2007年11月02日掲載 【ホソヘリカメムシのプロバイオティクス】

ヨーグルトを食べて生きたビフィズス菌を体内に取り込むと、体内環境が改善されて免疫力がアップ、花粉症やメタボリック症候群の予防にもなります----こんな話を最近よく耳にしませんか?人がヨーグルトを食べてビフィズス菌を取り込むように虫も有用な細菌を外から体内に取り入れて、これらを巧みに利用していることが最近の研究から分かってきました。ここでは、ホソヘリカメムシの腸内共生細菌について少しお話ししたいと思います。

私達にも身近な「共生細菌」

「共生細菌」といっても、昆虫のように目には見えないため少し遠い存在に感じられるかもしれません。しかし、実は私達のずっと身近に彼らはいます。それがいわゆる「腸内細菌」です。

私達の腸内には数百種類、総重量にして1kg程にもなる細菌群が棲んでいます。これらはその雑多さゆえに研究が難しく、また個人によって細菌の種組成が異なるなどの理由から、それほど重要なものではないと長らく考えられてきました。しかし、無菌マウスなどを用いた近年の研究から、これらのいくつかは私達の食物分解・吸収、免疫系の正常な発達などにとても重要な役割を果たしていることが明らかになってきたのです。最近ではプロバイオティクス(宿主[ヒト]に良い影響を与える腸内細菌。またこれら善玉菌を、例えばヨーグルトのような形で生きたまま摂取すること。善玉菌を増やすことで腸内環境・体調の改善を目的とする)という言葉も盛んに使われるようになり、腸内細菌ががぜん注目を集めるようになっています。

昆虫の共生細菌

広く生物界を見渡してみると、私達よりも遥か以前に細菌の有用性に気付き、これらを体内に取り込み巧みに利用してきた生き物達が数多く存在します。その代表格はなんと言っても昆虫です。昆虫は陸上で最も多様化した生物群と言え、その食性も様々です。そして、中には栄養学的に見て非常に偏った食事をとっている昆虫も少なくありません。例えば植物の師管液しか食べないアブラムシ。植物の師管液はショ糖(炭素分)が豊富な反面、アミノ酸等の窒素分はほとんど含まれていません。それから血液食のシラミなども栄養バランスが偏ります。動物の血液には、昆虫の成長に必須なビタミンB類がほとんど含まれていないためです。これらの昆虫達は、その偏った食事ゆえの慢性的栄養不足を共生細菌により解決しています。つまり、体内に住まわせた共生細菌が不足栄養素をサプリメントしてくれるのです。

一般的に、これら昆虫の細菌共生系は高度に発達しています。その特徴を列挙すれば...

  • 1. 宿主昆虫は共生細菌を保持するための特殊な器官(消化管に発達した袋状組織など)、時には特殊な細胞を発達させ、その内部に共生細菌を局在させている
  • 2. 共生細菌は1種ないし2種など、少数精鋭である
  • 3. 卵への共生細菌の感染(卵感染)などの方法で、母虫から子虫へ共生細菌が直接受け渡される
  • 4. 宿主昆虫と共生細菌は絶対的な相互依存関係にあり、宿主は共生細菌無しでは成長・生存できず、共生細菌は宿主体外で培養できない
  • 5. ゆえに彼らは運命共同体であり、宿主昆虫と共生細菌の系統分岐パターンは完全に一致することから、これまで共進化・共種分化してきたことが伺える

などがあげられます。私達の腸内細菌のように、今日と昨日で種組成が変わってしまうようなものとは大違いです。

多くが吸汁性として知られる陸生カメムシもよく発達した細菌共生系を持つ昆虫グループの一つであり、中腸後部に袋状組織(これを"盲嚢"と呼びます)を発達させ、その内腔中に共生細菌をぎっしりと詰め込んでいます(マルカメムシのコラムも参照)。サシガメのような捕食性種には共生細菌が見られない一方、植食性カメムシのほとんどがこれを持つことから、共生細菌はこれらの食事で不足するアミノ酸等窒素分やビタミン類を宿主カメムシに供給していると考えられています。

ホソヘリカメムシ類の共生バークホルデリア

図1: (A) ホソヘリカメムシ、(B) ホソヘリカメムシの中腸、(C) 盲嚢器官の拡大図、(D) 共生バークホルデリアの透過電子顕微鏡像
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ここで、話題の中心となるホソヘリカメムシ、またその近縁種であるクモヘリカメムシについて少し紹介しておきましょう。これらカメムシはクモヘリカメムシ科に属し、それぞれダイズと稲の重要害虫として広く知られています。ホソヘリカメムシは茶褐色の細長いカメムシで(図1A)、飛翔時は腹部背面のオレンジ色が現れハチに見紛うばかりです。クモヘリカメムシは頭・胸部が鮮やかな緑色で茶色い翅をもち、やはり細長い形態をしています。

これらホソヘリカメムシ類は、多くのカメムシと同じように中腸に多数の盲嚢を発達させ(図1B,C)、その内部に共生細菌を持っています(図1D)。これら共生細菌を電子顕微鏡観察および分子系統学的手法で同定したところ、ベータプロテオバクテリア亜綱の土壌細菌であるバークホルデリア(Burkholderia)属に含まれることが明らかになりました。

共進化していない!?

