2015年04月09日掲載 【研究室紹介: 東北大学農学研究科・生物制御機能学研究室】

東北大学農学研究科生物制御機能学研究室では様々な害虫を対象とし、その行動に関与する化学物質について日々研究しています。害虫の摂食や産卵を促進、あるいは阻害する物質を明らかにすることで、殺虫剤を使わない、環境に優しい害虫防除技術を開発することを目的としています。研究テーマの中から、今回はタバコシバンムシと斑点米カメムシに関する研究を中心にご紹介いたします。

図1: タバコシバンムシ成虫
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タバコシバンムシ(図1)は乾燥葉たばこをはじめ、あらゆる乾燥動・植物質を加害するきわめて広食性の貯蔵食品害虫です。特に穀粉とその加工品を好み、食品工場や一般家屋などで大きな被害をもたらします。本種の防除は主に燻蒸剤や燻煙剤により行われていますが、前者は安全性の問題から使用場面が限られ、後者は大きな効果を持つものがいまだありません。そのため、害虫の発生場所を極力少なくするための施設、設備類へのサニタリーデザイン(害虫発生源となるゴミやホコリが溜まりにくいような設備設計)の導入や害虫の発生場所を除去するための清掃が主な防除法となっています。しかし、前者はコストや設備的な問題を、後者は労力や人手不足、技術的な問題を抱えています。害虫の食品への混入は重大な消費者クレームとなるにもかかわらず、以上のように効果的・積極的な防除法は未だに確立されていないのが現状です。

図2

図2: 各種食物におけるタバコシバンムシの産卵数と生育率。縦棒は♀一頭当たりの平均産卵数、折れ線は生育率を表す。
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本種のような貯蔵食品害虫が与える損害は食害による直接的な害よりも、虫の混入による消費者クレーム・信頼性の失墜のほうが大きいため、食品に虫が入らない防除法を確立することが重要であり、そのためには施設内における虫の発生源をなくすことが効果的といえます。もし害虫の産卵を制御できれば、次世代の発生、繁殖を抑えることができ、発生源をなくすことが可能となります。

私たちはこれまでの研究で、タバコシバンムシが好んで産卵する焙煎コーヒー豆や紅茶・緑茶の葉では、幼虫が全く成育できないということを明らかにしました(図2)。幼虫が生きていけない食べ物になぜたくさん産卵するのでしょうか?それはこれらの食品中に本種の産卵を促す物質(産卵刺激物質)が含まれているからです。この産卵刺激物質を特定し、防除に利用できれば、幼虫が成育できない場所に産卵を誘導することができます。成育不可能な場所で孵化した幼虫はそこで死んでしまうため、施設内における次世代の繁殖は抑えられ、発生源を減少させることができるというわけです。

今後は、本種が最も産卵を好む焙煎コーヒー豆に含まれる産卵刺激物質を特定し、これを利用した本種産卵の制御、発生源の抑制による新防除技術の開発を目指していきます。

図3: アカヒゲホソミドリカスミカメ(左)とアカスジカスミカメ(右)
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斑点米とはコメの等級落ちの主な原因で、斑点米カメムシと総称されるカメムシ類がイネの子実を吸汁することで生じる黒い染みのついた米のことです。コメ1,000粒の中に斑点米がたった2粒混入しただけで等級が1等から2等に落ち、コメの価格は60kg当たり600~1,000円も低下してしまうため、日本のコメ農家に甚大な経済的被害を与える問題となっています。当研究室ではカメムシの行動を制御する物質を解明していくことで、より効率的な防除技術を確立していくことを目指しています。

図4

図4: 斑点米カメムシが水田に侵入する化学的要因
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斑点米カメムシは、イネの出穂時期になると水田周辺のイネ科雑草地や牧草地から水田に侵入するという特徴を持っていますが、その理由は長い間未解明でした。本研究室では代表的な斑点米カメムシであるカスミカメムシ科のアカヒゲホソミドリカスミカメおよびアカスジカスミカメ(図3)を用い、前者は開花期のイネ穂香気に、後者はこれに加え、成熟期のイネ穂や、水田雑草であるイヌホタルイの開花穂香気にも誘引されることを明らかにしました。さらにアカヒゲホソミドリカスミカメにおいては、イネの開花前はイネよりも水田周辺のイネ科雑草を好むのに、イネ開花時は雑草よりもイネを好むように変化するということも分かりました。その理由として、イネの放つ香気物質は生育に伴って変化し、開花期のイネではβ-caryophylleneの放出割合が増えるため(開花穂より放出される)、それに誘引されてアカヒゲホソミドリカスミカメが水田に侵入することも突き止めました。この成果は新聞やインターネットでも紹介されました。その後の研究で、アカヒゲホソミドリカスミカメではイネ開花穂の主要成分であるgeranyl acetone, β-caryophyllene, β-elemene,n-decanal, methyl salicylate, methyl benzoate, n-trideceneの7成分が、アカスジカスミカメではこの7成分からmethyl benzoateを除いた6成分が、彼らの水田への侵入要因になっていることを見出しました(図4)。

以上の研究から、これまで謎であった斑点米カメムシの水田への侵入要因が明らかになってきましたが、水田に侵入後、イネを吸汁加害する際に働く制御因子はまだ明らかになっていません。斑点米カメムシはイネに対し定着した後、口吻挿入・探針・吸汁開始・連続吸汁といった一連の過程をたどってコメを加害します。上記の行動はそれぞれ異なる物質によって制御されていると考えられ、それらを明らかにしていくことを目指しています。併せて連続吸汁に至るまでの一連の行動パターンについて解析し、効率的な防除対策のための知見を得るとともに、生理活性物質を利用した新たな斑点米防除技術の開発を目指しています。

以上、害虫の行動制御物質の解明に関する2研究テーマをご紹介しましたが、当研究室ではこれらとは異なった着眼点からの害虫防除研究も進めています。一つは特定波長の光照射に対する昆虫の応答の研究です。光という物理的刺激が昆虫の生育や行動にどのような変化をもたらすのか、それを解明していき新たな物理的害虫防除法を確立することを目標としています。もう一つは害虫自身が如何にして化学物質を受容・認識するのかという疑問に着目した、昆虫の跗節による味認識機構の研究です。昆虫の中には跗節(脚の先端部)で味を感じることが出来る種が存在します。このような虫はまず脚で食べ物の味を確認し、それが自分の好きな味だったらやっと口で食べ始めると考えられています。この味認識機構についての研究によって、害虫の味覚器官を対象とした防除法の開発を目指しています。例えば害虫の跗節をターゲットとした薬剤処理などにより、害虫が作物をかじる前に追い払うことができれば、虫の噛み痕すらない非常にきれいな作物を作ることができるでしょう。

虫が好きな方でも嫌いな方でも、我々の研究に少しでも興味を持っていただけたのならぜひ当研究室へ足を運んでみてください。

参考文献

著者: 渋谷和樹 (東北大学大学院農学研究科)
URI: http://www.agri.tohoku.ac.jp/insect/index-j.html

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