2008年04月15日掲載 【アゲハ幼虫の紋様の切り替えは幼若ホルモンによって制御されていた】

アゲハPapilio xuthusの幼虫を飼育された方も多いと思いますが、終齢になるときの劇的な紋様の変化には、目を見張るものがあります。若齢幼虫は鳥のフンに擬態し、終齢幼虫は周囲の食草に紛れ込む効果があると考えられています(図1)。このような現象について、小学生の頃から不思議に思われた方もいるのではないかと思いますが、その分子レベルでの実体は最近まで全く不明でした。その原因の一つには、紋様に関わる遺伝子がそもそも不明であったことが挙げられると思います。

図1: アゲハの4齢幼虫(上)と5齢幼虫(下)。Futahashi & Fujiwara, 2008を改変。
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筆者らは、アゲハの若齢幼虫と終齢幼虫の間で遺伝子発現を比較することで、それぞれの紋様に関わる複数の遺伝子の同定に成功しました。その中には、若齢幼虫のイボ状の突起の部分で特異的に発現するクチクラ蛋白質(HCP1, HCP2)や終齢幼虫の緑色の形成に関わる蛋白質(BBP)、さらにそれぞれの紋様の黒色部の形成に関わる酵素(TH, DDC, GTPCHI, yellow)、目玉紋様の赤いスポットの形成に関わる酵素(ebony)などが含まれています(Futahashi & Fujiwara, 2005, 2006, 2007, 2008)。これらの遺伝子の発現が、4齢から5齢になるときにだけ大きく変化することが、紋様の劇的な変化の直接的な原因であると考えられました。

それでは、この遺伝子発現の劇的な変化は何が引き起こしているのでしょうか。

図2: 体液中のJH濃度は4齢幼虫の間に下降しており、4齢初期(水色の期間)にJH類似物を投与すると、5齢幼虫の紋様が若齢型へと変化する。

図2: 体液中のJH濃度は4齢幼虫の間に下降しており、4齢初期(水色の期間)にJH類似物を投与すると、5齢幼虫の紋様が若齢型へと変化する(右上)。処理によっては中間型も現れる(右中)。また、同時に遺伝子発現も若齢型に変化する(囲み内)。HCP1とHCP2は、若齢のイボ状突起の領域で発現するクチクラ蛋白質で、BBPは青色色素結合に関わる蛋白質。rpL3は恒常的に発現する遺伝子。Futahashi & Fujiwara, 2008を改変。
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この変化は脱皮を介して行われていることから、脱皮・変態に関わる2つのホルモン(エクジソンとJH)に着目しました。JH(幼若ホルモン)は、一般的にその濃度が高いときにエクジソンのパルスが生じると幼虫から幼虫へと脱皮を繰り返すのに対し、JH濃度が下がってからエクジソンのパルスが生じると蛹へと変態することが知られています。アゲハ幼虫で体液中のJH濃度の変化を測定したところ、4齢になってすぐに急激に減少していることが確認されました(図2)。また、この時期(図2の水色の期間)にJH類似物を幼虫に塗布すると、通常見られない鳥のフン型の5齢幼虫が現れました(図2右)。さらに、JH処理個体では、遺伝子発現も若齢型に変化していることが確認されました(図2、囲み内)。以上の結果はJH依存的にアゲハ幼虫の紋様が決められていることを示唆しています(Futahashi & Fujiwara, 2008)。

つまり、アゲハでは鳥のフン幼虫、緑の幼虫、蛹という3段階の変化が、いずれもJH濃度に応じて生じていると考えられるのです。JHによる遺伝子ネットワークは、まだ未解明な部分が多く残されていますが、アゲハ幼虫の解析から、紋様形成とJHによる遺伝子発現という2つの分野に新たな知見が得られることが期待されます。

ここでの内容について、さらに詳しく知りたい方は、以下の文献をご参照ください。

著者: 二橋 亮 (農業生物資源研究所)

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