2015年04月10日掲載 【クワガタムシにおける性的二型の発生制御メカニズム】

クワガタムシはオスとメスで非常に異なる姿をしていることで知られています。オスは俗に「ハサミ」と呼ばれる一対の発達した大顎を持っていますが、メスではこの大顎発達は見られません。同じ種であるにも関わらず、このような全く異なった姿へと成長する背景にはどんな発生メカニズムがあるのでしょうか?

図1: 今回の研究に用いられたメタリフェルホソアカクワガタCyclommatus metallifer
メス(左)に比べてオス(右)は非常に発達した大顎を持つ。スケールバー: 20mm。
Gotoh et al. 2014中の図を改変して引用
(クリックで拡大します)

生物の中にはオスとメスで姿が著しく異なる「性的二型」をもつ種が数多く見られます。例えば美麗な羽をもつクジャクや、巨大な角を持つヘラジカなど、オスだけで派手な装飾や武器を持つ種がすぐに思い浮かぶでしょう。昆虫の中にも性的二型を持つものは数多く見られます。中でも、大きなツノやハサミを持つカブトムシとクワガタムシはその代表と言えます。これらの発達したツノやハサミといった形質は、餌場や交尾相手を巡る闘争に用いる「武器」として進化してきたと考えられています。

私たちが注目しているクワガタムシの「ハサミ」は形態学的には「大顎」と呼ばれます。大顎は基本的には全ての昆虫が有する構造なので、クワガタムシは進化の過程で既存の構造を極端に発達させ、闘争用の武器として用いていると考えることができます。ほとんどの場合大きく発達した大顎を持つのはオスだけです。もちろんメスにも大顎はありますが、そのサイズはオスのほんの数分の一に過ぎません(図1)。同じ種類でありながら、オスだけで大顎を発達させるメカニズムはどのようなものなのでしょうか?

私たちはインドネシア原産のメタリフェルホソアカクワガタ(Cyclommatus metallifer)を材料にこの謎を明らかにするため発生学的研究を行ってきました。本種は飼育が容易で世代時間が早く発生学的研究に適しているというメリットがあるほか、あらゆる昆虫種の中で最も長い大顎を持つ種類のひとつでもあります。

幼若ホルモンが促進するオスの大顎発達

図2: 幼若ホルモン処理による大顎発達誘導
前蛹期に幼若ホルモン処理を行った個体(右)は、コントロールの通常個体(左)に比べて過剰に発達した大顎を持つ。スケールバー: 10mm。
Gotoh et al. 2011中の図を改変して引用
(クリックで拡大します)

私たちが最初に注目したのは、昆虫のホルモンの一種である幼若ホルモン(Juvenile hormone; 以下JH)でした。このホルモンは、昆虫において脱皮・変態の制御をはじめ、形態形成を含む様々な生命現象に関与していることが知られています。私たちはクワガタムシではこのホルモンに大顎の発達を促進する機能があるのではないかと考えました。まずオスにおいて、大顎発達が起こる時期である前蛹(ぜんよう・蛹に変態する直前の期間)に体液中のJH濃度を測定したところ、将来大きな大顎を持つ大型の個体ほど高い体液JH濃度を持つことが分かりました。さらに、この時期にJHを処理することにより人為的に体液JH濃度を上げると、大顎の過度な発達が引き起こされました(図2)。これらの結果より、JHにはオスの大顎発達を誘導する機能があり、前蛹期のJH濃度によって将来どのくらいのサイズの大顎を作るかが決定されていると考えられます。しかし一方、メスでは前蛹期のJH濃度がオスと同じくらい高いにも関わらず大顎の発達は見られません。また、メスにJH処理を行っても大顎の発達は全く誘導されませんでした。雌雄の大顎サイズの違いは体液JH濃度の違いでは説明が付かないことになります。

性決定遺伝子dsxが制御する性特異的な大顎発達

図3: dsxの機能阻害の効果
A) メスの場合、対照個体(左)では通常の個体と変わらないが、dsxを機能阻害した個体(右)では、金色の体色、やや大きくなった大顎などオスとメスの中間的な表現型となる。スケールバー: 10mm。
B) オスの場合、対照個体(左)は通常の個体と変わらないが、dsxを機能阻害した個体(右)では大顎発達が抑制されるなど、オスとメスの中間的な表現型となる。スケールバー: 10mm。
Gotoh et al. 2014中の図を改変して引用
(クリックで拡大します)

JH以外に雌雄の違いを制御する因子の存在が予想されたので、私たちは次にdoublesex (dsx)という遺伝子に注目しました。この遺伝子は多くの昆虫で性決定と性分化に関与することが知られており、クワガタムシでも同様に性特異的な形質の発達に関与している可能性が考えられました。

