2012年04月11日掲載 【虫の模様の意味】

生物の模様にはどのような意味があるのでしょうか? 人間は古くから生物の模様に隠蔽(いんぺい、カモフラージュ方法の1つ)効果があることを経験的に知っていました。軍服や戦車には迷彩パターンが施されていますが、これは生物の模様が持つ隠蔽効果を応用したものです。このように隠蔽効果を持つ生物の体の色や模様を、隠蔽色(保護色)と呼びます。このコラムは、隠蔽色の一つである「分断色」についての話です。

分断色が持つカモフラージュ効果

隠蔽色の主な役割は、目の良い天敵(鳥や魚など)から見つからないようにすることで身を守ることです。隠蔽色には主に2種類あります。ひとつは、暗闇に潜む忍者や海底の砂の上で休むカレイのように背景色と体色が似ていることで隠れる背景合致(バックグラウンドマッチング)というものです。もう一つは模様の効果によって生き物の形を見えにくくする「分断色」です。

分断色は体の輪郭を横切るように配置されたコントラストの強い模様(例えば白地に黒い斑紋)のことで、生物の輪郭の検出を妨げる効果を持ちます。分断色は1940年から知られていました。しかし、分断色に隠蔽効果があることが初めて科学的に実証されたのは2005年のことで、イギリスのカットヒル教授らの研究グループによるものです。カットヒル教授らは紙で翅(はね。昆虫のハネは漢字で「翅」と書きます)の部分にさまざまな模様を施したダミー蛾を作り、それに餌を付けて木の幹に設置しました。そして、分断色を持つ翅と分断色を持たない翅で鳥に襲われた割合を比較しました。その結果、分断色を持つダミー蛾のほうが襲われにくかったことから、分断色には隠蔽効果があることが証明されました。

実際の生物における分断色のカモフラージュ効果を確認

カットヒル教授らによるダミー蛾の実験により、分断色に隠蔽効果があることは分かりましたが、実際の生物ではどうなのかという問題が残ります。異なる種間で比較した場合、体の形や生活様式など多くの要因が異なるので、分断色以外の未知の効果が混ざってしまう恐れがあります。つまり、実際の生物での証明の難しさは、同一種内で分断色を持つものと持たないものの隠蔽効果を比べなければならないということにあります。そこで、問題を乗り越えるために私が利用したのがハラヒシバッタ(Tetrix japonica)という体長1cmほどの小さなバッタです。

図1: 実験で用いたハラヒシバッタの4つの色斑型

図1: 実験で用いたハラヒシバッタの4つの色斑型。
上段: バッタの形を見やすいよう、あえて不自然な背景で撮影しています。
下段: 自然な背景で撮影するとバッタの形を見づらくなります。
写真提供: 油川 駿・岩谷 靖(弘前大・理工)
(クリックで拡大します)

ハラヒシバッタは、同一種内に様々な色斑(しきはん、色や模様のこと)をもつタイプが存在します(図1)。このような現象は「色斑多型(しきはんたけい)」と呼ばれます。ハラヒシバッタを用いれば、同一種内で分断色を持つ個体と持たない個体の隠蔽効果を比較することができます。私の研究では、全く分断色を持たない無紋型(図1a)、黒くて丸い分断色が一対ある二紋型(図1b)、黒い一対の分断色と縦に白いすじ状の分断色を持つ縦すじ型(図1c)、黒くて丸い分断色に加えて体の前半分を覆う白い分断色を持つ横すじ型(図1d)の4種類の色斑型を用い、隠蔽度を比較しました。

野外でバッタを襲う捕食者は鳥ですが、私が行った隠蔽効果を比較する実験では鳥の代わりにヒトを用いました。先行研究で鳥とヒトでは同様の結果が得られることが分かっていたのに加え、鳥は実験に対するモチベーションが安定しないため、やる気を出さないことがあるという危険性が指摘されていたからです。一方ヒトはモチベーションが安定しており、真面目に(?)実験に取り組んでくれ、実験結果の信頼性が高いのです。

図2: バッタの隠蔽度を比較したグラフ

図2: バッタの隠蔽度を比較したグラフ。曲線が右上にあるほど隠蔽度が高い。
Tsurui et al. (2010)を改変
(クリックで拡大します)

実験では、印刷された写真を見て、砂地または草地の背景に潜むバッタを何秒で発見出来るかを測定しました。発見までに時間がかかるほどそのバッタは隠蔽的であるということになります。実験結果は、4種類の色斑型ではそれぞれ隠蔽度が異なり、分断色を持つバッタの隠蔽度が高いことを示しました(図2)。この結果から、分断色には隠蔽効果を強める効果があることが実際の生物を用いた実験においても示唆されました(Tsurui et al., 2010)。

また、砂地と草地ではもっとも隠蔽的な分断色のタイプが異なることがわかりました。草地では縦すじ型が最も隠蔽的であった(図2a)のに対し、砂地では横すじ型が最も隠蔽的でした(図2b)。厳密な理由を突き止めるにはさらなる研究が必要ですが、分断色によってバッタの形状がバラバラのパーツのように見えた結果、背景の砂粒や影、枯草の破片と見分けがつきにくくなったのかもしれません。

一方で、分断色を持たない無紋型は、砂地・草地のどちらでも隠蔽度が低いことが分かりました。無紋型は砂地でも草地でも他の色斑型より隠蔽度が低く目立つので、いずれの生息地でも真っ先に鳥に襲われてしまうことが予想されます。どうして無紋型がいなくなってしまわないのでしょうか?

