2010年12月02日掲載 【昆虫に脳はあるのでしょうか?】

チョウには訪花学習性がありますが、これは脳で学習や記憶をしているのでしょうか? 友人には単なる本能だといわれたのですが...。
また、「食う食われる」という厳しい世界に生きている彼らですが、痛みなどは感じるのでしょうか?

はい。もちろん、昆虫も脳で記憶や学習をしています。

昆虫の脳は、脊椎動物と同様、ニューロンとよばれる神経細胞が集まってできています。しかし、体が小さな昆虫は一般に脊椎動物に比べて脳が小さく、例えばヒトの脳が1,000億個のニューロンでできているのに対し、昆虫の脳を構成するニューロンは多くても100万個程度と言われています。ニューロン数は脳の情報処理能力の大きさに比例します。ニューロンの多いヒトの脳では、様々な感覚情報を脳に集中させて大きな体を精密に動かすことができ、運動の柔軟性や高い学習・記憶能力も併せ持っています。一方、ニューロンの少ない昆虫の脳では、ヒトのように大容量の情報を一度に処理することができません。このため昆虫は、脳以外に頭部、胸部、腹部にある神経節も使って情報を処理しています。このように昆虫の情報処理システムは分散しているのが特徴で、脳やそれぞれの神経節がある程度の独立性を持って動いています。たとえば、昆虫は頭部を切断されても羽ばたきや歩行をし続けることが知られています。これは、胸部や腹部に残った神経節だけで運動の一部が制御されているからです。このシステムは、小さな昆虫の素早い運動を支えていますが、脊椎動物に比べると動きの精密さに欠け、柔軟性も劣ります。

昆虫の脳に関してはいくつもの良書がでています。例えば、「昆虫-驚異の微小脳」水波誠著(中公新書)や「昆虫はスーパー脳」山口恒夫監修(技術評論社)などがありますので参考にしてください。

ご質問頂いた「本能」というのは、生得的に備わっている昆虫の定型的な行動を指しているのだと思います。たとえば、羽化したばかりで蜜を吸った経験のないチョウに特定の色紙や匂いを与えると口吻を伸ばしてエサを探し始めます。この現象は、チョウには生まれつき特定の色や匂いをエサと認識して探すような行動プログラムが備わっていることを意味しています。一方、限られたニューロンしかない昆虫であっても「学習」を通じて行動を変化させることができます。チョウでは、生得的にさほど好きではない色紙の上で何回か蜜を与えると、やがてその色紙を見せただけで口吻を伸ばすようになります。この現象は、チョウが色紙の色と蜜を吸った経験を連合学習し、新しい行動プログラムを獲得したことを意味します。昆虫の学習や記憶に関しては現在精力的に研究されており、これまでのところキノコ体を中心とする脳内の複数の領域が重要な役割を果たしていると報告されています。

「昆虫の痛み」ですが、これは難しい質問です。昆虫などの無脊椎動物には痛覚神経がなく、痛みを感じないとされています。一方、彼らは不快な物理刺激・化学刺激を受けると明瞭な逃避行動を示します。よって、昆虫には痛みを感じる神経はないが、それ以外の感覚で自らの危険となる刺激を感知していると考えられています。しかし、実際のところはまだよくわかっていません。

回答者: 大村 尚 (広島大・院・生物圏)

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