2008年09月05日掲載 【渡る世間はメスばかり? 宿主のオスだけを殺す共生細菌】

昆虫にはオスとメスが存在します。多くの場合、その比率はおよそ1:1です。ところがそのような昆虫種において、メスばかりうまれる系統が見つかることがあります。このような現象は、染色体の異常などが原因で起こることもありますが、驚くべきことに、昆虫体内の共生細菌が宿主の生殖を操っているケースが多いのです。共生細菌による宿主の生殖操作は、これまでに多様な昆虫種から報告されており、その原因となる共生細菌もさまざまですが、今回はその一例として、ショウジョウバエの共生細菌であるスピロプラズマが引き起こす性比異常現象について紹介したいと思います。

共生細菌スピロプラズマによるショウジョウバエのオス殺し

図1: キイロショウジョウバエの性比異常現象
A: 正常なキイロショウジョウバエのメスがうんだ子孫(性比がほぼ1:1)
B: オス殺し共生細菌に感染したメスがうんだ子孫(メスしかいない)
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図2: ショウジョウバエ体液中の共生細菌スピロプラズマ
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前述のように、ほとんどの昆虫の母親からはオスとメスの子がほぼ同じ数ずつうまれます。ところが、ブラジルやアフリカでショウジョウバエを採集して、母親1匹ずつに卵を産ませると、特定の母親が産んだ卵からかえった子がすべてメスという現象がまれ(多くて数パーセント)に観察されます(図1)。その犯人が、スピロプラズマ(Spiroplasma)という共生細菌なのです(図2)。スピロプラズマは、モリクテス綱に属するグラム陽性細菌で、はっきりとした細胞壁を持たず、運動性があり、らせん型であるなどの特徴があります。この細菌は、宿主の性比を操ることからSex Ratio Organism (SRO)とも呼ばれ、ショウジョウバエの体内に共生し、卵を通して母から子に伝わります。これらの感染メスの産んだ卵のうち、オスになる卵のみがふ化することなくすべて死んでしまうので、メスばかりになるというわけです。したがってこの現象は「オス殺し(male-killing)」と呼ばれています。スピロプラズマによるオス殺しは、他にテントウムシやチョウの仲間でも見つかっています。また、ショウジョウバエでは他にボルバキア(Wolbachia)という共生細菌もオス殺しを起こすことが知られています。共生細菌によるオス殺しは、膜翅目、鞘翅目、鱗翅目、双翅目と多様な昆虫種で見つかっており、その病原細菌も、スピロプラズマやボルバキアの他に、リケッチア(Rickettsia)、ArsenophonusBlattabacterium類縁菌などさまざまです。

これらの共生細菌はどうやって、また何のために、オスの宿主のみを選択的に殺すのでしょうか?また、どのようにして宿主との共生関係を維持しているのでしょうか?私たちは、ショウジョウバエとスピロプラズマの共生系をモデル実験系として、スピロプラズマの生物学的特徴を詳しく調べるとともに、さまざまなアプローチによってこれらの謎を解明しようとしています。

スピロプラズマの生物学的特徴(1)-宿主体内での個体群動態-

スピロプラズマに感染したショウジョウバエの体液を顕微鏡で観察すると、多数の細菌が泳ぎまわっているのを確認することができます(図2)。スピロプラズマは、宿主体内でどのような個体群動態を示すのでしょうか?

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図3: 宿主成虫の成長にともなう共生細菌スピロプラズマの密度変化
スピロプラズマに感染したショウジョウバエから全DNAを抽出し、定量的PCR法によってスピロプラズマの遺伝子(dnaA)のコピー数を調べた。カラムは中央値、バーは四分位数間領域を表す。
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私たちは、スピロプラズマに感染したショウジョウバエから全DNAを抽出し、定量的PCRという方法で宿主体内におけるスピロプラズマの遺伝子コピー数(=細菌密度)の変化を調べました。その結果、羽化後のショウジョウバエ成虫の体内では、宿主の成長にともなってスピロプラズマが増えていくことが明らかになりました(図3)。さらに、ショウジョウバエの組織ごとにスピロプラズマ密度の変化を調べたところ、体液中での増殖が特に活発であることが推測されました。

ところで、本研究で使ったスピロプラズマはNSROと呼ばれるオス殺しをおこす共生細菌系統なのですが、この系統からはオスを殺すことができなくなった突然変異系統、NSRO-Aが得られています。そこで、この系統についても個体群動態を調べてみたところ、興味深いことにNSROで観察されたような宿主成虫の成長にともなう増殖が見られませんでした(図3)。また、NSROが感染している場合でも、細菌密度が低い羽化直後のショウジョウバエからは、低頻度ながらオスの子孫が得られることがあります。これらのことから、宿主体内での細菌の増殖がオス殺しの発現に密接に関わっていると考えられます。

スピロプラズマの生物学的特徴(2)-宿主免疫機構との関係-

先に述べたように、スピロプラズマはショウジョウバエの体内、特に体液中で活発に増殖します。しかし昆虫類には先天性免疫機構というものがあって、体内に侵入した普通の細菌はあっという間に殺されてしまうはずです。にもかかわらず、なぜスピロプラズマは宿主免疫によって排除されないのでしょうか?