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図2: 共生バークホルデリア(青: ホソヘリカメムシ由来、緑: クモヘリカメムシ由来)の系統解析結果
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ホソヘリカメムシ、クモヘリカメムシを日本各地11地点から採集し、それぞれ地域個体について共生細菌(共生バークホルデリア)の16S rRNA遺伝子配列を決定し分子系統解析を行ってみました。すると、これら地域個体由来の共生細菌はバークホルデリア属内で大きくひとまとまりになる一方、その中でホソヘリカメムシとクモヘリカメムシそれぞれの宿主種に対応してまとまることはなく、その系統関係はまったくばらばらになっていました(図2)。これは一般的な昆虫−細菌間共生系に見られる共進化・共種分化のパターンとは大きく異なっています。つまり、これらカメムシにおいては、種間で高頻度に共生バークホルデリアの入れ替え(水平伝播)が起きているのではないかと推察されます。これらのカメムシではいったい何が起きているのでしょう?

共生細菌を環境中から獲得!?

この謎を解明するには、ホソヘリカメムシ類における共生細菌の伝達方法の解明が必須です。昆虫における子供への共生細菌の伝達方法には、卵に直接共生細菌を受け渡す「卵感染」と、孵化してから親の糞を食べることで共生細菌を獲得する「糞食」と呼ばれる方法などが知られています(特殊な例として、マルカメムシのようなカプセル伝達もあります)。ホソヘリカメムシについて、電子顕微鏡等による卵表面・卵内観察、および孵化若虫の親との飼育・観察を行ったところ、このカメムシはそれまで昆虫で報告されていたいずれの方法でも共生細菌を伝達していないことが示されました。さらに観察を続けたところ、どうやらホソヘリカメムシは共生細菌の母子間伝達自体を全く行っていないことが明らかになってきました。

一方で、ホソヘリカメムシの寄主であるダイズの根圏土壌を調査したところ、この共生バークホルデリアが高頻度で検出されました。さらに驚くべきことに、ダイズ苗上で孵化若虫のみで飼育をしたところ、ほぼ全ての個体が共生バークホルデリアを獲得したのです。これらの結果を総合すると、ホソヘリカメムシは共生細菌を垂直伝播させることなく、世代ごとに環境中から獲得していると結論できます。ホソヘリカメムシ、クモヘリカメムシ地域個体にみられた共生細菌の複雑な系統パターンは、これらの種が外部環境中から共生バークホルデリア株をランダムに獲得していると考えれば説明がつくわけです。

共生細菌がいると体が大きくなる

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図3: 共生細菌感染・非感染個体の乾燥重量比較(Bu-: 共生バークホルデリアなし、Bu+: 共生バークホルデリアあり)
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環境中にも生息している、ということからも想像できるように共生バークホルデリアは単離培養することが可能です。ホソヘリカメムシの盲嚢組織を取り出し、内容物を寒天培地に塗布することで、容易に単離培養共生バークホルデリアを得ることができます。これを用いて共生細菌を"与える"・"与えない"という処理を施したホソヘリカメムシ若虫を飼育し、生存率や羽化成虫の体サイズ・乾燥重量を比較しました。その結果、2処理間で生存率に違いはみられなかったものの、体サイズは共生バークホルデリアを与えた(共生細菌あり)処理区個体の方が与えなかった(共生細菌なし)処理区個体に比べ有意に大きく、さらに乾燥重量では2倍近く大きくなることが明らかとなりました。共生バークホルデリアの具体的な機能はまだ分かっていませんが、これらの結果は共生細菌がホソヘリカメムシの成長に有益であることを示しています。

おわりに

このように、ホソヘリカメムシに見られる細菌共生系は「有用細菌を毎世代環境中から獲得する」というもので、「母子間伝達し、共進化」というそれまで昆虫で報告されてきた共生細菌像とはだいぶ異なっていることが明らかになりました。ホソヘリカメムシは、共生バークホルデリアがいなくても矮小ながら成虫になることができ、子供も残すことができます。このことからも、彼らの"ゆるい"関係が伺い知れ、この点で私達ヒトの腸内細菌共生系と比較的近い共生系である印象を受けます。一方で、環境中から取り込むにもかかわらず他の細菌は全く盲嚢に定着しないことから、ホソヘリカメムシ−共生細菌間で高度な特異性が発達していることは間違いありません。この共生バークホルデリアの特異性を裏打ちしているメカニズムはなんなのか?今後面白いトピックの一つだと考えています。

ホソヘリカメムシは健康志向(?) −かどうかは本人達に聞いてみないと分かりませんが、より健康に成長するために彼らもプロバイオティクスをしているらしい、そんなお話でした。

参考文献

  • Kikuchi Y., Hosokawa T. and Fukatsu T. (2007) Insect-microbe mutualism without vertical transmission: a stinkbug acquires beneficial gut symbiont from environment every generation. Applied and Environmental Microbiology 73, 4035-4043.
  • Kikuchi, Y., Meng X. Y. and Fukatsu, T. (2005) Gut symbiotic bacteria of the genus Burkholderia in the broad-headed bugs, Riptortus clavatus and Leptocorisa chinensis (Heteroptera: Alydidae). Applied and Environmental Microbiology 71, 4308-4316.
  • 菊池義智 (2005) カメムシ類に見られる多様な細菌共生系. 昆虫と自然 40, 7-10.
  • 菊池義智 (2004)カメムシ類における共生細菌の多様性. 植物防疫 58, 424-428.

著者: 菊池義智(産業総合研究所・生物機能工学)

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