2007年03月27日掲載 【福建省タケ害虫問題の顛末】

モウソウチク(孟宗竹)はササ・タケの中でも最大のタケで、稈の直径が30cm、高さが25mに達することもあります。原産地は中国の福建省だといわれていますが、日本にも江戸時代に薩摩の殿様が輸入し、いまは本州以南で広く栽培されています。タケノコが美味しく、また管理された竹林の美しさから、ほとんどの人は、このモウソウチクが日本古来のものだと思っているようです。ここでは、このモウソウチクに大発生したハダニにまつわる話を紹介することにしましょう。

モウソウチクに害虫大発生

1997年夏のことです。中国の福建省植物保護研究所の張さんという研究員の方から、福建省のモウソウチクがダニの被害で大量枯死しているので助けて欲しい旨の手紙をいただきました。モウソウチクのふるさとの大異変です。わたしは、大学院の博士課程の研究から、ササに寄生するスゴモリハダニ属のハダニの生態や行動を研究していて、「いったいあなたは、農学部にいるのに役にも立たないパンダの餌の研究をしてどうするの?」と揶揄されることもあったので、この手紙を読んだ時に、少し複雑な思いでした。否応なしに科学と技術の接点にいる自分に気づかされたのです。ここでは詳しく述べませんが、応用には役に立ちそうもないササやタケにつくスゴモリハダニ類は、生態学からみて非常に興味深いグループで、私たちは、それを材料として生態学、社会生物学、遺伝学、進化生態学におけるいくつかの一般的な問題を解くことができたと自負しています(興味のある方は拙著、ミクロの社会生態学 ダニから動物社会を考える. 京大学術出版を是非お読みください)。しかし、一方で農学部に籍をおく以上、農業に対して役に立つ情報、すなわち技術的な貢献はどうか、といえばその時点で誇るべきものはほとんど持っていませんでした。そんなこともあって、もしわたしが蓄積した基礎知識が、技術として役に立つ場面があるなら積極的に取り組んでみようと決心したのです。

中国福建省にて

図1: モウソウチク葉裏に形成されたナンキンスゴモリハダニの巣網(白い部分)
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まだ暑気の残る10月、福建省政府の招請をうけて、福州の空港に降り立った私は、ハダニ類が竹林を枯らすということにはまだ半信半疑でした。実際、福建省のモウソウチクの衰弱と枯死は、当時中国の研究者の間で、病気、大気汚染、ハダニの害という少なくとも3つの原因が取り上げられていたようです。ハダニの加害説を唱えていたのが張さん、病気説が張さんの上司にあたる林さん、そして大気汚染説は両者の背景だと考えられていました。4日で福建省のなかばを巡るという強行軍の現地調査で、主要害虫と目されるダニは、ナンキンスゴモリハダニ(以下ナンキンスゴモリと略記)とイトマキハダニであり、それ以外にはタケトリハダニ、フシダニでした。ただ、調査の半ばを過ぎた頃には、タケの被害とナンキンスゴモリの発生がほぼ対応していること(前者の発生は、白い巣網が残るので判定が容易、図1)が明らかとなり、次にはなぜこのハダニが突然大発生したのかという点に調査チームの話題が移っていったのでした。

そこで、私たちは1980年後半から1990年前半にかけて竹林の栽培がどう変化したのかについてのさまざまな情報を集めることにしました。その結果分かってきたことは、この時期に、福建省では日本等への輸出拡大を目指してタケノコの大増産運動を展開し、化学肥料の投入、竹林の単作化を強く推し進めていたのです。何事もスローガンを出せば、それを民衆の力で実現することができるお国柄ですので、この運動は短期間に実績を上げ、それまでのタケノコ生産量の約3倍を実現したのが、ちょうどハダニ類の大発生の開始時期と附合していたのです。ハダニ類の大発生による被害は、生産の半減を招いたと試算されていますので、増産運動前に比べれば1.5倍の収穫があるので、問題は深刻ではないと思われるかもしれません。しかし、竹林は単にタケノコ生産のためにあるわけではなく、豪壮なモウソウチクの稈は中国で重要な建築、産業資材ですし、またその広範にひろがる地下茎は国土保全、すなわち山岳部の地すべり防止にとってもきわめて重要な役割をもっているのです。これは最近砂防学の専門家から聞いた話ですが、モウソウチクが良好に育っていると、地下茎が地下深くに達して土を抱き込むので土砂が安定するが、弱ってくるとその力が急激に落ちて、簡単に地すべりを起こすのだそうです。また、疲弊した竹林からは小さなタケノコしか得られず、生産量は保てても、商品価値がひどく低下してしまうのです。