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図4: スピロプラズマ感染ショウジョウバエにおける抗菌タンパク質遺伝子の発現

抗菌タンパク質遺伝子の発現を、ノザン・ハイブリダイゼーション法により調べた。スピロプラズマが感染しているハエでは、非感染と同じく、7種すべての抗菌タンパク質遺伝子の発現が誘導されていなかった(左2列)。ただし、菌体を接種すると、感染状態にかかわらず発現が誘導された(右2列)。rp49はコントロール。
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スピロプラズマに感染しているショウジョウバエにおける抗菌タンパク質遺伝子の発現を調べたところ、非感染の場合と同様に抗菌タンパク質遺伝子が発現していないことがわかりました(図4)。この理由として、1) スピロプラズマは宿主免疫機構に認識されない、あるいは、2) スピロプラズマが抗菌タンパク質遺伝子の発現を抑制している、という2つが考えられます。そこで次に、スピロプラズマに感染しているショウジョウバエに菌体(大腸菌とカビの一種を混ぜたもの)を接種してみました。すると、非感染ショウジョウバエに菌体を接種した場合と同様に抗菌タンパク質遺伝子の発現が観察され、明らかな抑制は確認されませんでした(図4)。このことから、スピロプラズマが排除されない理由は1であると考えられます。スピロプラズマがはっきりした細胞壁を持たないことが関係しているのかもしれません。

オス殺しのメカニズムに迫る

ここまで、スピロプラズマの生物学的特徴をいくつか述べてきましたが、やはり最も知りたいのはオス殺しのメカニズムです。しかし、オス殺しに限らず、共生細菌による宿主の生殖操作の具体的な分子機構はほとんどわかっていないのが現状です。その最大の理由は、共生細菌を宿主から取り出して単離培養することの難しさにあります。この問題をクリアできないことには、共生細菌への遺伝子導入、形質転換による原因遺伝子の同定といった常套手段を取ることは困難です。それでは、どうすれば生殖操作のメカニズムに迫ることができるのでしょうか? 考えられる方法の一つは、「共生細菌から攻めることが難しいのならば、宿主の側から攻める」ということです。ショウジョウバエとスピロプラズマの共生系を研究材料とする最大のメリットは、まさにこの点にあります。モデル生物であるキイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)で確立されたさまざまな実験手法を駆使して研究を進めることが可能になるからです。

スピロプラズマのオス殺しについての研究は、1960~80年代にかけてショウジョウバエ研究者の主導で行われてきました。キイロショウジョウバエを用いた巧妙な遺伝学的研究から、1) X染色体を1本のみ持つ個体は性表現型にかかわらずスピロプラズマにより致死になること、2) Y染色体の存在はオス殺しに関係しないこと、3) 宿主の遺伝的バックグラウンドによってオス殺しの発現や垂直伝播効率に違いが見られることといった、重要な知見が得られています。最近では英国の研究グループにより、ショウジョウバエのオスだけで作られるタンパク質複合体の存在が、オス殺しの発現に必要であることが報告されました。しかし、オス殺しの具体的なメカニズムについてはまだほとんどわかっていません。

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図5: オス殺しを救済するショウジョウバエ挿入系統のスクリーニング法
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現在、私たちはショウジョウバエの単一の遺伝子を強制発現させることができる実験系(Gal4-UASシステム)を用いて内部共生に関連する宿主遺伝子の探索を行っています。Gal4は酵母由来の転写活性化因子であり、上流域活性化配列UASに結合することによって、その下流の遺伝子の発現を誘導する性質があります。そこで、gal4遺伝子を導入したショウジョウバエ系統にスピロプラズマを感染させ、それにUASがゲノム中に挿入された系統を交配することで、オス殺しが起きなくなるような系統を見つけようとしています(図5)。そのような系統が得られたら、UASの下流に存在する遺伝子(=強制発現されている遺伝子)、すなわちオス殺し救済の原因遺伝子を同定することによって、オス殺しや共生に関わる宿主の遺伝子を見つけることができるのではないかと考えています。また、このような宿主からのアプローチに加えて、「単離培養を介さない」共生細菌側からのアプローチとして、スピロプラズマのゲノム決定にも取り組んでいます。

これまでの長い研究の歴史にもかかわらず、未だほとんど解明されていないオス殺しのメカニズムですが、宿主および共生細菌の双方から、あらゆる手法を駆使してアプローチすることにより、いずれはその謎を解き明かしたいと考えています。

参考文献

  • 深津武馬・安佛尚志 (2003) 共生微生物による宿主昆虫の生殖操作機構の解明への分子遺伝学的アプローチ、日本農芸化学会誌ミニレビュー「共生微生物のバイオフロンティア」77: 41-43.
  • Anbutsu, H. and T. Fukatsu (2003) Population dynamics of male-killing and non-male-killing spiroplasmas in Drosophila melanogaster. Appl. Environ. Microbiol. 69: 1428-1434.
  • Hurst, G. D. D., H. Anbutsu, M. Kutsukake and T. Fukatsu (2003) Hidden from the host: Spiroplasma bacteria infecting Drosophila do not cause an immune response, but are suppressed by ectopic immune activation. Insect Molecular Biology 12: 93-97.
  • Anbutsu, H. and T. Fukatsu (2006) Tissue specific infection dynamics of male-killing and nonmale-killing spiroplasmas in Drosophila melanogaster. FEMS Microbiol. Ecol. 57: 40-46.

著者: 安佛尚志・深津武馬(産業技術総合研究所・生物機能工学)

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