まず、材料のメタリフェルホソアカクワガタからdsx遺伝子を単離し、配列の同定を行いました。その結果、この種では少なくとも4種類の異なるDsxタンパク(アイソフォーム)を発現しており、うち2種類は主にオスで、残りの2種類は主にメスで作られることが明らかになりました。次いで、RNA干渉(RNAi)という遺伝子機能阻害法を用いて、幼虫の期間中にdsxの機能阻害実験を行いました。すると、dsxの機能を抑制した個体はオスでもメスでも雌雄の中間的な特徴を持つ成虫へとなりました(図3)。特に、大顎発達は大きな影響を受けており、オスの大顎は半分以下のサイズに小さくなり、一方メスの大顎は1.5倍ほどのサイズに大きくなりました。この結果より、dsxは雌雄のいずれでも正常な性分化に必要であり、大顎の発達の有無にも深く関わっていることが明らかになりました。

dsxがJHへの応答性を制御している

図4

図4: dsxの機能阻害とJH処理の組み合わせ実験の結果
A) dsx機能阻害を行っていないオスの場合。JH処理をしていない個体(青●、写真左)に比べ、JH処理を行った個体(水色■、写真右)では大顎の過剰な発達が引き起こされている。スケールバー: 10mm。
B) dsx機能阻害を行ったオスの場合。JH処理をしていない個体(青●、写真左)に比べ、JH処理を行った個体(水色■、写真右)では大顎の過剰な発達が引き起こされている。スケールバー: 10mm。
C) dsx機能阻害を行っていないメスの場合。JH処理をしていない個体(桃色●、写真左)とJH処理を行った個体(橙色■、写真右)では大顎サイズに違いは見られない。つまり JH処理に対して大顎サイズは影響を受けない。スケールバー: 5mm。
D) dsx機能阻害を行ったメスの場合。JH処理をしていない個体(桃色●、写真左)に比べ、JH処理を行った個体(橙色■、写真右)では大顎サイズが大きくなっている。つまりdsxの機能阻害をするとJH処理に対して大顎サイズは影響を受けるようになっており応答性が変化していると言える。スケールバー: 5mm。
A~Dのグラフの横軸は蛹重(体サイズの指標)、縦軸は大顎の長さを示す。
Gotoh et al. 2014中の図を改変して引用
(クリックで拡大します)

これら2つの結果を元に、私たちは「dsxが大顎のJH応答性制御を通して,雌雄の大顎発達の違いを生じさせている」という仮説を立てました。これを検証するため、dsxの機能阻害とJH処理を組みあわせた実験を行い、dsxの機能阻害で大顎のJH応答性が変化するかを調べました。dsxの機能阻害を行っていない場合、先行研究でも示されたとおり、オスではJH処理により大顎の過剰発達が引き起こされましたが、メスでは大顎サイズに変化はありませんでした(図4A・C)。しかしdsxを機能阻害した場合では、オスでもメスでも JH処理により大顎の発達が引き起こされました(図4B・D)。これは、dsxが働かない状態ではオスでもメスでも大顎はJHに応答して発達を起こすことを示しています。つまり、メスではdsxの機能阻害を行うか否かで大顎の JHへの応答性が変化しています。これより、メスで発現するメス型Dsxには大顎のJH応答性を抑制する働きがあると示唆されました。これらの結果は、「性決定遺伝子が大顎のJH応答性制御を通して、雌雄の大顎発達の違いを生じさせている」という私たちの仮説を支持するものです。

今後への期待

本研究では、これまで全く知られていなかったクワガタムシの雌雄差が生じる発生メカニズムの一端を明らかにしました。dsxは様々な昆虫で性決定・性分化に関与することが知られていましたが、ホルモンへの応答性を通して雌雄で異なる形態形成を制御している例は、本研究で初めて示されました。これまで良くわかっていなかった性決定遺伝子とホルモン経路の関係について新しい知見が提供されたことで、様々な昆虫で雌雄間の形態差を生じさせる発生メカニズムについて、研究の進展が期待できます。

参考文献

著者: 後藤寛貴・三浦 徹 (北海道大学大学院 地球環境科学研究院 環境生物科学部門 生態遺伝学分野)

« 捕食者が昆虫と花の多様性を進化させる? | トピック一覧 | 青い光が虫を殺す »

応用動物学/昆虫学最新トピック

プロの研究者でもまだ知らないような、出来たてホヤホヤの最新研究成果を分かりやすくお伝えします。

日本応用動物昆虫学会(応動昆)

「むしむしコラム・おーどーこん」は、日本応用動物昆虫学会電子広報委員会が管理・運営しています。