2007年05月08日掲載 【昆虫にはどんな色が見えている?】

昆虫は色はどのように見えているのでしょうか。

チョウについては紫外光まで見えるといいますが、ほかの昆虫の場合はどのように見えているのでしょうか。特に甲虫の場合が気になります。

その昆虫に色がどのように見えているかは、その昆虫に聞かないと分かりません。

いや、これは冗談でも、意地悪でもなく、本当によく分からないのです。たとえば、われわれ人類のことを考えてみます。ヒトの眼にはオプシンという色素タンパクをもつ錐体(すいたい)と呼ばれる細胞があって、この3種類のオプシンの吸収波長の順に、S錐体(青錐体)、M錐体(緑錐体)、L錐体(赤錐体)といいます。これらの錐体の感度は、それぞれ青紫(400〜500nm)、緑(500〜600nm)、黄緑(550〜650nm)の波長域にあり、青錐体が青色光だけを、緑錐体が緑色光だけを、赤錐体が赤色光だけを、ダイレクトに変換して脳に送っているわけではないことは、ヒトの三原色といわれる青、緑、赤の波長がそれぞれ450〜485nm、500〜565nm、625〜740nmと、これらと少し外れていることからも分かります。これらの錐体の一部がないと色覚障害があると言われますが(昔は色盲とか色弱といって異常扱いをされました)、そういう人でなくても、色覚は年齢、性別、文化(学習)、等々によって異なります。どうやら、その人が実際に見える色にも個人差があり、また脳のなかで情報処理する際にも個性があるようです。イヌイットと呼ばれる北極圏に住む人々は、普通の日本人なら「白色」としか言えない雪氷の色を幾通りにも分けるそうです。青と緑の境界など、人によってさまざまだし、われわれ日本人はどう見ても緑色の信号を「青」と呼んでいます。人間ですら、こうなのですから、昆虫のことなどよく分からない、というのが正直な答えです。

昆虫のなかで色覚に関する研究がいちばん進んでいるのは、やはりセイヨウミツバチです。セイヨウミツバチは340nm、430nm、460nm、そして530nm の受容細胞を持っていますが、ヒトの目に見える可視光線がだいたい360〜830nmとされていますから、340nmの受容細胞はヒトには見えない紫外線を見ているはずです。このように、その昆虫種が紫外線(UV)部位に感応するセンサーを持っていると分かれば、その種が紫外線を感受していると判断するのは自然です。

写真: ムラサキカタバミから吸蜜するモンシロチョウ
モンシロチョウはピンクの花も好きです。でも、彼らには、この花は何色に見えているんでしょう?
(クリックで拡大します)

モンシロチョウの翅(はね)の色は、人間には雌雄ともただの白色にしか見えませんが、紫外線を透過して可視光を吸収するフィルターをつけて、UV域に感光するフィルムで撮影すると、雌は白いままですが、雄は黒く写ります(これは多くのサイトで画像が公開されていますので、確認してください)。モンシロチョウにUV域が見えることは分かっていますから、これはモンシロチョウ自身にとってはUV領域のちがいで雌雄はまったく違う色合いを持っているように見えることを意味します。これについては、小原嘉明・日高敏隆両名が東京農工大学でなされた一連の世界的な研究があり、啓蒙書も多数、出版されています。

また、訪花性昆虫の多くは紫外線に反応することが知られています。訪花性昆虫と共進化してきた植物(つまり虫媒花)の多くは、花は訪花昆虫の近距離での視覚定位のためのUV指標を持っています。モンシロチョウを紫外線カメラで撮すのと同じように、花弁を撮すと、可視光では均一な、同じ色だった花弁が、内側と外側でまったくちがう色になる花があります(たとえば菜の花)。蜜源、つまり花弁の中心、が紫外線を使ってものを見る訪花昆虫にわかりやすいようなデザインになっているのです(これについても多くのサイトで画像が公開されています)。

これまでのことを言いかえれば、こうしたモンシロチョウの信号色や虫媒花の機能的な花の色、「ほんとうの蝶の色」や「ほんとうの花色」を、われわれ人類は永久に見ることができない、ということになります。

