2007年03月27日掲載 【虫媒性ウイルスの巧妙な手口】

ウイルスに感染して病気になるのはヒトなどの動物だけではありません。植物も感染し、野菜や花などの農産物に壊滅的な被害が生じることもあります。昆虫やダニの仲間にはこうした植物ウイルスを媒介する種類がいます。今回は、ベクター(媒介昆虫)を巧妙に操作する植物ウイルスの生き残り戦略についてご紹介します。

1) 虫媒性ウイルスについて

みなさんは植物ウイルスの種類がどれくらいあるかご存じでしょうか。これまでに確認されたものだけでも1,000種近くあり、このうち約3分の1が昆虫やダニによって媒介されます。媒介する側の昆虫はアブラムシ、ハムシ、ウンカなど約400種、ダニは10種が知られています。ウイルスの媒介は保毒虫(ウイルスを保持した虫)が植物を摂食するときに起こりますが、そのやり方は口針に付着したウイルスを接種するだけものから、体内で増殖させたウイルスを唾液とともに植物に注入するものまで様々です。

2) トスポウイルスと媒介虫アザミウマ

図1: トマト黄化えそウイルス粒子の模式図
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このような虫媒性植物ウイルス中でも、これからお話しするトマト黄化えそウイルス(図1)をはじめとするトスポウイルス属の仲間(総称トスポウイルス)は、自分の子孫(コピー)を残すためにベクターとの間に驚くべき相互関係を築いています。

トスポウイルス感染による病害(図2)の発生は農業生産現場で近年大きな問題となっており、このウイルスは体長1~2ミリメートルの微小害虫アザミウマ類によって媒介されます。その中でも1990年に国内に侵入したミカンキイロアザミウマ(図3)は、繁殖力が高い上に薬剤抵抗性が高度に発達した国際的な難防除害虫です。

3) 虫体内で循環増殖するウイルス

アザミウマ類によるトスポウイルスの媒介様式は独特であり、孵化直後の幼虫期に限定されて体内に獲得されたウイルスは、アザミウマの発育に伴って複製・増殖しながら組織を渡り歩きます。成虫になるときに唾液腺に移行して、アザミウマが死ぬまでそこで増殖しながら植物に感染する機会を伺っているのです。そして、アザミウマが摂食するときに唾液とともに植物へ送り込まれ、30分程度の吸汁時間で感染が成立します。したがって、保毒虫がたとえわずかだったとしてもウイルスがまん延する可能性が十分にあるのです。

図2: トスポウイルス感染による病害
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図3: ミカンキイロアザミウマ成虫
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4) 感染植物へのベクターの誘引

さらに興味深いことに、トスポウイルスはアザミウマ類の行動をも制御しているようです。トマト黄化えそウイルスに感染した植物上には健全植物に比べて多くのミカンキイロアザミウマが観察されることが知られていましたが、これは雌成虫が感染植物を好んで飛来しているためであることが最近明らかになりました。筆者もアザミウマの放飼試験を行ったところ、雌成虫の密度以上に孵化幼虫の密度が感染植物で高く、強い産卵選好性があることが分かってきました。このようなアザミウマの行動はウイルスにきわめて有利に働くと考えられます。ウイルスの獲得は幼虫期に限られているため、感染植物への産卵選好性は次世代の保毒虫の増加に直結します。このことは、感染植物が少数あるだけで保毒虫が大量生産されることを意味しており、農業生産の現場ではまさに脅威となります。それと同時に、少々不謹慎ではありますが、ウイルスの巧妙で高度な生き残り戦略には感動さえ覚えてしまいます。

5) アザミウマの生存への影響

このように見てくると、アザミウマは直径100ナノメートル(1ナノメートル=10億分の1メートル)ほどの自分よりはるかに小さいウイルスに好きなように利用されているみたいで哀れになりますが、必ずしもそうではないことが最近分かってきました。アザミウマの成虫に食害された植物を幼虫に与えると食害のない植物を与えた場合に比べて死亡率が高くなりますが、ウイルス感染はそのマイナス効果を消し、食害のない植物を与えた場合と同等にまで幼虫の生存率を回復させることが昨年報告されました。トスポウイルスはアザミウマをベクターとして利用するだけではなく、きちんと見返りを与えているのですね。両者はお互いに持ちつ持たれつの関係にあるようです。

さて、それではウイルスを保毒していること自体はアザミウマに悪影響はないのでしょうか。何と言ってもトスポウイルスはアザミウマの体内の物質を使って増殖し循環しているのです。ミカンキイロアザミウマでは、トマト黄化えそウイルスを獲得してもその後の生存や繁殖にまったく影響しないことが報告されています。どのような機構かは分かりませんが、ウイルスは大切なベクターには迷惑をかけないようにしているようです。一方、他のアザミウマ種(ネギアザミウマ)では、トマト黄化えそウイルスを保毒していると生存日数が減少することが我々のグループの研究で明らかになりました。トマト黄化えそウイルスの発生当初、このアザミウマはその重要媒介種とされていましたが、現在は媒介効率が低いことが知られています。想像でしかありませんが、ウイルスが変異したことによって、現在では、防除が困難で媒介効率の高いミカンキイロアザミウマとより親密な関係を築いているのかもしれません。

6) 広い宿主域と潜伏感染

トスポウイルスを語る場合、もう一つ重要な特徴を挙げておかなければなりません。このウイルスの仲間は非常に広い宿主域を持っており、約100科1,000種の植物に感染することが知られています。そのため、植物の種類によっては症状が現れないまま潜伏感染している場合があります。このような潜伏感染株は感染が気付かれないまま全国に流通してしまうため、植え付け後しばらくしてから発病して大問題となることがあります。ウイルスはひっそりとなりを潜めることによって、我々ヒトをもベクターとして上手く利用しているのです。また、潜伏感染している植物からアザミウマがウイルスを獲得できるとなるとさらに厄介なことになります。これについては現在調査中なので、別の機会に結果をお伝えできればと思います。

7) おわりに

ウイルスの進化速度は常識をはるかに超えており、あっという間に変異体が生じるため、我々の対応は常に後手に回ってしまいます。しかしながら、ただ手をこまねいているだけでは彼らの思うつぼなので、何とか彼らの裏をかいた効果的な防除技術を開発する必要があります。そのためには、今後さらにデータを積み重ねることにより、トスポウイルスの進化戦略について一層理解を深めることが最善かつ有力な方策だと思っています。

著者: 櫻井民人 (東北農業研究センター)

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