2008年06月09日掲載 【植物のかおりで夜を判断】

どのようにして、昼と夜を区別していますか?夏至に近づくにつれて「日が長くなったなあ」とか、秋になると「あっという間に日が暮れるなあ」という感覚をお持ちだと思います。

その昼夜は何によって感じていますか?おそらくほとんどの人の答えは光でしょう。しかし、別のものによって昼夜を区別している虫がいます。今回のむしむしコラムはそんな虫のお話です。

その虫とは?

写真1: アワヨトウ(Mythimna separata)幼虫
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アワヨトウ(粟夜盗)はその名の通り、イネ科を夜に盗む(食害する)虫です(写真1)。近年において日本では滅多に大発生はなくなりましたが、昔は夜になると田圃からワサワサという音がして、翌日にはイネは殆ど壊滅状態になっているということがあったそうです。このワサワサという音はアワヨトウ幼虫がイネを喰っている音だったそうです。翌朝には見るも無残なイネの残骸があるだけで、犯人の幼虫は見当たらなかったそうです。いくつかのの論文でもアワヨトウ幼虫の夜行性が報告されています。佐藤ら(1980)の論文によると、若令期は葉の鞘部分にいて、どのような活動をしているのかよく分からないけども、3令ごろになると明確な夜行性のリズムを刻むようになり、昼間は葉の合わさったところや、トウモロコシが植わっている土の中に隠れていたとあります。これらのことから、アワヨトウ幼虫が夜行性であるということがうかがえます。

アワヨトウの飼育から

私たちは研究室で、アワヨトウを飼育するのに人工飼料を使っていました。人工飼料がない場合、餌になる植物(トウモロコシやイネ)を育てなければならず、特にアワヨトウは大食家なので大変なのですが、巨大なソーセージ型で販売されている人工飼料を切って与えるだけですくすく順調に育つのでとても楽でした。

さて、アワヨトウをしばらく飼育して、餌を換えているときに、「あれ?」っと思いました。人工飼料の上にアワヨトウ幼虫が沢山のっかって食べているのです。アワヨトウは夜行性だからと思い、隠れる場所として濾紙を裂いたのを横においていたのですが、そこに隠れてジッとしている幼虫は半分ぐらいで、他は餌の上にいてムシャムシャと食べているのです。もちろん、餌を変えているのは日中で飼育室に電気がついているときなのです。

「あれっ?こいつらって、夜行性じゃないのん?なんで光があるのに堂々と食べてるんやろう。」と思いました。飢餓状態にしているわけではなく、餌は常に余っているのです。不思議に思い、アワヨトウの夜行性を報告してきた論文を読み返してみました。

植物の効果

さて、これまでの報告と、私たちの研究室の条件では、何が異なるのでしょうか?それは簡単にわかりました。これまでの報告において幼虫の観察は植物を用いて行われていました。しかし、私たちの研究室では人工飼料を使っていたのです。つまり、餌が植物か人工飼料かの違いなのです。そこで、同じ飼育条件で餌だけをトウモロコシの葉にしてみました。すると、昼間、殆どの幼虫はトウモロコシ葉ではなく、隠れ場として作っておいた濾紙の下でジッとしているのです。トウモロコシを食べていないわけではありません。トウモロコシに食痕がついているし、糞も転がっているのです。

図1: 実験装置-飼育容器のそばにトウモロコシを置くと?

図1: 実験装置-飼育容器のそばにトウモロコシを置くと?
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図2: 植物の有無によってアワヨトウ幼虫の隠れ率は変化する

図2: 植物の有無によってアワヨトウ幼虫の隠れ率は変化する
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植物を餌にすると、幼虫が夜行性の行動を示すことが分かりました。どの実験においてもそうですが、始めから当たりをつけて本格的な設定の実験をするわけではありません。予備実験と称して大雑把にサンプル数もそれほど取らずに行い、明らかに違いが現れたときに、本格的に今後の展開も考慮して設定を考えます。

