂が付着していたのかを調べてみました(表2)。卵寄生蜂はカメムシ幼虫には付着していませんでしたが、カメムシ成虫には雄にも雌にも付着していることがわかりました。卵を産むのは雌のカメムシですから、雌の場合と大きくは違わない頻度で雄のカメムシに卵寄生蜂が付着していたのは意外でした。しかし、あるとき卵寄生蜂が付着していた雄のカメムシが交尾を始めたので、そこで観察していたら、カメムシが交尾をしている最中に、卵寄生蜂が雄のカメムシから雌のカメムシに乗り移るのが確認されました(写真1、雌の右後脚に卵寄生蜂が付着している)。ですから、卵寄生蜂が最初は雄のカメムシに付着しても、カメムシの交尾のときに雌のカメムシに乗り移る機会があるので、決して無駄になるわけではないことがわかりました。

さらに、卵寄生蜂が便乗していたカメムシの頻度を月ごとに見てみました(表3)。すると、春には付着している比率は低く、秋に向かって付着している頻度が高まっていることがわかりました。

図1

図1: セイヨウミツバチのカースト分化とワーカーの産卵個体化
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またさらに、1頭のカメムシに付着している卵寄生蜂の個体数に着目してみました(図1)。すると、卵寄生蜂が1頭しか付着していない場合が最も多かったのですが、少なからぬ頻度で複数の卵寄生蜂が付着している場合がありました。雌のカメムシの場合では、1頭のカメムシに、なんと最高24頭の卵寄生蜂が付着している場合がありました(写真2)。卵を産まない雄のカメムシでも、最高14頭の卵寄生蜂が付着していました。アシブトヘリカメムシの1回の産卵数は十数卵ですから、時としてカメムシの1回の産卵数を超える卵寄生蜂が1頭のカメムシに付着していることがあることがわかりました。この場合、産卵にあぶれてしまう卵寄生蜂が生じると考えられます。

最後に、卵寄生蜂が付着しているカメムシの体の部位に着目してみました(表4)。これを見ると、カメムシが雄の場合には、異様に発達した雄のカメムシの太い後脚腿節に極めて高い頻度で付着していましたが(写真3)、カメムシが雌の場合には、半数近くが触角に付着していたものの、触角以外にもカメムシの体の様々な部位に付着していました。このことから、卵寄生蜂は、自分が付着しているカメムシが雄であるのか雌であるのかを識別しているかのようです。

一般には、季節的に棲息場所を変えることは寄生者から逃れるのに有効な手段となりますが、このカメムシと卵寄生蜂の場合は、表1と表3に示したように、カメムシが寄主植物を季節的に変えても(=棲息場所を変えても)卵寄生蜂の付着率は高まる一方でしたので、カメムシ成虫に付着して便乗するという卵寄生蜂の性質は、高い移動能力をもつカメムシの一枚上を行く寄生戦略になっているのではないかと思われます。もしカメムシが季節的に移動することがなければ、秋にはもっと高い頻度で卵寄生蜂の犠牲になるだろうと想像されます。

これまでに明らかになったことは以上ですが、まだこの卵寄生蜂については様々な不明な点が残されています。確実なことは言えないのですが(だから発表した論文の中では言及していませんが)、羽化したばかりの新しい成虫には卵寄生蜂が付着していることはほとんどなく、羽化してから時間が経って体に艶がでてきたアシブトヘリカメムシに多くの卵寄生蜂が付着しているように思われました。若いカメムシ成虫に卵寄生蜂が付着していないのは、羽化してから卵寄生蜂に出合うまでの時間に卵寄生蜂の付着数が単純に依存しているのが理由なのかも知れませんが、アシブトヘリカメムシの加齢とともに、卵寄生蜂を誘引してしまう何かが発せられているのかも知れません。さらに、卵寄生蜂がどのようにしてアシブトヘリカメムシにたどり着くのかもわかっていません。また、アシブトヘリカメムシがほとんど見られなくなる冬季の生態についてもわかっていません。また、1頭のカメムシにカメムシの卵塊の卵数を超える多数の卵寄生蜂が付着した場合、どの寄生蜂が産卵に成功するのかということも明らかにはなっていません。これらについては今後の研究課題となると思います。

最後になりましたが、この卵寄生蜂はタマゴクロバチ科のProtelenomus属だということまでは明らかになっていますが、まだ名前が付けられていません。卵寄生蜂の種類は極めて多いのですが、それの分類をする研究者があまりにも少ないので、卵寄生蜂の名前がなかなか決まらないというのは望ましい状況ではないと思っています。今後、少しでも多くの分類学者が育ってくれれば、このような問題もやがて解消されることでしょう。

参考文献

著者: 河野勝行 (野菜茶業研究所)

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