ハラヒシバッタに分断色を持たない無紋型が存在する理由

ハラヒシバッタの分断色(色斑)にみられるような多型を説明する仮説としては、

  • 1) 色斑にはたいした意味は無く、色斑によって有利・不利が生じないので多型が共存している。
  • 2) 生息地の中には複数の異なる環境が含まれていて、それぞれの環境で有利な型が異なる。各色斑型は自分がもっとも有利になる環境に住んでいる。生息地全体で見れば、多型が共存している。
  • 3) 各色斑型には有利な点と不利な点があり、これらが釣り合っている結果、多型が共存している。

の3つが主に提唱されてきました。私の実験の結果では、色斑型間で隠蔽度が異なることが分かったので、1)は当てはまりません。また、無紋型は砂地でも草地でも隠蔽度が低かったことから、2)も当てはまりません。消去法的に3)が当てはまると考えられます。

3)について少し詳しく考えてみましょう。生物の体の色は隠蔽の他に、配偶や体温調節などに影響することが知られています。配偶への影響としては、グッピーで知られるように美しい色斑を持つオスがモテるというものが有名ですが、他にも例えば、メスっぽい色をしたオスがメスと間違われてセクハラ(生態学では、セクシュアル・ハラスメント=無用な求愛は、生物にコスト(損失)を与える相互作用の一つとして熱心に研究されているトピックの1つです)を受けやすくなるということも考えられます。ヒシバッタ類は視覚で配偶相手を探すことが知られており、分断色が配偶に何らかの影響を与えることは十分に考えられます。実はハラヒシバッタの無紋型は全てオスです。まだ論文としては発表されていませんが、オスしかいない無紋型は、他オスからの無用なセクハラを受けるリスクが低くなるというデータがあります。無用なセクハラを受けることは時間やエネルギーの無駄になるので、無紋型はセクハラを避けられるという点で有利だと考えられます。

図3: 日本列島における無紋型の割合

図3: 日本列島における無紋型の割合。南(低緯度地方)ほど無紋型の割合が高くなる。
鶴井・西田 (2010) を改変
(クリックで拡大します)

生物の体の色による体温調節への影響としては、黒っぽい色彩の生物ほど太陽熱を吸収しやすいことなどが考えられます。真夏の日差しの下、道路の黒いアスファルトは焼けるように熱くなっているけれど、白線の部分はそれほど熱くない、という経験があるかと思いますが、これと同じ理屈です。黒いものほど熱くなりやすいため、黒い分断色があると夏に体温が上がりすぎてしまう危険性が高くなると考えられます。逆に、黒い分断色が無ければ、夏に体温が上がりすぎる危険性は低くなるでしょう。実際、暑い南地域ほど、黒い分断色を持たない無紋型の存在割合が高くなることが分かっています(図3; 鶴井・西田, 2010)。無紋型は、夏の暑さに強いという点でも有利だと考えられます。

これらの考え方をまとめると、分断色を持つことは隠蔽の面では有利だが配偶や体温調節の面では不利になる可能性があるということです。逆に、分断色を持たないことで、隠蔽では不利になっても他の面で有利になることができる可能性があるのです。このように、完璧な隠蔽色を実現しようとすると他の面で不都合が生じることがあるため、隠蔽色といっても隠蔽以外の効果との兼ね合いで完璧な隠蔽効果を実現できていないことが多いと考えられます。生物にとっては、隠蔽だけでなく配偶や体温調節などを総合した有利さが重要です。隠蔽で100点満点でも、配偶、体温調節が0点であれば、総合点は100点です。一方、隠蔽は70点でも、その他でも70点ずつとれれば総合点は210点。総合点で前者に勝てるわけです。

「今日はデート。ハイヒールで美脚に見せたい! でも、今から駅まで猛ダッシュしないと待ち合わせに遅刻しそう。ペタンコ靴じゃないと本気で走れないから、ハイヒールは諦めようかな…。」といった乙女の悩みにも共通するところがあるかもしれません。

引用文献

  • Tsurui K, A. Honma, T. Nishida (2010) Camouflage Effects of Various Colour-Marking Morphs against Different Microhabitat Backgrounds in a Polymorphic Pygmy Grasshopper Tetrix japonica. PLoS ONE 5(7): e11446. doi:10.1371/journal.pone.0011446
  • 鶴井香織・西田隆義 (2010) ハラヒシバッタ(バッタ目ヒシバッタ科)における黒紋型頻度の緯度クライン. 大阪市立自然史博物館研究報告 64: 19-24.

著者: 鶴井香織 (弘前大学 男女共同参画推進室)

コラム下書き

下書き

日本応用動物昆虫学会(応動昆)

「むしむしコラム・おーどーこん」は、日本応用動物昆虫学会電子広報委員会が管理・運営しています。