さて、視色素の吸収波長やこうした状況証拠などから、昆虫の色覚は、概していえば、ヒトより短波長側に偏っているといえます。たとえば池庄司敏明ら(1986)の『昆虫生理・生化学』という教科書では、「昆虫の可視領域は300nm(紫外)〜600nm(橙)で、ヒトの420nm(紫)〜720nm(赤)と違い、紫外線に鋭敏で、赤色は見えない」と書かれています。

しかし、赤色に反応する蝶類がいることも事実です。沖縄に行くとハイビスカスが咲いていて、真っ赤なこの花にクロアゲハやツマベニチョウが好んで吸蜜に来るのが見られますが、これは赤色が見えているとしか思えません。こういった蝶に対しては「赤い捕虫網」を使うと採集効率が高いとされ、これはファーブル翻訳家、奥本大三郎氏の採集紀行の本(1997)のタイトルにもなっています。ですが、これらの蝶々が我々人間にとって赤く見える捕虫網をヒトと同じように「赤色」として認知しているのか、これらの蝶の三原色(?)は赤色に見向きもしない蝶々とどう違うのかと言われると、よく分かりません、と答えざるをえません。

甲虫類の色覚も、また蝶類と同様に、一括りにはできないようです。最近開発されたタマムシ類の採集法に、緑色の捕虫網を長竿につけて樹の梢より高いところに立てておくと、タマムシが飛んできてこれにしがみつくので回収する、というのがありますが、これなど、タマムシが緑色が大好きなことを利用している採集法です(ちなみに緑〜青色の捕虫網はギフチョウなどの採集にも効率がよいようです)。

昆虫類の採集法に、衝突板トラップというのがあります。これも衝突板の色によって採集される昆虫相が変わってきます。私の経験によれば、黒色にするとハエ類(双翅目)が多く入り、白色にすると甲虫類(鞘翅目)が多く入ります。夜間に活動するタイプの昆虫は白色で多く捕獲できるような気がしますので(ハエ類は多くが日中活動性です)、そのことが関与しているのかもしれません。

昆虫が特定の色に誘引されたり嫌ったりすることを利用した、害虫防除法もあります。パチンコ屋や深夜のコンビニの外側では、電撃殺虫器が虫をバチバチッと殺していますが、これは夜行性の昆虫がガラス窓の白色光より紫外線を好んでブラックライトに集まることを利用した捕殺法です。

紫外線を好む虫なら、紫外線を吸収してやれば、そこは昼でも虫には「暗く」見えるから入ってこないだろう、という発想でつくられたのが紫外線除去フィルムです。これを張ったハウスではアザミウマ類が少なくなると言われています。

逆に、紫外線を嫌う害虫もいます。紫外線を反射するマルチを張るとアブラムシ類がこれを嫌って、農作物の被害が減ると言われています。

ハウス野菜の害虫であるオンシツコナジラミは「冴(さ)えた黄色」が好きなので、粘着リボンはこの色が採用されています。また、アブラムシ類やウンカ類も黄色が好きなので、水盤トラップが黄色に塗られています。ただし、アブラムシ類は季節によって走色性が異なる、という報告もあり、なかなか一筋縄ではいきません。

ハウス害虫のミナミキイロアザミウマとヒラズハナアザミウマは青色が好きなので、防除用の資材は青色となります。ただし、ハナアザミウマとネギアザミウマは黄色を好むようです。

アブやブユ、ツェツェバエといった吸血性の昆虫は黒色が好きです。これは家畜などが黒い色をしているからかもしれません。トラップは黒色となります。

...という具合に、昆虫類の色覚は千差万別です。ここにあげた種はその生態が比較的よく研究されていて、眼の構造も生理学的に研究されている種が大半ですが、そういう種でなくても、比較的メジャーな分類群で、文献などから近縁のものがどのような視色素を持っているかが全部分かっているのならば、視色素の吸収光スペクトルから可視域の範囲が予想できる気がします。

回答者: ??

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