実験にはカップの蓋の部分にメッシュをはった透明プラスチックカップを使いました。そのカップの中に人工飼料と濾紙を小さく折りたたんだものを置き、幼虫を1匹入れます(図1a)。それを明るい状態/暗い状態のインキュベーター内に配置し、2時間ごとに計8時間のアワヨトウの隠れ率を調べました。その結果、場所の明暗にかかわらず、隠れている幼虫の数は同じでした(図2:黒線)。人工飼料で飼っている限り、隠れる行動は光と無関係に一定の割合で起こっているのです。飼育していて感じた不思議な行動が、キチンとしたデータとして出されたわけです。

それでは、トウモロコシを餌にしたときに隠れたのは何故なのでしょう?そこで、人工飼料を餌とし、幼虫の周囲にトウモロコシを触れられないように配置してみました(図1b)。その結果、明るい状態にある幼虫は隠れていて、暗い状態にある幼虫は隠れ場から出てきて餌上にいたりその他の場所にいたのです(図2:緑線)。この2つの実験から興味深い事実がわかりました。

  • (1) アワヨトウは一定の比率で隠れたり餌を食べたりするが、光はアワヨトウの隠れる行動に関係ない。
  • (2) 明るい状態での植物の存在は、隠れ率を有意に向上させる(図2の上矢印)。
  • (3) 暗い状態での植物の存在は、隠れ率を減少させる(図2の下矢印)。

植物の何が原因(影響している)?

さて、植物を周囲に置いた効果は、視覚的なものの可能性と、嗅覚的な可能性の2つが考えられます。つまり、アワヨトウはトウモロコシ株が見える、見えないと言う視覚情報によって行動を変えているのか、トウモロコシ株の放出するかおりの昼夜の違いによって行動を変えているかです。

この実験中、2時間ごとにインキュベーターを開けて幼虫のいる場所を調べているとき、どうも2つのインキュベーターを開けたときのかおりが異なっているように感じていました。そこで、2つ目の仮説を調べてみることにしました。大きなケースにトウモロコシを入れ、下から空気を流し上から排出するようにしました。そして排出口からチューブをつなげ、幼虫がおかれているインキュベーターにチューブの先をいれておきました。それによって、視覚情報は排除し、トウモロコシのかおりだけがインキュベーターに流れ込むようにしました(図3)。

図3: 実験装置-植物と幼虫、どちらの明暗が重要?

図3: 実験装置-植物と幼虫、どちらの明暗が重要?
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図4: アワヨトウ幼虫は植物が出すかおりに反応して隠れる

図4: アワヨトウ幼虫は植物が出すかおりに反応して隠れる
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この実験設定で、植物の明・暗×アワヨトウ幼虫の明・暗の4通り調べることができます。まずはトウモロコシ未被害株(健全株)を用いて実験を行いました。結果は予想通りでした(図4a)。明るい条件下の健全植物が放出するかおりに暴露されたアワヨトウ幼虫は、その幼虫自体が暗条件であっても明条件であっても、同じように高い隠れ率を示しました。逆に、暗い条件の健全植物が放出するかおりに暴露されたアワヨトウ幼虫は、それらが暗条件であっても、明条件であっても同じように低い隠れ率を示しました。この実験系から、図2の結果は、アワヨトウがトウモロコシ株由来のかおり成分に反応して隠れ率=夜行性を決定していることが示されたのです。

図2の結果をもたらした要因としてトウモロコシ株のかおりだということが分ったのですが、これまでの実験では健全株を用いていました。しかしよく考えるまでもなく、アワヨトウの間近にあるトウモロコシ株は、そのアワヨトウが食害した株です。そこで次に食害株を用いて同様の実験を行いました。その結果はさらに良好なものでした(図4b)。明期の植物のかおりが積極的にアワヨトウ幼虫を隠れさせ、また暗期の植物のかおりが積極的にアワヨトウに隠れ家から外に出させる効果があるのです。

では、どのような成分が隠れさせたり、隠れ家から出させたりするのでしょうか。また健全葉と被害葉で同じ成分がそのような機能をもっているのか、あるいは被害株では新たに別の成分が出て、夜行性の行動反応を一層顕著にしているのか等、夜行性を支配する化学成分の特定は興味深いところであり、現在さらに研究を進めているところです。

なぜアワヨトウは光ではなくトウモロコシ葉のかおりを「夜になった」という情報として使うのか

一日24時間、その中での明暗の周期というのは、地球上で最も安定したサイクルです。この光の変化を多くの生物は利用して、昼行性だったり夜行性だったりします。アワヨトウはこのような安定なリズムを利用しないで、なぜトウモロコシ株のかおり変化を利用しているのでしょうか? なにか光を利用するより有利な点があるのでしょうか?