ハダニ大発生の原因とその対策

近代農業において、栽培の合理化、機械化のための大規模単作栽培が害虫問題を引き起こすという事例は枚挙にいとまがないほどですが、そのメカニズムを明確に示した例をあまり多くみません。それは、害虫を農薬撒布によって押さえ込むという別の便利な技術があったからでしょう。この化学にたよった省力的な農業によって、私たちは飢えを克服したかにみえました。しかし、いまや肥料や農薬の原料の高騰、またそれらによる環境汚染は無視できないレベルに達しています。モウソウチクの事例は、多くの農業の現場でずいぶん昔に起きたことが、「遅れてやってきた」ものなのです。といっても、これまでのように農薬に頼って害虫問題を解決することは、先にのべた汚染や農薬の高騰のみならず、20mを越えるタケのしかも地上15m以上展葉している葉に薬剤を散布することの物理的な困難を思えば、不可能に近いことが了解されるでしょう。このような問題を解決するには、対処療法を探すよりも、まず大発生の原因を徹底的に解明することが、遠回りに見えてもずっと近道であることを現地の人たちに納得してもらうには、かなりの努力が必要でした。

それでは、何が原因で、どうすれば解決が可能なのでしょうか。1980年代後半まではナンキンスゴモリが大発生したことがないということは、その時期の竹林にこの問題を解く鍵があることを意味します。しかし、ただ竹林には様々な別の植物が生えていた(以下では混植栽培と呼びます)からだ、というのでは科学的な答えにはなっていません。そこで、私たちは、福建省のモウソウ竹林のダニ類個体数の季節的な変化、被害の変化、ダニ類の移動や分散、さらに単作化されていない竹林の植生とそこに存在するダニの種類相を地道に調べることにしたのです。たどり着いた結論は、ナンキンスゴモリの大発生は、本来それを抑えていたタケカブリダニ(以下タケカブリと略記)が竹林から減少したことにあるということでした。

なぜ、タケカブリが減少したのでしょうか。ナンキンスゴモリを含むスゴモリハダニ属のハダニは、タケやササの葉の裏に密な巣網を作って、その巣網の中で生活しています。私たちの日本における基礎的研究で、巣網がハダニの天敵であるカブリダニやナガヒシダニから身を守る適応であり、実際にそれが多くの天敵の進入を防ぐことが分かってきています。一方、タケカブリがスゴモリハダニの巣に入ることができる数少ない捕食者だということもわかっていたのです。さらに大事なことは、タケカブリがスゴモリハダニの巣の中でないと正常な繁殖ができないことです。私たちは、このような捕食者をスゴモリハダニの「専門家」と呼んでいますが、その習性のために、もし竹林でナンキンスゴモリが利用できなくなると、代わりのスゴモリハダニなしにはそこでは生きていけません。モウソウチクは2年に1度冬に竹林単位で一斉に落葉します。この時にはナンキンスゴモリもタケカブリも葉とともに地上に落下してしまい、個体数の調査が困難になります。それでも、春の新葉には、単作竹林ではナンキンスゴモリだけが、混植竹林ではナンキンスゴモリとタケカブリがほぼ同時に発見されることから、タケカブリが落葉時期に単作竹林から消滅する原因が何かあるのだという見当がつきました。

図2: ススキスゴモリハダニメス成虫を捕食するタケカブリダニメス成虫
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そこで、混植竹林でこの時期にタケカブリがどこにいるのかに焦点を絞って調べてみました。混植栽培の竹林にはススキが繁茂し、そこには同じスゴモリハダニ属のススキスゴモリハダニが多数生息していました。このハダニを調べた結果、それを餌として多数のタケカブリが生息していることを発見したのです(図2)。亜熱帯の福建省ではススキは常緑であり、モウソウチクが葉を落とした時期にも青々と茂っています。そうです、ススキがたくさん生えているモウソウチク林では、タケカブリがこの植物上でススキスゴモリハダニを餌にその個体数を維持し、来るべき春のモウソウチクのタケノコの生長、旧稈の新葉の展葉、それに伴うナンキンスゴモリの発生を迎え撃つ準備を整えていたのです。しかし、単作竹林ではススキがほとんど除去されており、その結果タケ落葉後にタケカブリが餌不足で死に絶えてしまっていたのです。また、ナンキンスゴモリやタケカブリが簡単に地上から15mもある竹葉に到達できることもこの研究の過程で証明しました(図3)。2年に一度しかつけない新葉をナンキンスゴモリに加害されてしまったモウソウチクが、その樹(竹)勢を急速に失なってしまうのは必然の成り行きでしょう。

図3: 福建省植物保護研究所の張研究員(左端)らと実施したカブリダニのモウソウチク登攀(とうはん)能力検証試験。
漏斗上の紙の内側に多数のカブリダニを放したところ、多くのカブリダニが半日で20mのタケの尖端に到達した。
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こうして、私たちには、福建におけるハダニ大発生問題の原因と対策の出口が見えてきたのです。この短文を読まれて、応用動物昆虫学とはどんな学問なのか、その一端が見えてくれば幸いです。有効な技術つまり応用には、つねに地道な科学的積み重ねが必要だというのがこの研究を通じての実感です。そのためには、「パンダの餌の研究?」とか、「それが何の役に立つのか」というような揶揄や目先の性急な質問によって、若い人たちの自然への純粋な探求心を萎縮させないように、この学問の世界を保つ努力が必要なのではないでしょうか。

著者: 斉藤 裕 (北海道大学農学部)

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