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写真2: カリヤコマユバチ(Cotesia kariyai)。上が成虫、下が繭。

図5: 内部寄生蜂の生活史

図5: 内部寄生蜂の生活史
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ここですこし夜行性の話から外れて、トウモロコシ葉のかおりの機能について考えてみます。アワヨトウ幼虫にはカリヤコマユバチ(以下カリヤと省略)という主要な天敵が存在します(写真2)。カリヤはアワヨトウ幼虫のみに寄生し、アワヨトウ2令から6令期までの幼虫ステージに40~80もの卵を幼虫体内に産みこみます。そして卵は幼虫の体内で孵化し、幼虫の体内を食べながら成長し、蛹になる前に脱出します。そのときに、寄生されていたアワヨトウ幼虫は死んでしまいます(寄生蜂の生活史:図5)。さてこの体長たった6~7mmのカリヤ、子供を残すためには寄主アワヨトウ幼虫をなんとかして発見しなければなりません。しかも難儀なことに、アワヨトウ幼虫は夜行性であり日中は株や地面に潜んでいるのですが、カリヤは昼行性です。どのようにしてアワヨトウの潜んでいそうな株を発見するのでしょうか?先に述べたようにアワヨトウは昼には葉の間や株元に潜んでいるので、視覚に頼るのは難しそうです。結論から述べるとカリヤの寄主発見には、アワヨトウの食草のかおりが大きな役割を果たしています。

まずカリヤは植物の緑のかおり(草をちぎったときの青臭いかおりです)に誘引されます。さらに健全株のかおりよりもアワヨトウの食害を受けた株のかおりに誘引されます。この二段階の誘引によって、カリヤは効率よくアワヨトウ食害株を発見すると考えられています。植物から出されるそのかおりは夜になると被害株でも著しく低下します。ここで興味深い仮説が浮かび上がります。

「このかおりであいつはやってくる。かくれなければ・・・」

つまり昼間カリヤを誘引するかおりがトウモロコシ株から出ている限り、アワヨトウは隠れており、夜になってそのかおりが出なくなったら現れ、植物を食べていると考えられます。これは今のところあくまで、何故かおりを日周行動の刺激にしているのかの仮説なので、実証試験が必要です。

「面白い現象」の一般化から害虫管理へ

先の仮説の検証もさることながら、このような現象がどの程度普遍的であるのかは興味あるところです。また、アワヨトウ幼虫がどのかおり成分を利用して隠れたり、隠れ場から出て植草を食べたりするのかについても興味深いところです。

このような研究は、現象の一般化あるいはパタン検出過程で、基礎生物学的に重要です。またこのような研究は同時に害虫管理技術開発にもダイレクトにつながると考えられます。たとえば、アワヨトウに隠れる行動を解発する成分を利用して、夜間の食害量を減少させることができるかもしれません(そのまま餓死してくれるともっと良いでしょう)。これは基礎的な研究への投げ返しにもなってきます。つまり、どの程度のこのかおりシグナルに依存しているのか。餓死するまでこのシグナルを尊重するのか、あるいはある一定の空腹レベルに達するとシグナルを無視するのか、などという点はアワヨトウと植物間の共進化の視点からも興味深いと思われます。逆に、夜のかおりを昼間に処理することで、アワヨトウを昼間に葉上に誘い出すこともできるかもしれません。それによって鳥の捕食圧やカリヤの寄生率が高まるかもしれません。また農薬にさらされる確率も上がるでしょう。もしうまくいけば、その結果はまた、夜行性であることの理由(夜行性であるコストとベネフィットを計るためのパラメータ)が解明され、基礎的に重要となってくるでしょう。このように基礎と応用の両側面から現象を捉え、相互依存しあいながら両研究が発展していくことが、実際に役に立つ、しかも興味深い研究になると思われます。

著者: 塩尻かおり(京都大学生態学研究センター)

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